1-15.暴露
水曜日の夕方。
社長就任式が執り行われる市内のコンチネンタルグランドホテルに到着したボクは、社用車のハンドルを握ったまま、ホテルの車寄せロータリーへと滑り込んだ。
普段の作業着からフォーマルなスーツに着替え、ネクタイを締め直すと、いつもとは違う厳かな空気に身が引き締まる。
車を降りてキーを係員に預けようとした時、ボクのすぐ前方に停まった白い軽自動車の助手席から、見覚えのある女性が降りてくるのが見えた。
上品なドレスに身を包んだ宮本さんだった。
「あっ、宮本さん。」
「あっ、奈良さん!」
声をかけてすぐだった。
軽自動車の運転席のドアが勢いよく開き、小柄な年配の女性が降りてくる。
穂花さんによく似た面影を持つその女性は、ボクの姿を認めるなり、パッと顔を輝かせてこちらへ歩み寄ってきたのだ。
「あの、奈良さんですか?」
「えっ?あ、はい 、奈良ですが……。」
突然のことにボクが戸惑っていると、女性は丁寧に頭を下げ、堰を切ったように話し始めた。
「やっぱり!
突然お声掛けしてすみません。
わたくし、宮本穂花の母でございます。
娘がいつも、本当にお世話になっております。」「お母様ですか。
ご丁寧に恐れ入ります。
こちらこそ、宮本さんにはいつも頑張ってもらっていまして……。」
「そんな、いいえ、家でも奈良さんのこと本当にお世話になったって娘からいつも聞いているんです。
入社の頃から、何かといえば奈良さん、奈良さんって。
四月に環境が変わって、一時期は本当にボロボロで心配な時もあったんですが、それもすべて奈良さんが裏で色々と助けてくださったって聞いております。
本当に、ありがとうございました。」
お母様の口から次々と飛び出す言葉に、ボクはただただびっくりした。
こんなふうに同僚の親御さんから感謝されるようなことをやったつもりなどなかったからだ。
(家で……ボクの話を?)
先日元気を取り戻せた様子の宮本さんがここ最近の出来事とそれに対してボクがこっそり動いていた事を誰に聞いたのか知っているみたいだ。
頭を強く殴られたような衝撃を覚え、その場で少しほうけた。
別に隠していたわけじゃないがそれに対してこんなに感謝していたなんて、ましてご家族にも話していたとわかるとなんだか照れくさくなってしまう。
「ちょっと、お母さん、もういいから! 恥ずかしいよ!」
横から宮本さんが、顔を真っ赤に染めてお母様の腕を引っ張った。
彼女の大きな瞳は激しく泳ぎ、ボクと目を合わせるのを恐れるように俯いている。
「本当にごめんなさい、奈良さん。
母が余計なことを……。
お母さん、もう行って。
夜は旦那が迎えに来てくれるから大丈夫よ。
送ってくれてありがとう!」
「あら、そう?
