二十二歳の誕生日。
朝。
目が覚めた瞬間。
「…………」
二十二歳。
なった。
とうとう。
なってもうた。
布団の中で。
自分の手を見る。
別に。
何も変わってへん。
昨日まで。
二十一歳やった手。
今日から。
二十二歳の手。
「…………」
小指を。
一本だけ。
立てた。
六年前。
十六歳のあたしと。
二十二歳のあたし。
ちゃんと。
繋がった。
「……長かったぁ」
枕に。
顔を埋めた。
仕事中も。
落ち着かへんかった。
「すず先輩」
「ん?」
「今日、誕生日なんですよね?」
「そうやで」
「おめでとうございます!」
「ありがと」
「何歳ですか?」
「二十二」
「若っ」
「一個しか変わらへんやん!」
「今日なんか予定あるんですか?」
「…………」
手が。
止まった。
「まあ」
「彼氏?」
「ちゃう!」
「例の白バイの人?」
「…………」
「当たりですね」
「仕事せえ!」
「はい!」
後輩が。
笑いながら戻っていく。
「もう……」
スマホを見る。
朝。
颯真兄ちゃんから。
一通だけ。
来ていた。
『誕生日おめでとう』
それだけ。
あたしは。
『ありがとう』
それだけ返した。
今日。
会う約束は。
してへん。
二日前。
『聞いたる』
そう言っただけ。
「…………」
ほんまに。
来るんかな。
いや。
逃げへんって。
言うた。
颯真兄ちゃんは。
約束を。
破らへん。
たぶん。
きっと。
「神崎」
「はい!」
「ぼーっとすんな」
「すみません!」
今は。
仕事。
定時。
「お先に失礼します!」
会社を出る。
スマホを見る。
何もない。
「…………」
駅まで歩く。
何度も。
スマホを見る。
何もない。
電車に乗る。
何もない。
「……アホ」
誕生日やで。
今日やで。
六年後やで。
忘れてへんよな?
『聞いたる』
言うたやん。
最寄り駅に着く。
改札を出る。
「…………」
おらん。
そりゃ。
そうか。
待ち合わせ。
してへんもん。
「……帰ろ」
少しだけ。
肩を落として。
歩き出した。
家の近くまで。
来た時だった。
「遅い」
「…………」
足が。
止まった。
聞き慣れた声。
振り返る。
「……颯真兄ちゃん」
いた。
「何、その顔」
「何って……」
「来えへん思たんか」
「ちょっと」
「信用ないな」
「連絡してえや!」
「したやろ。朝」
「誕生日おめでとうだけやん!」
「十分や」
「足らん!」
「うるさいなぁ」
いつもの。
颯真兄ちゃん。
なのに。
今日は。
違って見える。
「ほら」
小さな紙袋を。
差し出された。
「何?」
「誕生日」
「…………!」
受け取る。
「開けてええ?」
「ここで?」
「今!」
「好きにせえ」
袋の中。
小さな箱。
開ける。
「…………」
細い。
シンプルな。
ネックレス。
「……え」
思わず。
颯真兄ちゃんを見る。
「これ……」
「嫌やった?」
「嫌ちゃう!」
即答。
「めっちゃ嬉しい」
「ほなよかった」
「つけて」
「は?」
「つけてや」
「自分でつけられるやろ」
「誕生日やで?」
「関係あるか」
「ある!」
「…………」
ため息。
「貸せ」
「うん」
背中を向ける。
髪を。
持ち上げた。
急に。
緊張する。
首の後ろに。
颯真兄ちゃんの指が。
触れた。
「…………」
近い。
息が。
できへん。
「動くな」
「動いてへん」
「髪邪魔や」
「持ってるやん」
「もうちょい上げろ」
「はい」
カチッ。
小さな音。
「できた」
颯真兄ちゃんが。
離れる。
「…………」
離れんでええのに。
振り返る。
「似合う?」
「まあまあ」
「そこは似合う言うとこやろ!」
「似合っとる」
「…………」
「なんや」
「言えるやん」
「返せ」
「嫌や!」
ネックレスを。
両手で守った。
颯真兄ちゃんが。
笑う。
「ほんで」
その顔が。
少しだけ。
真面目になった。
「二十二歳」
「…………」
来た。
「なったな」
「うん」
「六年前」
「うん」
「覚えとる?」
「当たり前やん」
忘れるわけ。
ない。
「颯真兄ちゃんが言うたんやで」
『六年後も同じこと言えたら聞いたるわ』
「ほな」
颯真兄ちゃんが。
あたしを見る。
「聞くわ」
「…………」
心臓が。
痛いくらい。
鳴った。
「言うてみ」
「…………」
六年間。
何百回。
言ったんやろ。
好き。
大好き。
結婚して。
あたしだけ見て。
ずっと。
簡単に。
言えたのに。
今日だけ。
声が。
出えへん。
「……待って」
「なんや」
「緊張する」
「今さら?」
「今日だけは別!」
「六年待ったんや。もうちょい待ったる」
「…………」
ずるい。
そんな。
優しい顔。
せんといて。
息を。
一つ。
吸った。
「颯真兄ちゃん」
「おう」
「あたし」
小指を。
握る。
「六年前と」
声が。
少し震えた。
「何にも変わってへん」
「…………」
「今も」
颯真兄ちゃんを見る。
「あたしは、颯真兄ちゃんが好き」
言えた。
「ずっと好き」
「…………」
「十六歳の時より」
もう一歩。
近づく。
「もっと好き」
「…………」
