4-7.直接対決
「泥沼化って、よく言ったものよね。」
珈琲店での張り詰めた沈黙を破ったのは、私の冷え切った独り言だった。
投げやりな感じがするけれど、私はこのままでは話が進まないと思い、彰将さんに話を振る。
「それじゃあ、彰将さん。
慰謝料のお話もあったのよね。
私も話したいことがあるから、奈良さんの奥さんも交えてお話をしない?」
すると先程までの余裕とは違い、奈良さんが目に見えて慌てだした。
「待ってくれ、宮本さん。
家族への連絡だけはどうにかならないかな。
慰謝料だって求める額をそのまま払ってもいい。
お願いだ、何とか、お願いだ。」
彼は今までと打って変わって、恥や外聞を捨て去って懇願する。
夫の彰将さんも奈良さんの変貌に驚いているようだ。
でもね、私は伝えた。
「奈良さん、私を檻に置き去りにして、自分だけぬくぬくと温かい家庭に戻って幸せになるなんて、そんな虫のいい話が通るわけがないわ。
私を捨てるなら、あなたも相応の代償を支払うべきだもの。」
私の言葉を聞き、絶望的な表情を顔いっぱいに出す奈良さん。
きっと彼のHPは既にゼロだろう。
ガタガタガタガタ、さっきの私の大泣きなんか目じゃないくらいずっと震えているもの。
「逃げたら、今すぐあんたの会社と奥さんのスマホに、これまでのチャットの全履歴と録音音声を送りつけるからな。
とりあえず、俺の車であんたの家にこれから行くか。
俺も混乱しているんだ、4人でこれからを話そう。」
彰将さんが追い打ちをかけるように低く告げると、奈良さんの震えがピタリと止まった。
彼の顔は、情けないほど土色だ。
お店の近くにあった駐車場へ移動すると、奈良さんは周囲を気にしながら、プライドを全て投げ捨てて私に縋り付いてきた。
「頼む、宮本さん、頼むからやめてくれ!
悪かった、あの場は旦那さんが怖くて、保身のためにあんな酷いことを言ったんだ!
家族にだけはバラさないでくれ。
娘のひかりは来年中学受験も控えているんだ。
頼む、頼むから!」
大企業の元上司。
かつて私が誰にも頼れず一番辛かった時に救ってくれた、あのスマートで優しかったヒーローの面影はどこにもなかった。
目の前にいるのは、ただ家庭と自らの保身のために、涙を流して命乞いをする男だ。
その姿を見れば見るほど、私も辛くなる。
「泣いて済むなんて思わないで。
蔑ろにしてきたのは、私たち二人でしょ?
私だってこれからあなたの奥さんに罵倒されるんだろうからね。」
奈良さんからスマホを取りあげ、画面を突きつけた。
「今からあなたの家に行きます。
奥さんに全てを話して、対等な立場で話し合いましょう。
拒否するなら、今ここで彰将さんにさっきの音声とかを送ってもらうわ。」
「そんな…。」
奈良さんは絶望に声を震わせ、ガタガタと膝を揺らした。
だが、私にはもう迷いはなかった。
一時間後。私は奈良さんの後を歩き、彼の自宅のインターホンを押した。
ガチャリと扉が開く。
「は~い」という声と共に現れたのは、奈良さんの奥さんだった。
地味だが、どこか凛とした佇まいの女性。
「夜分遅くに恐れ入ります。
ご主人の元部下の、宮本と申します。
奥様にお話ししなければならない大切なことがあり、ご主人と一緒に伺いました。
ここでは何ですので、四人で、近くの喫茶店でお話をしませんか?」
私の隣には、夫の彰将さんと奈良さん。
どう考えても普通じゃない。
その異様な光景を見て、奥さんは一瞬だけ目を見開く。
しかし、彼女は取り乱さなかった。
悲鳴を上げることも、夫を問い詰めることもせず、ただ奇妙なほど冷静に、私たちの顔を順番に見つめる。
そのあまりの落ち着きぶりに、私の肌にチクリとした違和感が走った。
「分かりました。」
奥さんは静かに頷くと、リビングの奥に向かって声をかけた。
「ひかり、ちょっと他の下の子たちを見ておいてくれる?
