3-2.執着
お盆が明けた8月17日からの宮本さんとのやり取りは、今思い出しても胸が甘く疼くほど楽しい時間だった。
先日の珈琲店での一件以来、ボクたちの距離は急速に縮まっている。
お互いに会えない時間を埋めるように、朝の始業から夕方の終業時間まで、社内チャットでのやり取りは途切れることがなかった。
ちょうど利益計画の報告という大きな仕事が一段落し、業務としても一区切りがついた、いわば暇な時期だったことも災いしたのだろう。
ボクは彼女との文字の応酬に没頭してしまっていた。
しかし、楽しい時間は長くは続かない。
翌週の24日の月曜日から、ボクは工場査察のために一週間ほど、三重と和歌山へ長期出張することになっていた。
自動車メーカーの息がかかった東海の重要拠点を回るためだ。
(一週間か。)
出張中、彼女と連絡が取れないことが残念だ。
そう思っていた。
しかし、ボクの懸念を良い意味で裏切る着信音が響いた。
出張初日から会社携帯に届いた一件のショートメッセージ(SMS)が届いたのだ。
「奈良さん、聞いてください。
私の心は今、深刻なダメージを受けました。」
SMSを見て、クスリと笑う。
職場の人間関係か、あるいは家庭の件だろうか。
最近の宮本さんは、ボクに対してこうして愚痴や弱音を素直に見せてくれるようになっていた。
世間一般にはこうしたネガティブな話題を嫌がる人もいるかもしれない。
けれど、ボクからすれば、13歳も年下の魅力的な女性が本音と本心をさらけ出してボクだけに甘えてくれているようにしか見えなかった。
だから、彼女のそんな暗い吐露さえも、ボクにとってはたまらなく心地よかったのだ。
何より、会社にいなくても、手元にこの会社携帯さえあれば、ボクたちはいつでも繋がっていられるのだと気づいて嬉しくなった。
ボクははやる気持ちを抑えながら、すぐに文字を打ち返す。
「宮本さん、良かったら今日の残業時間帯に、少しだけ電話で話さないかな?」
それからの一週間、出張期間中の夕方は、完全に彼女とボクだけの時間になった。
査察業務が終わった後のホテルの客室で、あるいは静かな夜の車内で、ボクたちはスマホ越しに声を重ね合う。
会社携帯という「仕事のツール」を使っているという事実と背徳感が、ボクたちの警戒心を完全に麻痺させていた。
そして、出張最終日。
ボクは駅の土産物店で、家族や職場用の定番のお菓子を選んでいた。
その時、ふと三重ならではの特産品を集めたコーナーで、真珠のイヤーカフが目に留まる。
上品に輝く一粒の真珠。
それを見た瞬間、ボクの脳裏に、先日のワインデートで彼女が言った言葉が蘇った。
「これからは奈良さん専用ってことで。
奈良さんと会う時は、毎回これをつけますね。」
500円のイヤリングを「専用」だと言ってくれた彼女。
指輪を贈るのは、旦那でもない身としてはさすがに普段つけられないから重すぎる。
けれど、イヤーカフやピアスなら、女性なら何個持っていても不自然ではないはずだ。
そんなに高いものでもないこともポイントが高い。
部屋にあっても不自然ではないだろう。
せっかくの出張だし、ここならではの特別なお土産を買っていきたい。
ボクは吸い寄せられるように、その真珠のイヤーカフを手に取っていた。
あの珈琲店での「依存の告白」以来、ボクの心の中には、自分でも制御できないほどの激しい独占欲が確実に芽生え始めていくのがわかる。
彼女の耳元を、ボクの選んだ本物の輝きで満たしたい。
そんな歪んだ欲望を抱えながら、ボクは大切にその小さな箱をカバンにしまうのだった。
お盆が明けた8月17日からの宮本さんとのやり取りは、今思い出しても胸が甘く疼くほど楽しい時間だった。
先日の珈琲店での一件以来、ボクたちの距離は急速に縮まっている。
お互いに会えない時間を埋めるように、朝の始業から夕方の終業時間まで、社内チャットでのやり取りは途切れることがなかった。
ちょうど利益計画の報告という大きな仕事が一段落し、業務としても一区切りがついた、いわば暇な時期だったことも災いしたのだろう。
ボクは彼女との文字の応酬に没頭してしまっていた。
しかし、楽しい時間は長くは続かない。
翌週の24日の月曜日から、ボクは工場査察のために一週間ほど、三重と和歌山へ長期出張することになっていた。
自動車メーカーの息がかかった東海の重要拠点を回るためだ。
(一週間か。)
出張中、彼女と連絡が取れないことが残念だ。
そう思っていた。
しかし、ボクの懸念を良い意味で裏切る着信音が響いた。
出張初日から会社携帯に届いた一件のショートメッセージ(SMS)が届いたのだ。
「奈良さん、聞いてください。
私の心は今、深刻なダメージを受けました。」
SMSを見て、クスリと笑う。
職場の人間関係か、あるいは家庭の件だろうか。
最近の宮本さんは、ボクに対してこうして愚痴や弱音を素直に見せてくれるようになっていた。
世間一般にはこうしたネガティブな話題を嫌がる人もいるかもしれない。
けれど、ボクからすれば、13歳も年下の魅力的な女性が本音と本心をさらけ出してボクだけに甘えてくれているようにしか見えなかった。
だから、彼女のそんな暗い吐露さえも、ボクにとってはたまらなく心地よかったのだ。
何より、会社にいなくても、手元にこの会社携帯さえあれば、ボクたちはいつでも繋がっていられるのだと気づいて嬉しくなった。
ボクははやる気持ちを抑えながら、すぐに文字を打ち返す。
「宮本さん、良かったら今日の残業時間帯に、少しだけ電話で話さないかな?」
それからの一週間、出張期間中の夕方は、完全に彼女とボクだけの時間になった。
査察業務が終わった後のホテルの客室で、あるいは静かな夜の車内で、ボクたちはスマホ越しに声を重ね合う。
会社携帯という「仕事のツール」を使っているという事実と背徳感が、ボクたちの警戒心を完全に麻痺させていた。
そして、出張最終日。
ボクは駅の土産物店で、家族や職場用の定番のお菓子を選んでいた。
その時、ふと三重ならではの特産品を集めたコーナーで、真珠のイヤーカフが目に留まる。
上品に輝く一粒の真珠。
それを見た瞬間、ボクの脳裏に、先日のワインデートで彼女が言った言葉が蘇った。
「これからは奈良さん専用ってことで。
奈良さんと会う時は、毎回これをつけますね。」
500円のイヤリングを「専用」だと言ってくれた彼女。
指輪を贈るのは、旦那でもない身としてはさすがに普段つけられないから重すぎる。
けれど、イヤーカフやピアスなら、女性なら何個持っていても不自然ではないはずだ。
そんなに高いものでもないこともポイントが高い。
部屋にあっても不自然ではないだろう。
せっかくの出張だし、ここならではの特別なお土産を買っていきたい。
ボクは吸い寄せられるように、その真珠のイヤーカフを手に取っていた。
あの珈琲店での「依存の告白」以来、ボクの心の中には、自分でも制御できないほどの激しい独占欲が確実に芽生え始めていくのがわかる。
彼女の耳元を、ボクの選んだ本物の輝きで満たしたい。
そんな歪んだ欲望を抱えながら、ボクは大切にその小さな箱をカバンにしまうのだった。
