ゆびきりげんまん

あたしの声が、交番の前に響き渡った。

通りすがりのおばさんが、びっくりしてこっちを見る。

颯真兄ちゃんはというと。

「うるさい」

それだけ。

「だって大事な話やもん!」

「交番の前で叫ぶ話ちゃうやろ」

「ほな中で話す」

「入ってくんな」

「なんでや!」

「仕事中や」

正論。

正論だけど腹が立つ。

あたしは交番の入り口から、中を覗き込んだ。

さっきから笑っていた警察官のお兄さんと目が合う。

「あの」

「はい?」

「颯真兄ちゃんに彼女できそうになったら、教えてください」

「すず!」

「連絡先、交換しときます?」

「するな!」

お兄さんが腹を抱えて笑い始めた。

「いやぁ、愛されてんなぁ、颯真」

「そんなんちゃいます」

颯真兄ちゃんが即座に否定する。

「…………」

そんなんちゃいます。

胸の奥に、ちくっと何かが刺さった。

ほんの少しだけ。

さっきまで騒いでいた口が止まる。

わかってる。

わかってるけど。

そないすぐ否定せんでもええやん。

「……帰る」

「は?」

「ほなね」

くるっと背中を向ける。

「おい、すず」

知らん。

「すず」

知らんっちゅうに。

歩き出して、十歩もしないうちだった。

「待て」

腕を掴まれた。

振り返ると、颯真兄ちゃんが立っていた。

「なんや」

「なんで急に機嫌悪なっとんねん」

「別に」

「別に、の顔ちゃうやろ」

「仕事戻ればええやん」

「戻るけど」

「ほな戻って」

「…………」

颯真兄ちゃんが、あたしの顔を覗き込む。

近い。

近い近い近い。

怒ってるのに。

傷ついてるのに。

顔が近いだけで心臓がうるさい。

ほんと、嫌になる。

「……泣くなや」

「泣いてへん」

「泣きそうやん」

「泣いてへんって」

「ほら」

親指で、目尻を軽く擦られた。

その瞬間。

全部どうでもよくなった。

やっぱり好き。

ものすごく好き。

「……颯真兄ちゃん」

「ん?」

「あたしのこと、嫌い?」

「はぁ?」

眉間にしわが寄った。

「なんでそうなんねん」

「だって」

「嫌いやったら、お前が小っちゃい頃からこんな面倒見てへんわ」

「……好き?」

「好きやで」

心臓が止まった。

「…………え」

颯真兄ちゃんは、何でもないことみたいに続けた。

「妹みたいなもんやし」

動き出した心臓が、

今度は違う意味で止まった。

「…………」

「なんや」

「今の取り消してや」

「どこを?」

「後半」

「妹みたいなもん?」

「言うなぁ!」

「なんでやねん!」

「妹ちゃうもん!」

「知っとるわ」

「女やから!」

「それも知っとる」

「ほんなら女として見て!」

「無茶言うな」

「なんでや!」

颯真兄ちゃんは、呆れた顔であたしの頭をぽんぽんと叩いた。

「俺が初めて会った時、お前いくつやったと思っとんねん」

「……四歳」

「俺、十歳」

「知ってる」

「鼻垂らして泣いとったやろ」

「垂らしてへん!」

「垂らしとった」

「記憶を捏造するな!」

「俺が手ぇ繋いだら泣き止んで」

「…………」

「帰りたない言うて、指切りまでさせられて」

覚えてる。

もちろん。

あたしが忘れるわけがない。

小さな小指と。

少しだけ大きかった、颯真兄ちゃんの小指。

「……覚えてる?」

そう聞くと。

颯真兄ちゃんは、一瞬だけ目を細めた。

「ああ」

そして。

あの頃と同じように。

あたしの前へ、小指を差し出した。

「忘れるわけないやろ」

胸の奥が、きゅっとなった。

あたしはその小指を見つめる。

十一年前より、ずっと大きくなった手。

あたしも。

もう四歳じゃない。

そっと、自分の小指を絡ませた。

「……ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん」

「まだ歌うんか、それ」

「黙って」

「はいはい」

小指を絡めたまま。

あたしは、十二年前に自分で作った歌を口にする。

「ウソついたら――」