4-3.赦免
俺は冷え切った声で、正面の男を指差した。
「あんたには、今回のことをすべて奥さんに話してもらう。
当然、会社にも報告させてもらうし、慰謝料もきっちり請求する。
肉体関係がないからセーフだとでも思ってたか?
なめるなよ。
精神的不倫でも、これだけの証拠があって、あんたの家庭と社会的信用が今まで通りに保てると思うんじゃねぇぞ。」
俺が言い切ると、元上司の男はまるで死刑宣告を聴くかのように完全に青ざめ、ガタガタと唇を震わせた。
こいつのプライドが、保身の恐怖によってみるみると崩壊していくのがわかる。
間違いない、完全に相手を追い詰めた。
なのに、俺はなんとも惨めで、情けなくスッキリしない気持ちになっている。
ふと隣を見ると、穂花が膝の上に涙をボトボトと落としながら、声を殺して泣いていた。
その涙を見た瞬間、俺の頭の中で何かが、パチンと大きな音を立てて弾け飛んだ。
視界が怒りと悲しみで真っ赤に染まる。
気づけば、俺は立ち上がり、机を激しく叩いていた。
「泣くんじゃない!
泣けば済むなんて甘えてんじゃねぇぞ!」
店内の数少ない客と店員が、怯えたように一斉にこちらを見た。
だが、もう止まらない。
俺の目からも、怒りの熱い涙がボロボロと溢れ落ちていた。
「俺は、こいつのことが本当に好きなんだ。
あんたらにわかるか!?」
俺は涙を拭いもせず、元上司の胸ぐらを引き剥がさんばかりに身を乗り出して、声を荒らげた。
「嫁さんが大企業に勤める一方、俺は転職で年収が下がって、人間関係も上手くいかないことが続いて、ただでさえ情けない思いをしてたんだ。
そんな疑心暗鬼な時に、…こいつが、夜中に『結婚失敗したかも』ってニュアンスのボヤキを、独り言みたいに呟いたのを聴いた時の俺の気持ちが、あんたにわかるかよ!?」
元上司の男が驚愕に目を見開く。
隣で穂花がハッと息を呑んだ。
「やるせないんだよ……!
どうしようもなくって、自分の情けなさに狂いそうで。
だから俺は、床掃除をずっと続けたんだ!
汚れた家を磨けば、自分の不甲斐なさも、壊れかけた家庭も、元通りに綺麗に直せるんじゃないかって…。
そう信じるしか、俺には正気を保つ方法がなかったんだよ、わかるか!!」
狂気を孕んだ俺の告白に、珈琲店の中が静まり返る。
俺は呼吸を荒くしながら、怯えきる奈良をこれ以上ないほど激しく詰め寄った。
「なぁ、あんたどう思うんだよ。
俺がおかしいのか?
必死に家庭を守ろうとしてた俺が、バグってるのかよ!?」
元上司は何も言えないようだ。
ただ、狂気に満ちた俺の涙に圧倒され、椅子に深く沈み込むように硬直している。
ひとしきり叫んだあと、俺の怒りは、急激にしぼんでいった。
俺は崩れ落ちるように席に座り直すと、隣で震える穂花の、冷たくなった両手を強く、強く握りしめた。
穂花がビクッと肩を震わせる。
「穂花、」
涙で視界が滲む。
だけど、俺の心は決まっていた。
深夜に床を磨きながら、ずっと考えていた「覚悟」が、そこにはあった。
「今までのことは、もう何も言わない。
全部水に流す。
お前が過ちを犯していたのも含めて、お前を愛する覚悟が俺にはある。
俺への不満箇所はなんとしでても改めるつもりだ。
だから、だからお願いだ、俺のところに、戻ってきてくれ。」
俺はプライドもすべて捨てて、妻に、涙ながらに懇願した。
俺の一生をかけた『愛』が、彼女に届くと信じて。
俺は冷え切った声で、正面の男を指差した。
「あんたには、今回のことをすべて奥さんに話してもらう。
当然、会社にも報告させてもらうし、慰謝料もきっちり請求する。
肉体関係がないからセーフだとでも思ってたか?
なめるなよ。
精神的不倫でも、これだけの証拠があって、あんたの家庭と社会的信用が今まで通りに保てると思うんじゃねぇぞ。」
俺が言い切ると、元上司の男はまるで死刑宣告を聴くかのように完全に青ざめ、ガタガタと唇を震わせた。
こいつのプライドが、保身の恐怖によってみるみると崩壊していくのがわかる。
間違いない、完全に相手を追い詰めた。
なのに、俺はなんとも惨めで、情けなくスッキリしない気持ちになっている。
ふと隣を見ると、穂花が膝の上に涙をボトボトと落としながら、声を殺して泣いていた。
その涙を見た瞬間、俺の頭の中で何かが、パチンと大きな音を立てて弾け飛んだ。
視界が怒りと悲しみで真っ赤に染まる。
気づけば、俺は立ち上がり、机を激しく叩いていた。
「泣くんじゃない!
泣けば済むなんて甘えてんじゃねぇぞ!」
店内の数少ない客と店員が、怯えたように一斉にこちらを見た。
だが、もう止まらない。
俺の目からも、怒りの熱い涙がボロボロと溢れ落ちていた。
「俺は、こいつのことが本当に好きなんだ。
あんたらにわかるか!?」
俺は涙を拭いもせず、元上司の胸ぐらを引き剥がさんばかりに身を乗り出して、声を荒らげた。
「嫁さんが大企業に勤める一方、俺は転職で年収が下がって、人間関係も上手くいかないことが続いて、ただでさえ情けない思いをしてたんだ。
そんな疑心暗鬼な時に、…こいつが、夜中に『結婚失敗したかも』ってニュアンスのボヤキを、独り言みたいに呟いたのを聴いた時の俺の気持ちが、あんたにわかるかよ!?」
元上司の男が驚愕に目を見開く。
隣で穂花がハッと息を呑んだ。
「やるせないんだよ……!
どうしようもなくって、自分の情けなさに狂いそうで。
だから俺は、床掃除をずっと続けたんだ!
汚れた家を磨けば、自分の不甲斐なさも、壊れかけた家庭も、元通りに綺麗に直せるんじゃないかって…。
そう信じるしか、俺には正気を保つ方法がなかったんだよ、わかるか!!」
狂気を孕んだ俺の告白に、珈琲店の中が静まり返る。
俺は呼吸を荒くしながら、怯えきる奈良をこれ以上ないほど激しく詰め寄った。
「なぁ、あんたどう思うんだよ。
俺がおかしいのか?
必死に家庭を守ろうとしてた俺が、バグってるのかよ!?」
元上司は何も言えないようだ。
ただ、狂気に満ちた俺の涙に圧倒され、椅子に深く沈み込むように硬直している。
ひとしきり叫んだあと、俺の怒りは、急激にしぼんでいった。
俺は崩れ落ちるように席に座り直すと、隣で震える穂花の、冷たくなった両手を強く、強く握りしめた。
穂花がビクッと肩を震わせる。
「穂花、」
涙で視界が滲む。
だけど、俺の心は決まっていた。
深夜に床を磨きながら、ずっと考えていた「覚悟」が、そこにはあった。
「今までのことは、もう何も言わない。
全部水に流す。
お前が過ちを犯していたのも含めて、お前を愛する覚悟が俺にはある。
俺への不満箇所はなんとしでても改めるつもりだ。
だから、だからお願いだ、俺のところに、戻ってきてくれ。」
俺はプライドもすべて捨てて、妻に、涙ながらに懇願した。
俺の一生をかけた『愛』が、彼女に届くと信じて。
