2-10.肩身
休日の百貨店。
ボクは店内の珈琲店で一息つきながら、手元のスマートフォンを眺めていた。
約束してしまったからには、来週の宮本さんの誕生日祝いをどこにするか、そしてプレゼントは何にしようかと、そればかりを考えていた。
この後、館内の色々なコーナーを回って探すつもりだ。
一体、何が喜ばれるだろう。
お菓子などの食べ物は具体的な好みを聞いていないかった。
失敗した。
かといって、旦那でも恋人でもない男からアクセサリーを贈るのは、さすがに重すぎる。
「仕事で使える実用的なものが無難かな…。」
そう結論を出し、文房具はキャラクターものやアイディアものなど種類が豊富で見ているだけで自分自身も欲しくなる。
ただ、これが成人女性へのプレゼントと考えると便利なハサミやホッチキスを貰っても宮本さんはそんなに嬉しくないだろうなと苦笑い。
色んなコーナーをじっくりと見て回ることにした。
「やっぱりある程度のものじゃないと誕生日プレゼン トじゃないか。」
ボクは意を決して高級筆記具コーナーのショーケースを見に行くことにした。
眺めていると、シャープペンとボールペンの機能が一本に収まった、上質な多機能ペンが目に留まる。
色もシックなものから鮮やかなものまで選択肢が色々とあった。
「これならずっと使えるものだし、プレゼントとしてもおかしくないかな。」
それぞれの色を制服の胸ポケットに差している宮本さんの姿を頭の中で想像し、彼女の雰囲気に一番ピッタリくる薄いピンクのものにした。
お店についても、和洋中で色々と頭を巡らせる。
彼女が喜びそうなのはどこだろう。
先日の「ブルーノ」と被ってしまうが、彼女はお酒の中でワインが一番好きだと言っていた。
それなら、少し落ち着いた雰囲気のイタリアンにするのが一番良さそうだ。
ふと我に返り、苦笑する。
誕生日の約束のためとはいえ、気づけば今日一日、ずっと宮本さんが喜ぶ姿ばかりを考えてしまっていた。
最初は彼女が元気になるまで、と始めた関係だったはずだ。
それが最近では、ボクのほうこそ彼女の笑顔から元気を分けてもらう関係になっている。
そんなことを、彼女の喜ぶ顔を想像しながら、ふと考えていた。
そうだ、その前に妻にも予定を伝えておかなければならない。
当日の夜、子供の塾のお迎えを頼まれるかもしれないし、夕食をわざわざ作ってもらうのも申し訳ない。
「夜、ご飯は要らないよ」と事前に言っておこう。
帰宅すると、リビングで子供に勉強を教えている妻の姿があった。
「来週の平日の夜、ちょっと仕事の後輩とご飯に行ってくるから、夕食は要らないよ。」
声をかけると、妻の反応は思いのほか軽かった。
「いいわよ、何に行っても。
休日に子供を連れてどこかに行ってくれるなら、平日に何しようと構わないから。」
その淡々とした口ぶりに、ボクは自分なりの優しさのつもりで言葉を重ねた。
「ありがとう、じゃあ行ってくるよ。
その日、塾のお迎えは大丈夫だった?」
「他の日だっていいのよ。
私的には、遅く帰ってきたパパのためにご飯を温め直したり、洗い物をもう一度したりするっていう手間のほうが面倒なの。
同じ時間帯に食べられないなら、最初からその前提でいない(要らない)って言ってもらったほうが嬉しいわ。
送り迎えだって私も仕事をしているから、朝の時間がダメっていうのが一番の悩みであって、夜は別にいいの。」
日頃の鬱憤が溜まっているのだろうか、今日の妻はどこか冷たかった。
今日、せっかくの休日なのに一人で出掛けてしまったことも悪かったのだろう。
これは失敗した、自分が悪かったと思ったボクは波風を立てないよう、優しく言うことを心がけて返す。
「いつもありがとう。
負担をかけてばかりだね。
でも、今の勤務地にいる間は帰りが遅くなるのは仕方ないんだ、ごめんよ。」
「分かっているわよ。
でも、それなら単身赴任しているのとそんなに変わらないわね。
世間で『旦那元気で留守が良い』なんて言うけれど、私も最近、本当にそうねって思うわ。
それより、今子供たちに勉強を教えているところだから、2階の洗濯物を取り込んで来て。」
冷え切った言葉が、胸に突き刺さる。
家族のために毎朝早起きして、夜遅くまで必死に仕事に励んできたつもりだった。
今日のことは確かに自業自得だ。
けれど、それでも今のボクはただ家にお給料を稼いで運んでくるだけの存在のように思われているのだと知り、猛烈な悲しさが込み上げる。
「……わかったよ。
じゃあとりあえず、来週のその夜は遅くなるね。」
ボクはそれだけを言い残してリビングを後にした。
なにか家にいるのに虚しい。
リビングでは子供四人を一生懸命教える奥さんの姿があり、なんて素晴らしい人だと思っている。
一方で、今この瞬間はあの机にボクの場所がないように思えてしまった。
