4-4.持論展開
彰将さんは私の、冷たくなった両手を強く、強く握りしめていた。
不安と劣等感の中で、私の言った「失敗したなぁ」という独り言に怯え、壊れかける家庭を元通りにするために深夜三時に床を磨き続けていたという夫。
プライドをすべて捨てて、涙ながらに私に平伏する彰将さんの愛は、間違いなく本物だった。
普通なら、ここで激しい罪悪感に襲われ、泣いて謝るのだろう。
けれど、彰将さんの手のひらの圧倒的な熱量に包まれながら、私の脳内を横切った考えは冷酷なまでの窒息感と私の考える社会の真理だった。
(お前が過ちを犯していたのも含めて、お前を愛する覚悟が俺にはある。)
それは、一見美しい愛に満ち溢れた言葉のようだが、一生私を閉じ込める檻のような言葉に思えた。
彼の押し付けるような考えでは、私は「過ちを犯している」というのだ。
きっと今後もそうなんだろう。
もしここで奈良さんを完全に断ち切れば、私は一生、不満や不安を打ち明けることも出来ず塞ぎ込んで生きていかなければならない。
そんなことをされたら、私は遠からずストレスで気が狂ってしまう。
私は、彰将さんに握られたままの自分の手に、きゅっと力を込めた。
怒るためでも、開き直るためでもない。
ずっと考えていた。
きっと世間一般的には私の考え方はサイコパス寄りだろうと。
でも、本気でこれが私たちの家庭を守り、私が生きていくための「真理」だと信じているからこそ、私は涙を流しながら、縋るように彰将さんを見つめて言葉を紡いだ。
「お願い彰将さん、そんな風に自分を責めないで。
元々は、あなたから癒やしを得られなかったことが原因なの。
あなたは私にとって最も大切な人。
それは今も変わっていないし、今まで一緒に過ごした時間がゼロになるわけじゃない。」
私の口から出た言葉に、彰将さんが呆然と目を見開く。
正面の奈良さんも息を呑んだのがわかった。
私は涙をボロボロとこぼしながら、自分の完璧な論理を、優しく諭すように展開していった。
「でもね、私が一生を添い遂げたいと思う相手と仕事の不満や家庭の不安を癒やしてくれる相手は別なの。
これは別のベクトルで二人を得ないと、私の人生には手に入らないものだったのよ。」
「…何、を言ってるんだ、穂花。」
「あなたの言う、夫婦の不満箇所を改めるなんて無理なのよ。
だって、今のあなたでは、私は日々の癒やしを得られないもの。
もし私が、仕事の不満や家庭への不安をすべて胸に抱えたまま生きていたら、どう?
私は今頃気が狂って、彰将さんに不満の全てをぶちまけてとっくに離婚していたわ。
最近の世の中、みんなそうでしょ?」
私は2人を交互に見つめた。
ストレスや不満の発散方法なんて色々ある。
スポーツ、趣味、女子会、アイドルの推し活、あるいは泥沼の不倫。
「私の場合は、その『不倫』と『推し活』のちょうど間かな。
私は奈良さんに、純粋な心の繋がりと癒やしを求めているけど、私の居場所や肉体関係は求めていないの。
だから、家庭を壊すはずがないよ。
むしろ、奈良さんがいてくれるから、私は彰将さんを『大切な家族』として愛し続けられるの。」
自分で言うのもなんですけど、私はズルい女。
でも、これが私が正気で生きるためのバランスなのだ。
彰将さんも、奈良さんも、ベクトルは違うけれどどちらも私にとって本当に大切で、両方とも失いたくない。
「だから彰将さん、何も諦めなくていいの。
今まで通り、私を愛して。
そして、奈良さんとも、これまで通りでいさせて。」
悪びれる様子もなく、純粋な救いを求めるように微笑む私を見て、彰将さんは「何を言っているんだ、こいつ」という驚愕と、「自分の愛では彼女を百パーセント満たせなかった」という底なしの絶望に突き落とされ、その手を力なく震わせた。