奈良さん、それではこれからも娘をよろしくお願いします。」
宮本さんに急かされるようにしてお母様が車に戻り、軽自動車がロータリーを去っていく。
にぎやかな嵐が去った後のロータリーで、ボクと宮本さんの間に、妙に重たい沈黙が流れた。
「……すみません、奈良さん。
母が勝手なことばかり言って。」
蚊の鳴くような声で謝る彼女のドレス姿は、いつもオフィスで見る時よりもずっと大人びていて、ひどく綺麗に見えた。
「いや、ボクの方こそ……。
お母さん、宮本さんにそっくりで驚いちゃったな。」
ボクは精一杯の苦笑いを浮かべながら、さっきまでのお母さんとのやり取りを思い返す。
彼女の中で、ボクのやった事への感謝が影を落としていたことを図らずも知ってしまった。
(この間のチャットはそういう所からくる謝恩でのお誘いだったのかな)
問題を先送りにしたチャットを思い出しながら、ボクは隣を歩く彼女をいつも以上に強く意識していた。
水曜日の夕方。
社長就任式が執り行われる市内のコンチネンタルグランドホテルに到着したボクは、社用車のハンドルを握ったまま、ホテルの車寄せロータリーへと滑り込んだ。
普段の作業着からフォーマルなスーツに着替え、ネクタイを締め直すと、いつもとは違う厳かな空気に身が引き締まる。
車を降りてキーを係員に預けようとした時、ボクのすぐ前方に停まった白い軽自動車の助手席から、見覚えのある女性が降りてくるのが見えた。
上品なドレスに身を包んだ宮本さんだった。
「あっ、宮本さん。」
「あっ、奈良さん!」
声をかけてすぐだった。
軽自動車の運転席のドアが勢いよく開き、小柄な年配の女性が降りてくる。
穂花さんによく似た面影を持つその女性は、ボクの姿を認めるなり、パッと顔を輝かせてこちらへ歩み寄ってきたのだ。
「あの、奈良さんですか?」
「えっ?あ、はい 、奈良ですが……。」
突然のことにボクが戸惑っていると、女性は丁寧に頭を下げ、堰を切ったように話し始めた。
「やっぱり!
突然お声掛けしてすみません。
わたくし、宮本穂花の母でございます。
娘がいつも、本当にお世話になっております。」「お母様ですか。
ご丁寧に恐れ入ります。
こちらこそ、宮本さんにはいつも頑張ってもらっていまして……。」
「そんな、いいえ、家でも奈良さんのこと本当にお世話になったって娘からいつも聞いているんです。
入社の頃から、何かといえば奈良さん、奈良さんって。
四月に環境が変わって、一時期は本当にボロボロで心配な時もあったんですが、それもすべて奈良さんが裏で色々と助けてくださったって聞いております。
本当に、ありがとうございました。」
お母様の口から次々と飛び出す言葉に、ボクはただただびっくりした。
こんなふうに同僚の親御さんから感謝されるようなことをやったつもりなどなかったからだ。
(家で……ボクの話を?)
先日元気を取り戻せた様子の宮本さんがここ最近の出来事とそれに対してボクがこっそり動いていた事を誰に聞いたのか知っているみたいだ。
頭を強く殴られたような衝撃を覚え、その場で少しほうけた。
別に隠していたわけじゃないがそれに対してこんなに感謝していたなんて、ましてご家族にも話していたとわかるとなんだか照れくさくなってしまう。
「ちょっと、お母さん、もういいから! 恥ずかしいよ!」
横から宮本さんが、顔を真っ赤に染めてお母様の腕を引っ張った。
彼女の大きな瞳は激しく泳ぎ、ボクと目を合わせるのを恐れるように俯いている。
「本当にごめんなさい、奈良さん。
母が余計なことを……。
お母さん、もう行って。
夜は旦那が迎えに来てくれるから大丈夫よ。
送ってくれてありがとう!」
「あら、そう?
奈良さん、それではこれからも娘をよろしくお願いします。」
宮本さんに急かされるようにしてお母様が車に戻り、軽自動車がロータリーを去っていく。
にぎやかな嵐が去った後のロータリーで、ボクと宮本さんの間に、妙に重たい沈黙が流れた。
「……すみません、奈良さん。
母が勝手なことばかり言って。」
蚊の鳴くような声で謝る彼女のドレス姿は、いつもオフィスで見る時よりもずっと大人びていて、ひどく綺麗に見えた。
「いや、ボクの方こそ……。
お母さん、宮本さんにそっくりで驚いちゃったな。」
ボクは精一杯の苦笑いを浮かべながら、さっきまでのお母さんとのやり取りを思い返す。
彼女の中で、ボクのやった事への感謝が影を落としていたことを図らずも知ってしまった。
(この間のチャットはそういう所からくる謝恩でのお誘いだったのかな)
問題を先送りにしたチャットを思い出しながら、ボクは隣を歩く彼女をいつも以上に強く意識していた。
