2-4.開戦 起(奈良視点)
ゴルフ当日。
ボクの心には今日という日を迎えるまで、どうしても拭いきれないモヤモヤとした葛藤が残っていた。
あの金曜日のチャットで、宮本さんから「放っておいていいんですよ?」と突き放され、焦って「来週行こう」と返してしまったが良かったのだろうか。
あの日からの約束の流れを車中で思い返す。
返事に対して当然「それならどこの打ちっぱなしに行こうか」という話になった。
お互いに未経験だ。
「下手なところを見られるのは恥ずかしいね。」
「からかわれちゃうね。」
そんな話になったと思う。
その時、彼女が「じゃあ、シミュレーションゴルフとかどうですか?」と提案してくれたのだ。
それは確かに良案だった。
個室のシミュレーションゴルフなら、周囲の目を気にせず、ゆっくりと自分たちのペースで練習ができる。
「場所は、凪ゴルフクラブにしましょう。
予約は19時からで、私がやっときますね!」
そう言って、彼女がテキパキと話を進めてくれた。
当日、現地集合。
ホテルのような佇まいの「凪ゴルフクラブ」のエントランスで、ボクは彼女と落ち合った。
「奈良さん、お疲れ様です!」
振り返ると彼女がおり、彼女の姿に一瞬目を取られる。
私服の彼女を見るのはこれが初めてで妙な新鮮味を感じた。
動きやすい軽装、黒のナイロンパーカーに黒のワークパンツというシンプルな姿。
オフィスの制服や先日のドレスとはまた違う、健康的な若々しさがあって、目のやり場に困ってしまう。
彼女はボクが肩に担いでいた大きなゴルフバッグを見るなり、目を丸くして笑った。
「えっ! 奈良さん、それ新品じゃないですか!?
気合い入ってますね、わざわざ今回のために買ったんですか?」
その言葉に、ボクは思わずきまり悪そうに頭をかき、苦笑いを浮かべた。
「違うよ、違う違う。
実はさ、6年くらい前かな?
昔やろうかなと思って一式買ったんだよ。
でも当時は忙しかったのもあるし、完全に形から入って買い物しただけで満足しちゃって、そのままビニールも剥がさずに物置にしまってたんだ。」
「ほんとだ!
全部カバーのビニールがついたままじゃないですか。
おもしろいw」
ケラケラと大輪の花が咲いたように笑う彼女の姿に、ボクの肩の力が少し抜ける。
気兼ねない軽口の応酬が心地良い。
ボクはそれならと、彼女の足元にある古いバッグに視線を向け、話を振った。
「宮本さんも一式持ってきてるけど、元々持ってたの?」
「これ、父に借りたんです。
今日、奈良さんと練習に行くから貸してほしいって言ったら快諾でした。
うちは両親ともに、奈良さんのことを神様みたいに思っているのでw」
「え……?」
その言葉に、ボクの心臓が少しだけ緊張で跳ねた。家族にボクの名前を出しているだけでなく、今日の二人の約束まで話しているというのか。
「…ご家族も、今日のゴルフのこと知ってたんだね。」
少し回りくどく、探るように確認する。
やましい事なんてなにもないが、既婚の男女が二人きりで夜に会うのだ。
見る人によっては穿った見方をする人もいる。
だから、あまり色んな人には知られたくなかったし、知っているなら親御さんがどう思っているのか気になってしまう。
だが、宮本さんはあっけらかんとした表情で、ボクの心配を笑い飛ばした。
「そうですよ、もちろん!
旦那さんにも、今日は奈良さんとゴルフ行ってくるねって話をしてます。」
「旦那さんにも?」
「はい。
うちの家族は、私が本当に落ち込んで会社を辞めようとしていた時に、奈良さんが裏で助けてくださったことに心から感謝しているんです。
……あの、うちの旦那さんって私のことが大好き過ぎるんですけど、同時に私のことをすごく尊敬してくれているんですよ。
その私が『心から尊敬して崇めている奈良さんだよ』『奈良さんはすごい』って話を常々聞かされているから、半ば洗脳みたいに、旦那さんも奈良さんのことをものすごく尊敬しているみたいですw」
楽しそうに話す彼女の言葉を聞いて、ボクは胸の奥の支えが、すうっと消えていくのを感じた。
なんだ、そうだったのか。
ボクの完全な意識しすぎ、勘ぐりすぎだったんだ。
彼女も、彼女のご家族も、そして旦那さんまでもが、ボクのことを「恩人」として信頼し、オープンに共有した上で今日ここへ送り出してくれている。これなら、やましいことなんて何一つない。
純粋に、元上司と部下のコミュニケーションとして健康的なスポーツの時間を楽しめばいいんだ。
「それで、今日父に道具を借りる時に奈良さんと行くって話をしたら、『今度ボクも一緒に行こう』って言ってましたよ!」
「あはは、お父様まで?