「これから先も」
目を逸らさない。
「あたしは、颯真兄ちゃんと一緒におりたい」
「…………」
「せやから」
泣きそうになる。
でも。
泣かへん。
ちゃんと言う。
「あたしと、付き合ってください」
「…………」
颯真兄ちゃんは。
何も言わなかった。
一秒。
二秒。
「……何か言うてや」
「考えとる」
「今!?」
「六年待たせたんやから、六分くらい待て」
「嫌や!」
思わず。
胸を叩いた。
その手を。
掴まれた。
「…………」
「すず」
「……何」
「俺な」
掴んだ手を。
離さない。
「お前が二十歳になった頃から」
「…………」
「困っとってん」
「何が?」
「お前に触られるんが」
「…………」
「あの時」
少し。
目を逸らした。
「酔っ払ったお前、背負ったやろ」
「……うん」
「あれからや」
「…………」
「今までみたいに、妹や思われへんようになった」
胸が。
どくん。
と鳴った。
「せやから、避けた」
「…………」
「触らんようにした」
「なんで?」
「わからんか?」
「…………」
颯真兄ちゃんが。
あたしを見る。
「好きになったからや」
「…………」
頭が。
真っ白になった。
「……誰を?」
「お前以外、誰がおんねん」
「…………」
「あたし?」
「そうや」
「あたしを?」
「何回言わせんねん」
「ほんまに?」
「ほんまや」
「いつから?」
「今言うたやろ!」
「でも――」
「うるさい」
頬を。
両手で。
挟まれた。
「…………!」
顔が。
近づく。
「待って」
「なんや」
「これ……」
声が。
小さくなる。
「キス?」
「嫌か?」
ぶんぶん。
首を振った。
「嫌ちゃう」
「ほな動くな」
「待って!」
「なんやねん!」
「初めてやから!」
「…………」
颯真兄ちゃんの顔が。
止まった。
「……初めて?」
「うん」
「二十二で?」
「悪い?」
「悪ないけど」
「颯真兄ちゃんとするって決めてたから」
「…………」
「最初から」
「…………」
「全部」
颯真兄ちゃんが。
大きく。
息を吐いた。
「お前なぁ……」
「何」
「ほんま……」
少し。
困ったみたいに笑って。
今度は。
ゆっくり。
顔が近づいた。
「目ぇ閉じろ」
「うん」
目を閉じる。
頬に触れる。
颯真兄ちゃんの手。
そして。
唇に。
柔らかいものが。
触れた。
ほんの。
一瞬。
離れる。
「…………」
目を開ける。
颯真兄ちゃんが。
すぐそこにいた。
「……終わり?」
「初めてやろ」
「もう一回」
「調子乗んな」
「もう一回!」
「…………」
今度は。
笑いながら。
もう一度。
唇が。
重なった。
六年間。
ずっと。
追いかけてきた人。
やっと。
捕まえた。
唇が離れて。
嬉しくて。
思わず。
「颯真兄ちゃん」
呼んだ。
「…………」
颯真兄ちゃんの眉が。
動いた。
「それ」
「何?」
「もうやめろ」
「何を?」
「兄ちゃん」
「…………?」
颯真兄ちゃんが。
あたしの手を取った。
指を。
絡める。
そして。
少し照れたように。
でも。
まっすぐ。
あたしを見た。
「兄ちゃん言うな」
「…………」
「今日からは」
握った手に。
力が入る。
「俺の女やさかいな」
「…………」
六年間。
ずっと。
聞きたかった言葉だった。
朝。
目が覚めた瞬間。
「…………」
二十二歳。
なった。
とうとう。
なってもうた。
布団の中で。
自分の手を見る。
別に。
何も変わってへん。
昨日まで。
二十一歳やった手。
今日から。
二十二歳の手。
「…………」
小指を。
一本だけ。
立てた。
六年前。
十六歳のあたしと。
二十二歳のあたし。
ちゃんと。
繋がった。
「……長かったぁ」
枕に。
顔を埋めた。
仕事中も。
落ち着かへんかった。
「すず先輩」
「ん?」
「今日、誕生日なんですよね?」
「そうやで」
「おめでとうございます!」
「ありがと」
「何歳ですか?」
「二十二」
「若っ」
「一個しか変わらへんやん!」
「今日なんか予定あるんですか?」
「…………」
手が。
止まった。
「まあ」
「彼氏?」
「ちゃう!」
「例の白バイの人?」
「…………」
「当たりですね」
「仕事せえ!」
「はい!」
後輩が。
笑いながら戻っていく。
「もう……」
スマホを見る。
朝。
颯真兄ちゃんから。
一通だけ。
来ていた。
『誕生日おめでとう』
それだけ。
あたしは。
『ありがとう』
それだけ返した。
今日。
会う約束は。
してへん。
二日前。
『聞いたる』
そう言っただけ。
「…………」
ほんまに。
来るんかな。
いや。
逃げへんって。
言うた。
颯真兄ちゃんは。
約束を。
破らへん。
たぶん。
きっと。
「神崎」
「はい!」
「ぼーっとすんな」
「すみません!」
今は。
仕事。
定時。
「お先に失礼します!」
会社を出る。
スマホを見る。
何もない。
「…………」
駅まで歩く。
何度も。
スマホを見る。
何もない。
電車に乗る。
何もない。
「……アホ」
誕生日やで。
今日やで。
六年後やで。
忘れてへんよな?