休日の百貨店。
ボクは店内の珈琲店で一息つきながら、手元のスマートフォンを眺めていた。
約束してしまったからには、来週の宮本さんの誕生日祝いをどこにするか、そしてプレゼントは何にしようかと、そればかりを考えていた。
この後、館内の色々なコーナーを回って探すつもりだ。
一体、何が喜ばれるだろう。
お菓子などの食べ物は具体的な好みを聞いていないかった。
失敗した。
かといって、旦那でも恋人でもない男からアクセサリーを贈るのは、さすがに重すぎる。
「仕事で使える実用的なものが無難かな…。」
そう結論を出し、文房具はキャラクターものやアイディアものなど種類が豊富で見ているだけで自分自身も欲しくなる。
ただ、これが成人女性へのプレゼントと考えると便利なハサミやホッチキスを貰っても宮本さんはそんなに嬉しくないだろうなと苦笑い。
色んなコーナーをじっくりと見て回ることにした。
「やっぱりある程度のものじゃないと誕生日プレゼン トじゃないか。」
ボクは意を決して高級筆記具コーナーのショーケースを見に行くことにした。
眺めていると、シャープペンとボールペンの機能が一本に収まった、上質な多機能ペンが目に留まる。
色もシックなものから鮮やかなものまで選択肢が色々とあった。
「これならずっと使えるものだし、プレゼントとしてもおかしくないかな。」
それぞれの色を制服の胸ポケットに差している宮本さんの姿を頭の中で想像し、彼女の雰囲気に一番ピッタリくる薄いピンクのものにした。
お店についても、和洋中で色々と頭を巡らせる。
彼女が喜びそうなのはどこだろう。
先日の「ブルーノ」と被ってしまうが、彼女はお酒の中でワインが一番好きだと言っていた。
それなら、少し落ち着いた雰囲気のイタリアンにするのが一番良さそうだ。
ふと我に返り、苦笑する。
誕生日の約束のためとはいえ、気づけば今日一日、ずっと宮本さんが喜ぶ姿ばかりを考えてしまっていた。
最初は彼女が元気になるまで、と始めた関係だったはずだ。
それが最近では、ボクのほうこそ彼女の笑顔から元気を分けてもらう関係になっている。
そんなことを、彼女の喜ぶ顔を想像しながら、ふと考えていた。
そうだ、その前に妻にも予定を伝えておかなければならない。
当日の夜、子供の塾のお迎えを頼まれるかもしれないし、夕食をわざわざ作ってもらうのも申し訳ない。
「夜、ご飯は要らないよ」と事前に言っておこう。
帰宅すると、リビングで子供に勉強を教えている妻の姿があった。
「来週の平日の夜、ちょっと仕事の後輩とご飯に行ってくるから、夕食は要らないよ。」
声をかけると、妻の反応は思いのほか軽かった。
「いいわよ、何に行っても。
休日に子供を連れてどこかに行ってくれるなら、平日に何しようと構わないから。」
その淡々とした口ぶりに、ボクは自分なりの優しさのつもりで言葉を重ねた。
「ありがとう、じゃあ行ってくるよ。
その日、塾のお迎えは大丈夫だった?」
「他の日だっていいのよ。
私的には、遅く帰ってきたパパのためにご飯を温め直したり、洗い物をもう一度したりするっていう手間のほうが面倒なの。
同じ時間帯に食べられないなら、最初からその前提でいない(要らない)って言ってもらったほうが嬉しいわ。
送り迎えだって私も仕事をしているから、朝の時間がダメっていうのが一番の悩みであって、夜は別にいいの。」
日頃の鬱憤が溜まっているのだろうか、今日の妻はどこか冷たかった。
今日、せっかくの休日なのに一人で出掛けてしまったことも悪かったのだろう。
これは失敗した、自分が悪かったと思ったボクは波風を立てないよう、優しく言うことを心がけて返す。
「いつもありがとう。
負担をかけてばかりだね。
でも、今の勤務地にいる間は帰りが遅くなるのは仕方ないんだ、ごめんよ。」
「分かっているわよ。
でも、それなら単身赴任しているのとそんなに変わらないわね。
世間で『旦那元気で留守が良い』なんて言うけれど、私も最近、本当にそうねって思うわ。
それより、今子供たちに勉強を教えているところだから、2階の洗濯物を取り込んで来て。」
冷え切った言葉が、胸に突き刺さる。
家族のために毎朝早起きして、夜遅くまで必死に仕事に励んできたつもりだった。
今日のことは確かに自業自得だ。
けれど、それでも今のボクはただ家にお給料を稼いで運んでくるだけの存在のように思われているのだと知り、猛烈な悲しさが込み上げる。
「……わかったよ。
じゃあとりあえず、来週のその夜は遅くなるね。」
ボクはそれだけを言い残してリビングを後にした。
なにか家にいるのに虚しい。
リビングでは子供四人を一生懸命教える奥さんの姿があり、なんて素晴らしい人だと思っている。
一方で、今この瞬間はあの机にボクの場所がないように思えてしまった。
