朝の徒花

2-14.反逆の狼煙

ただ怯えているだけでいいのだろうか。
日々悩むだけでは俺自身がダメになってしまいそうだ。
だから不安のまま放置することは、もう終わりにしよう。
 
あの「失敗したな」という寝言の後、一時的に安心したはずの俺の心は、むしろ以前より激しく波立っていた。
本当にあれはメイク落としの件だけだったのだろうか。
知人たちの「精神的不倫」という言葉が、呪いのように頭から離れない。
これ以上、疑心暗鬼で狂いそうになりながら朝まで床を磨くような真似はごめんだ。
自分が納得し、この地獄から抜け出すために、俺はついに監視を始めることにした。
 
日曜日、穂花が眠っている隙に、俺はスマートフォンで貪るように法律の知識を検索し始めた。
 
『不倫 どこから』
『慰謝料請求 条件』
『不貞行為 証拠の集め方』
 
画面に並ぶ無機質な法律用語を、俺は頭に叩き込んでいく。
相手がもしいたら、その男を確実に追い詰め、社会的な制約を与えるための基本を押さえるためだ。
 
調べていくうちに、皮肉な現実が浮き彫りになった。
現状、俺自身が作ってしまった「お酒を伴う食事は月に1回まで」というルールのせいで、彼女が月に1回奈良さんと会うこと自体には、俺は何も文句を言えない。
気付かぬうちに、自分で相手に大手を振って会うための「権限委譲」をしてしまったのだ。
 
そして、日本の法律における最大のポイントは、明確に「肉体関係(不貞行為)の有無」だった。
知人が言っていた「精神的不倫」という概念も確かに存在するが、悪質でない限りほぼ間違いなく裁判で認められることはないのが実情のようだ。
手をつないだ、ハグをした、毎日連絡を取り合っている。
そんな「心の浮気」だけでは、決定的な打撃を与えることはできない。
 
相手を完全に破滅させ、自分が優位に立つために必要なのは、ただ一つ。
ラブホテルへの出入りや、それに準ずるセックス(肉体関係)を示す決定的な瞬間と証拠。
その一点を掴めるかどうかに、全てがかかっている。
 
「肉体関係がないなら俺公認のパートナーだと言い張ればいい。
でも、もし一線を越えていたら……その時は俺を他所に笑っている二人の全てを奪ってやる。」
 
画面の明かりに照らされた自分の顔を、俺は冷ややかに見つめた。
愛する妻への未練と、自分を「分母が小さい」と見下した彼女への激しい憎悪が混ざり合う。
俺は彼女の行動を記録するためのノートを密かに用意し、静かにその時を待つことにした。
 
穂花がどれほど賢く立ち回ろうと、あの元上司がどれほど理性を気取っていようと、大人の歪んだ関係がいつまでも「綺麗なまま」でいられるはずがない。
いつか必ず訪れるであろう、決定的な決裂の瞬間。その一点だけを見据え、俺は影から二人の動向をじっと監視し始めることを決意するのだった。