ゆびきりげんまん

そこまで歌って。

あたしは、颯真兄ちゃんの顔を見上げた。

「なんや」

「ちゃんと歌ってや」

「嫌や」

「なんでや!」

「二十二にもなって、道端で歌えるか」

「警察官が約束破るん?」

「まだ約束してへんやろ」

「した!」

「いつ」

「今!」

「してへん」

「小指繋いでるやん!」

「お前が勝手に繋いだんや!」

「細かい男はモテへんで」

「余計なお世話や」

むぅ。

あたしは絡めた小指を、ぎゅっと引っ張った。

「ほら!」

「わかった、わかった」

颯真兄ちゃんが辺りを見回す。

誰もいないのを確認してから、小さく息を吐いた。

「……一回だけやぞ」

「うん!」

そして。

二人で歌う。

「ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん」

声が重なった。

「ウソついたら――」

そこから先は。

十一年前。

五歳だったあたしが作った、
でたらめな歌。

「颯真兄ちゃんは、すずにちゅうをする〰️」

「すずが大人になっても――」

颯真兄ちゃんの声が止まった。

あたしだけが続ける。

「颯真兄ちゃんは、すずのもの!」

「おい」

「指切った!」

絡めていた小指を勢いよく離した。

「今の最後、昔とちゃうやろ!」

バレた。

「同じやもん!」

「ちゃうわ!昔は『ずっと仲良し』やったやろ!」

「成長したん!」

「歌まで成長さすな!」

「時代に合わせて変わるんですぅ」

「十一年前から何の時代が変わったんや」

うるさいなぁ。

でも。

覚えてた。

颯真兄ちゃん。

ちゃんと覚えてた。

あたしが五歳の時に作った、
くだらない歌。

それだけで、さっき胸に刺さったものが、全部なくなっていく。

「……ねえ」

「ん?」

「あん時の約束も、まだ有効やからね」

「なんの約束やったっけ」

「忘れるわけないって今言うたやん!」

「あー」

「もう!」

颯真兄ちゃんが笑う。

「ずっと一緒におる、やろ」

「……うん」

わかってるやん。

「お前が泣いたら、俺が来る」

「うん」

「困った時も来る」

「うん」

「なんかあったら、ちゃんと言え」

「……うん」

「一人で無茶すんな」

「うん」

「わかったか?」

「うん」

優しい。

だから嫌なんだ。

こんなふうに優しくするから。

諦められない。

「ほんなら」

「ん?」

「あたしがお嫁に行く時は?」

「そら、祝うやろ」

「…………」

「盛大に」

「…………」

「なんなら俺が――」

「行かへん」

「は?」

「あたし、お嫁に行かへん」

「なんでやねん」

「行くなら颯真兄ちゃんのところやから」

また。

颯真兄ちゃんの顔から、表情が消えた。

ほんの一瞬。

だけど、すぐに。

「はいはい」

頭をぽんぽん。

また子供扱い。

「六年後も同じこと言えたら聞いたるわ」

「…………六年後?」

「二十二」

颯真兄ちゃんが自分を指差す。

「今の俺と同い年や」

あたしは黙った。

六年。

長い。

すごく長い。

でも。

「わかった」

「何が」

「六年やね」

「すず?」

「約束やからね」

「いや、約束ちゃう」

「言うた!」

「言うてへん!」

「二十二歳になったら、ちゃんと聞いてくれるやろ?」

「そういう意味ちゃうって!」

「指切り!」

「せん!」

「颯真兄ちゃん!」

「仕事戻る!」

逃げた。

「あ! 待ってや!」

颯真兄ちゃんは振り返らない。

その背中に向かって。

あたしは両手を口に当てた。

「六年後やからなーっ!」

片手だけが上がった。

しっしっ、と追い払うみたいに振られる。

絶対。

絶対、忘れない。

六年後。

二十二歳になったら。

もう一度言う。

その時は。

妹じゃなくて。

子供じゃなくて。

ちゃんと、一人の女として。

あたしを見てもらう。

――六年なんて。

きっと、あっという間だ。

この時のあたしは。

本気で、そう思っていた。