朝の徒花

1-10.変化

ゴールデンウィークが明けて一週間が経った頃、私の置かれていた業務環境は劇的に変わり始めていた。
あんなに重く、息が詰まりそうだったオフィスのデスクで、今は不思議なほど穏やかな時間を過ごせている。
何がきっかけだったのか、正確な理由は分からない。
ただ、あの連休明けから数日後、戸川室長が突然「宮本さん、少し業務の配分を見直そう」と言い出したのだ。
あれほど私を潰しかけていた「OAトレーナー」と「働き方改革推進リーダー」の役目が、まるで最初からなかったかのように別の社員へと引き継がれていった。
残された本来の資材契約業務も、今は奈良さんがアドバイスをくれたり細かくフォローをしてくれているため不安はひとつもない。
私は自分の肌で、環境がみるみると改善されていくのを感じていた。
 
「奈良さん、お疲れ様です。
例のヤード輸送契約、無事に審査が通りました!
あと、なぜか室長が業務の再配分をしてくれて、かなり余裕が持てるようになりました。」
 
社内システムのビジネスチャットを開き、画面の向こうの奈良さんに報告のメッセージを送る。
最近、奈良さんとのチャットの頻度が以前よりも確実に増えている。
最初のうちは、私がただ頼るだけの実務相談だった。
けれども、奈良さんの的確でロジカルなアドバイスに救われるうちに、自分から疑問をもち、積極的に質問を投げかけられるようになっていった。

「それは良かった。
戸川室長も、ちゃんと宮本さんの業務量に見合った差配をしてくれたんだね。
頑張りすぎてないか心配だったから、ボクも安心したよ。」

すぐに返ってきた奈良さんの言葉が、胸の奥にするりと染み込んでいく。
最近では、業務連絡の合間に「そっちの天気はどう?」「今日のお昼は何食べた?」なんて、他愛のない雑談が混じるようにもなってきた。
毎朝のモーニングコールが途絶えたときは、もう二度とこんな距離感で話せる日は来ないのだと思っていた。
でも、今は形を変えて、あの頃のように打ち解けた距離感と安心感が二人の間に通い始めている気がした。

そんなある日、一つの転機が訪れる。
隣の地区の事業所が管理する資材データと、こちらのシステムとの照合が必要になり、私が直接、奈良さんのいる事務所へ出向く予定が立った。

「来週の木曜日、午後からそちらの事務所にお邪魔することになりましたよ。
データの件で、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」

送った画面をじっと見つめる。
少しだけ、返信が来るまで緊張していた。
いったいどんな反応を返してくれるのか。 
奈良さんが異動してから、初めて直接顔を合わせることになる。

しばらくして、奈良さんから返信が届く。

「了解です、席は空けておくね。
そうだ、せっかくこっちまで来るなら、最近本当に頑張っているし、終わったらラーメンくらいご馳走するよ。
ここの近くに、すごく美味しいお店があるんだ。」

画面に表示された文字を読んだ瞬間、思わず口元が綻んでしまうのを止められなかった。
「ラーメンくらい」なんて、奈良さんらしい気恥ずかしさを隠したような誘い方が、たまらなく愛おしい。
あんなに会社に行くのが辛くて、車の中で一人で泣いていたのが嘘のようだった。
明日着ていくオフィス チェックの服を選びながら、私は自分が、また会社に出て仕事をすることを「楽しい」と感じ始めていることに気づく。

私はすぐに返信する。

「ラーメン良いですね!
どんなお店か楽しみにしてますね!」 
 
奈良さんに会える。
その約束が、今の私を鮮やかに塗り替えていた。