それはぜひ、今度ご一緒させていただかないとね。」
彼女の屈託のない笑顔とそんな話を聞きながら、ボクを縛り付けていた固い緊張の鎖は、完全に解けてなくなっていた。
自分の心のブレーキを完全に緩めてしまったボクは、この後、彼女に促されるまま夜を過ごす。
ゴルフ当日。
ボクの心には今日という日を迎えるまで、どうしても拭いきれないモヤモヤとした葛藤が残っていた。
あの金曜日のチャットで、宮本さんから「放っておいていいんですよ?」と突き放され、焦って「来週行こう」と返してしまったが良かったのだろうか。
あの日からの約束の流れを車中で思い返す。
返事に対して当然「それならどこの打ちっぱなしに行こうか」という話になった。
お互いに未経験だ。
「下手なところを見られるのは恥ずかしいね。」
「からかわれちゃうね。」
そんな話になったと思う。
その時、彼女が「じゃあ、シミュレーションゴルフとかどうですか?」と提案してくれたのだ。
それは確かに良案だった。
個室のシミュレーションゴルフなら、周囲の目を気にせず、ゆっくりと自分たちのペースで練習ができる。
「場所は、凪ゴルフクラブにしましょう。
予約は19時からで、私がやっときますね!」
そう言って、彼女がテキパキと話を進めてくれた。
当日、現地集合。
ホテルのような佇まいの「凪ゴルフクラブ」のエントランスで、ボクは彼女と落ち合った。
「奈良さん、お疲れ様です!」
振り返ると彼女がおり、彼女の姿に一瞬目を取られる。
私服の彼女を見るのはこれが初めてで妙な新鮮味を感じた。
動きやすい軽装、黒のナイロンパーカーに黒のワークパンツというシンプルな姿。
オフィスの制服や先日のドレスとはまた違う、健康的な若々しさがあって、目のやり場に困ってしまう。
彼女はボクが肩に担いでいた大きなゴルフバッグを見るなり、目を丸くして笑った。
「えっ! 奈良さん、それ新品じゃないですか!?
気合い入ってますね、わざわざ今回のために買ったんですか?」
その言葉に、ボクは思わずきまり悪そうに頭をかき、苦笑いを浮かべた。
「違うよ、違う違う。
実はさ、6年くらい前かな?
昔やろうかなと思って一式買ったんだよ。
でも当時は忙しかったのもあるし、完全に形から入って買い物しただけで満足しちゃって、そのままビニールも剥がさずに物置にしまってたんだ。」
「ほんとだ!
全部カバーのビニールがついたままじゃないですか。
おもしろいw」
ケラケラと大輪の花が咲いたように笑う彼女の姿に、ボクの肩の力が少し抜ける。
気兼ねない軽口の応酬が心地良い。
ボクはそれならと、彼女の足元にある古いバッグに視線を向け、話を振った。
「宮本さんも一式持ってきてるけど、元々持ってたの?」
「これ、父に借りたんです。
今日、奈良さんと練習に行くから貸してほしいって言ったら快諾でした。
うちは両親ともに、奈良さんのことを神様みたいに思っているのでw」
「え……?」
その言葉に、ボクの心臓が少しだけ緊張で跳ねた。家族にボクの名前を出しているだけでなく、今日の二人の約束まで話しているというのか。
「…ご家族も、今日のゴルフのこと知ってたんだね。」
少し回りくどく、探るように確認する。
やましい事なんてなにもないが、既婚の男女が二人きりで夜に会うのだ。
見る人によっては穿った見方をする人もいる。
だから、あまり色んな人には知られたくなかったし、知っているなら親御さんがどう思っているのか気になってしまう。
だが、宮本さんはあっけらかんとした表情で、ボクの心配を笑い飛ばした。
「そうですよ、もちろん!
旦那さんにも、今日は奈良さんとゴルフ行ってくるねって話をしてます。」
「旦那さんにも?」
「はい。
うちの家族は、私が本当に落ち込んで会社を辞めようとしていた時に、奈良さんが裏で助けてくださったことに心から感謝しているんです。
……あの、うちの旦那さんって私のことが大好き過ぎるんですけど、同時に私のことをすごく尊敬してくれているんですよ。
その私が『心から尊敬して崇めている奈良さんだよ』『奈良さんはすごい』って話を常々聞かされているから、半ば洗脳みたいに、旦那さんも奈良さんのことをものすごく尊敬しているみたいですw」
楽しそうに話す彼女の言葉を聞いて、ボクは胸の奥の支えが、すうっと消えていくのを感じた。
なんだ、そうだったのか。
ボクの完全な意識しすぎ、勘ぐりすぎだったんだ。
彼女も、彼女のご家族も、そして旦那さんまでもが、ボクのことを「恩人」として信頼し、オープンに共有した上で今日ここへ送り出してくれている。これなら、やましいことなんて何一つない。
純粋に、元上司と部下のコミュニケーションとして健康的なスポーツの時間を楽しめばいいんだ。
「それで、今日父に道具を借りる時に奈良さんと行くって話をしたら、『今度ボクも一緒に行こう』って言ってましたよ!」
「あはは、お父様まで?
それはぜひ、今度ご一緒させていただかないとね。」
彼女の屈託のない笑顔とそんな話を聞きながら、ボクを縛り付けていた固い緊張の鎖は、完全に解けてなくなっていた。
自分の心のブレーキを完全に緩めてしまったボクは、この後、彼女に促されるまま夜を過ごす。
