朝の徒花

2-9.第二戦

今日は、待ちに望んだワインバル「ブルーノ」に行く日。
私は「お店までの道がよく分からないから」と理由をつけて、現地集合ではなく駅の改札口で待ち合わせることに成功した。
 
約束の時間の少し前。
早めに到着した私は改札口から人が現れるたび、「彼が来たかも」と胸がそわそわと波打つ。
何人の見知らぬ人が通り過ぎただろう。
しばらくすると、改札口の向こうに奈良さんを見つけた。
今までゴルフではいつも軽装だったので、奈良さんの私服を見るのはこれが初めてだ。
「プライベートではこんな服を着るんだ」と、彼の新しい一面を覗き見れたようで嬉しくなる。
 
「奈良さん、お疲れ様です!」
 
駆け寄って声をかけると、奈良さんが最初に口にしたのは、やはり彼らしい心配の言葉だった。
 
「お疲れ様!
宮本さん、傷はもう大丈夫?」
「大丈夫ですよ。
もー、今日でチャラですって言ったじゃないですかw」
 
私は笑って返し、お店に向かう前に近くのコンビニへ立ち寄った。
水のリットルボトルを2つ買い、私は自分のカバンから『ウコンの力』の粉末を2包取り出した。
そのうちの1つを奈良さんに手渡す。
 
「よかったらどうぞ。
二日酔い防止の儀式です。」
「へぇー面白いね、これ初めて飲むよ。」
 
奈良さんは驚きながらも、2人で仲良く並んでウコンを口に流し込んだ。

「味、どうでした?」
「エナジードリンクみたいで結構美味しいね。」

そんなことを言いながら笑い合う。
お店に入る前から、すでに私たちの間には特別な空気が流れていた。

いざ入った「ブルーノ」は、イタリア調の落ち着いたお洒落なお店だった。
ワインの種類も豊富で、私たちはさっそく乾杯。
それからは、談笑をしながらグラスを何杯か飲む。
18時半に入店して、気づけば早2時間が経過していた。
お酒が進むにつれ、話のタネは自然とお互いの家族の話題へと移っていく。
私の番になったとき、私は少しだけ、計算を交えて本音をこぼした。
 
「実は最近、旦那が転職したんですけど……。
色々と環境が変わって、不安や不満が溜まっちゃってて。」
 
そこまで言って、少し俯いてみせてから慌てて笑顔を作る。

「あ、ごめんなさい。
こういう湿っぽい話、飲みの席でしちゃダメですよね。」

すると奈良さんは、優しい眼差しで首を振ってくれた。
 
「そんなことないよ。
お酒の席だからこそ、普段話せないことを話したらいいんだからね。」
 
私の狙い通りだ。
こうやって、彼は私の寂しさに寄り添ってくれる。
湿っぽい話を逸らそうとしたのか、奈良さんはふと私の手元や顔まわりに目を向けた。

「宮本さんは、いつもアクセサリーや付け爪のセンスが良いね。」
「本当ですか? 嬉しい!」
 
私は跳び上がるほど喜び、すかさず言葉を重ねる。
 
「奈良さんはこういうの見て、チャラついてるとか思わないんですか?」
「まさか、よく似合っているからね。
ボクはこの金のイヤリングなんか、さりげないアクセントで凄くオシャレだと思うよ。」
 
チャンス到来!
私はいたずらっぽく微笑み、彼を真っ直ぐ見つめた。
 
「宮本がつけると、高価な物に見えるでしょ?
これ、実は500円なんですよ。
……でも、奈良さんがそんなに褒めてくれるなら、これからは『奈良さん専用』ってことで。
奈良さんと会う時は、毎回これをつけますね。」
「専用(笑)」
 
奈良さんは声を上げて笑った。
その顔は、どう見ても満ざらでもなさそう。
 
会話の勢いは止まらず、お互いの誕生日の話にもなった。
私は来週の8月13日、奈良さんは11月10日。
2人ともかなり酔いが回っている。
今が一番、彼の心のブレーキが緩んでいる瞬間だ。
私はグラスを弄びながら、少し上目遣いで甘えた声を出す。
 
「奈良さんが、私の誕生日をお祝いしてくれたら嬉しいな……」
 
酔った奈良さんは、私の予想以上に簡単に罠に引っかかってくれた。
 
「そうかぁ、じゃあ誕生日当日は無理だけど、来週お祝いでもう一回行こうか!
何かプレゼントもしないとね!」
 
完全に酔っている。
普段の理性の塊のような彼なら、絶対に口にしないような約束だ。
けれど、私はこの好機を絶対に逃さない。
 
「絶対ですよ!
奈良さんは私のこと大切にしてくれますね!
楽しみだなぁ~!」
 
私は最高の笑顔で、念を押し込むように彼の言葉を確定させた。
お酒も、プレゼントも、そして次回のデートの約束も。
全てが私の計算通り、いや、それ以上に完璧に進んでいる。
 
私は信じられないほどの歓喜と嬉しい気持ちで胸を満たしながら、夜、ベッドに入ってからも次回の「ワインデート」の作戦を考え続けていた。