お父さんとお母さん、今から少し大事な仕事のお話があるから、お外に出てくるね。」
奥から、十一歳になる娘のひかりちゃんが「はーい」と素直な声を返した。
子供たちを完全に遠ざけ、自らの家庭を守るための完璧な初動。
見事なまでの賢妻の振る舞い。
なんでこんなに冷静なんだろう。
そんな違和感を持ちながら、私達四人は駅前の喫茶店へと向かった。
「泥沼化って、よく言ったものよね。」
珈琲店での張り詰めた沈黙を破ったのは、私の冷え切った独り言だった。
投げやりな感じがするけれど、私はこのままでは話が進まないと思い、彰将さんに話を振る。
「それじゃあ、彰将さん。
慰謝料のお話もあったのよね。
私も話したいことがあるから、奈良さんの奥さんも交えてお話をしない?」
すると先程までの余裕とは違い、奈良さんが目に見えて慌てだした。
「待ってくれ、宮本さん。
家族への連絡だけはどうにかならないかな。
慰謝料だって求める額をそのまま払ってもいい。
お願いだ、何とか、お願いだ。」
彼は今までと打って変わって、恥や外聞を捨て去って懇願する。
夫の彰将さんも奈良さんの変貌に驚いているようだ。
でもね、私は伝えた。
「奈良さん、私を檻に置き去りにして、自分だけぬくぬくと温かい家庭に戻って幸せになるなんて、そんな虫のいい話が通るわけがないわ。
私を捨てるなら、あなたも相応の代償を支払うべきだもの。」
私の言葉を聞き、絶望的な表情を顔いっぱいに出す奈良さん。
きっと彼のHPは既にゼロだろう。
ガタガタガタガタ、さっきの私の大泣きなんか目じゃないくらいずっと震えているもの。
「逃げたら、今すぐあんたの会社と奥さんのスマホに、これまでのチャットの全履歴と録音音声を送りつけるからな。
とりあえず、俺の車であんたの家にこれから行くか。
俺も混乱しているんだ、4人でこれからを話そう。」
彰将さんが追い打ちをかけるように低く告げると、奈良さんの震えがピタリと止まった。
彼の顔は、情けないほど土色だ。
お店の近くにあった駐車場へ移動すると、奈良さんは周囲を気にしながら、プライドを全て投げ捨てて私に縋り付いてきた。
「頼む、宮本さん、頼むからやめてくれ!
悪かった、あの場は旦那さんが怖くて、保身のためにあんな酷いことを言ったんだ!
家族にだけはバラさないでくれ。
娘のひかりは来年中学受験も控えているんだ。
頼む、頼むから!」
大企業の元上司。
かつて私が誰にも頼れず一番辛かった時に救ってくれた、あのスマートで優しかったヒーローの面影はどこにもなかった。
目の前にいるのは、ただ家庭と自らの保身のために、涙を流して命乞いをする男だ。
その姿を見れば見るほど、私も辛くなる。
「泣いて済むなんて思わないで。
蔑ろにしてきたのは、私たち二人でしょ?
私だってこれからあなたの奥さんに罵倒されるんだろうからね。」
奈良さんからスマホを取りあげ、画面を突きつけた。
「今からあなたの家に行きます。
奥さんに全てを話して、対等な立場で話し合いましょう。
拒否するなら、今ここで彰将さんにさっきの音声とかを送ってもらうわ。」
「そんな…。」
奈良さんは絶望に声を震わせ、ガタガタと膝を揺らした。
だが、私にはもう迷いはなかった。
一時間後。私は奈良さんの後を歩き、彼の自宅のインターホンを押した。
ガチャリと扉が開く。
「は~い」という声と共に現れたのは、奈良さんの奥さんだった。
地味だが、どこか凛とした佇まいの女性。
「夜分遅くに恐れ入ります。
ご主人の元部下の、宮本と申します。
奥様にお話ししなければならない大切なことがあり、ご主人と一緒に伺いました。
ここでは何ですので、四人で、近くの喫茶店でお話をしませんか?」
私の隣には、夫の彰将さんと奈良さん。
どう考えても普通じゃない。
その異様な光景を見て、奥さんは一瞬だけ目を見開く。
しかし、彼女は取り乱さなかった。
悲鳴を上げることも、夫を問い詰めることもせず、ただ奇妙なほど冷静に、私たちの顔を順番に見つめる。
そのあまりの落ち着きぶりに、私の肌にチクリとした違和感が走った。
「分かりました。」
奥さんは静かに頷くと、リビングの奥に向かって声をかけた。
「ひかり、ちょっと他の下の子たちを見ておいてくれる?
お父さんとお母さん、今から少し大事な仕事のお話があるから、お外に出てくるね。」
奥から、十一歳になる娘のひかりちゃんが「はーい」と素直な声を返した。
子供たちを完全に遠ざけ、自らの家庭を守るための完璧な初動。
見事なまでの賢妻の振る舞い。
なんでこんなに冷静なんだろう。
そんな違和感を持ちながら、私達四人は駅前の喫茶店へと向かった。
