朝の徒花

1-11.面談

奈良さんのいる事業所への出張を翌週に控えた、ある日の午後。
中途採用・入社半年次面談のため、私は人事室との面談に呼び出されていた。
会議室のテーブルを挟んで向かい合うのは、穏やかな物腰の人事担当者だ。
簡単な近況報告を終えた後、彼が手元の資料からふと目を離し、気遣わしく覗き込んできた。
 
「宮本さん、最近はどうですか?
物流の資材契約は業界未経験からのスタートでしたし、仕事のことで何か悩みや、負担に感じていることなんかはないですか?」

その優しい問いかけに、ほんの少し前の、息もできなかった日々が脳裏をよぎる。
けれど今の私は、迷うことなく前を向いて微笑むことができた。

「実は、ゴールデンウィーク前は少し……いえ、かなりキャパオーバーになりかけて、潰れそうになっていた時期もありました。
でも、連休が明けてから業務の配分を見直していただいて、今はとても落ち着いて仕事に向き合えています。
もう大丈夫です。」

私の答えた内容に、人事担当者は「なるほど」と深く頷き、それから少し目元を和ませて、ぽつりと言った。

「そう言ってもらえると安心しました。
 ……確かに、あの時期は奈良さんが相当動き回っていましたからね。」
「え……?」

思いがけない名前に、私の声が小さく裏返った。

「奈良さんが、ですか……?」
「あ、戸川室長からは聞いていなかったかな?
実は連休前、奈良さんから私の方にかなり強いトーンで相談があったんです。
『宮本さんは非常に優秀だが、まだ入社半年の新人ですよ。
それなのに現状は業務量の過多で潰れかけている。
彼女のような出来る人間から退職を考えてしまうのは会社としての管理面の問題と考えています。
エンゲージメントって最近よく言いますが、是非入社後のフォローとして所属部署と実情がどうなのかなど会話をしたりしては頂けないでしょうか?』って。
事業所が違うのに、わざわざこちらの上の人間にまで根回しをしてくれていたんですよ。」

心臓が早鐘を打つ。
頭の中が真っ白になり、人事担当者の言葉が遠くで響く。
面談を終えて自席に戻る足取りは、どこか宙に浮いているようだった。
デスクに戻ると、ちょうど戸川室長が席を立つ。
私は衝動を抑えきれず、資料を片付ける室長の後を追って、廊下の自販機前までついて行った。

「あの、戸川室長、少しだけよろしいですか?」「ん? どうしたの、宮本さん。」
「連休明けに、私の業務を外して再配分してくださいましたよね。
あれって、もしかして奈良さんから何かお話があったんでしょうか。」

ストレートな問いに、戸川室長は一瞬驚いたように目を見張った。
それから、降参したように苦笑いを浮かべて頭をかく。
「なんだ、人事から聞いた?
実は連休前に奈良から直談判されてね。
『入社半年の人間を育てる視点を持ってくれ』って、説教されちゃったんだ。
私としても、宮本さんの前職のスキルに甘えすぎていたと反省してね。」

室長が言葉を続ける。

「あいつ、もう自分の部下じゃないのにさ。
いいやつだよな。」

室長が笑いながら去っていった後も、私はその場から動けなかった。
胸の奥から、熱いものが溢れ出してきそうだ。
私は一人で苦しくて、誰も分かってくれないと泣いていたが、奈良さんはずっと、私の知らないところで、私を守るために奔走してくれていた。
「終わったらラーメンくらいご馳走するよ」スマホの画面に残る、あの人の優しい文字が、今度は全く違う重みを持って胸に迫ってくる。
実は色んな面で、あの人に生かされていた。
守られていた。
その事実が、私の中の「好き」という気持ちに、もう言い訳のできないほどの確かな輪郭を与えていく。
来週、どんな顔をしてあの人に会えばいいんだろう。
こみ上げる愛おしさと、早くその顔が見たいという焦燥感で、私の心はもう、はち切れそうに膨らんでいた。