彰将さんは私の、冷たくなった両手を強く、強く握りしめていた。
不安と劣等感の中で、私の言った「失敗したなぁ」という独り言に怯え、壊れかける家庭を元通りにするために深夜三時に床を磨き続けていたという夫。
プライドをすべて捨てて、涙ながらに私に平伏する彰将さんの愛は、間違いなく本物だった。
普通なら、ここで激しい罪悪感に襲われ、泣いて謝るのだろう。
けれど、彰将さんの手のひらの圧倒的な熱量に包まれながら、私の脳内を横切った考えは冷酷なまでの窒息感と私の考える社会の真理だった。
(お前が過ちを犯していたのも含めて、お前を愛する覚悟が俺にはある。)
それは、一見美しい愛に満ち溢れた言葉のようだが、一生私を閉じ込める檻のような言葉に思えた。
彼の押し付けるような考えでは、私は「過ちを犯している」というのだ。
きっと今後もそうなんだろう。
もしここで奈良さんを完全に断ち切れば、私は一生、不満や不安を打ち明けることも出来ず塞ぎ込んで生きていかなければならない。
そんなことをされたら、私は遠からずストレスで気が狂ってしまう。
私は、彰将さんに握られたままの自分の手に、きゅっと力を込めた。
怒るためでも、開き直るためでもない。
ずっと考えていた。
きっと世間一般的には私の考え方はサイコパス寄りだろうと。
でも、本気でこれが私たちの家庭を守り、私が生きていくための「真理」だと信じているからこそ、私は涙を流しながら、縋るように彰将さんを見つめて言葉を紡いだ。
「お願い彰将さん、そんな風に自分を責めないで。
元々は、あなたから癒やしを得られなかったことが原因なの。
あなたは私にとって最も大切な人。
それは今も変わっていないし、今まで一緒に過ごした時間がゼロになるわけじゃない。」
私の口から出た言葉に、彰将さんが呆然と目を見開く。
正面の奈良さんも息を呑んだのがわかった。
私は涙をボロボロとこぼしながら、自分の完璧な論理を、優しく諭すように展開していった。
「でもね、私が一生を添い遂げたいと思う相手と仕事の不満や家庭の不安を癒やしてくれる相手は別なの。
これは別のベクトルで二人を得ないと、私の人生には手に入らないものだったのよ。」
「…何、を言ってるんだ、穂花。」
「あなたの言う、夫婦の不満箇所を改めるなんて無理なのよ。
だって、今のあなたでは、私は日々の癒やしを得られないもの。
もし私が、仕事の不満や家庭への不安をすべて胸に抱えたまま生きていたら、どう?
私は今頃気が狂って、彰将さんに不満の全てをぶちまけてとっくに離婚していたわ。
最近の世の中、みんなそうでしょ?」
私は2人を交互に見つめた。
ストレスや不満の発散方法なんて色々ある。
スポーツ、趣味、女子会、アイドルの推し活、あるいは泥沼の不倫。
「私の場合は、その『不倫』と『推し活』のちょうど間かな。
私は奈良さんに、純粋な心の繋がりと癒やしを求めているけど、私の居場所や肉体関係は求めていないの。
だから、家庭を壊すはずがないよ。
むしろ、奈良さんがいてくれるから、私は彰将さんを『大切な家族』として愛し続けられるの。」
自分で言うのもなんですけど、私はズルい女。
でも、これが私が正気で生きるためのバランスなのだ。
彰将さんも、奈良さんも、ベクトルは違うけれどどちらも私にとって本当に大切で、両方とも失いたくない。
「だから彰将さん、何も諦めなくていいの。
今まで通り、私を愛して。
そして、奈良さんとも、これまで通りでいさせて。」
悪びれる様子もなく、純粋な救いを求めるように微笑む私を見て、彰将さんは「何を言っているんだ、こいつ」という驚愕と、「自分の愛では彼女を百パーセント満たせなかった」という底なしの絶望に突き落とされ、その手を力なく震わせた。