『聞いたる』
言うたやん。
最寄り駅に着く。
改札を出る。
「…………」
おらん。
そりゃ。
そうか。
待ち合わせ。
してへんもん。
「……帰ろ」
少しだけ。
肩を落として。
歩き出した。
家の近くまで。
来た時だった。
「遅い」
「…………」
足が。
止まった。
聞き慣れた声。
振り返る。
「……颯真兄ちゃん」
いた。
「何、その顔」
「何って……」
「来えへん思たんか」
「ちょっと」
「信用ないな」
「連絡してえや!」
「したやろ。朝」
「誕生日おめでとうだけやん!」
「十分や」
「足らん!」
「うるさいなぁ」
いつもの。
颯真兄ちゃん。
なのに。
今日は。
違って見える。
「ほら」
小さな紙袋を。
差し出された。
「何?」
「誕生日」
「…………!」
受け取る。
「開けてええ?」
「ここで?」
「今!」
「好きにせえ」
袋の中。
小さな箱。
開ける。
「…………」
細い。
シンプルな。
ネックレス。
「……え」
思わず。
颯真兄ちゃんを見る。
「これ……」
「嫌やった?」
「嫌ちゃう!」
即答。
「めっちゃ嬉しい」
「ほなよかった」
「つけて」
「は?」
「つけてや」
「自分でつけられるやろ」
「誕生日やで?」
「関係あるか」
「ある!」
「…………」
ため息。
「貸せ」
「うん」
背中を向ける。
髪を。
持ち上げた。
急に。
緊張する。
首の後ろに。
颯真兄ちゃんの指が。
触れた。
「…………」
近い。
息が。
できへん。
「動くな」
「動いてへん」
「髪邪魔や」
「持ってるやん」
「もうちょい上げろ」
「はい」
カチッ。
小さな音。
「できた」
颯真兄ちゃんが。
離れる。
「…………」
離れんでええのに。
振り返る。
「似合う?」
「まあまあ」
「そこは似合う言うとこやろ!」
「似合っとる」
「…………」
「なんや」
「言えるやん」
「返せ」
「嫌や!」
ネックレスを。
両手で守った。
颯真兄ちゃんが。
笑う。
「ほんで」
その顔が。
少しだけ。
真面目になった。
「二十二歳」
「…………」
来た。
「なったな」
「うん」
「六年前」
「うん」
「覚えとる?」
「当たり前やん」
忘れるわけ。
ない。
「颯真兄ちゃんが言うたんやで」
『六年後も同じこと言えたら聞いたるわ』
「ほな」
颯真兄ちゃんが。
あたしを見る。
「聞くわ」
「…………」
心臓が。
痛いくらい。
鳴った。
「言うてみ」
「…………」
六年間。
何百回。
言ったんやろ。
好き。
大好き。
結婚して。
あたしだけ見て。
ずっと。
簡単に。
言えたのに。
今日だけ。
声が。
出えへん。
「……待って」
「なんや」
「緊張する」
「今さら?」
「今日だけは別!」
「六年待ったんや。もうちょい待ったる」
「…………」
ずるい。
そんな。
優しい顔。
せんといて。
息を。
一つ。
吸った。
「颯真兄ちゃん」
「おう」
「あたし」
小指を。
握る。
「六年前と」
声が。
少し震えた。
「何にも変わってへん」
「…………」
「今も」
颯真兄ちゃんを見る。
「あたしは、颯真兄ちゃんが好き」
言えた。
「ずっと好き」
「…………」
「十六歳の時より」
もう一歩。
近づく。
「もっと好き」
「…………」
「これから先も」
目を逸らさない。
「あたしは、颯真兄ちゃんと一緒におりたい」
「…………」
「せやから」
泣きそうになる。
でも。
泣かへん。
ちゃんと言う。
「あたしと、付き合ってください」
「…………」
颯真兄ちゃんは。
何も言わなかった。
一秒。
二秒。
「……何か言うてや」
「考えとる」
「今!?」
「六年待たせたんやから、六分くらい待て」
「嫌や!」
思わず。
胸を叩いた。
その手を。
掴まれた。
「…………」
「すず」
「……何」
「俺な」
掴んだ手を。
離さない。
「お前が二十歳になった頃から」
「…………」
「困っとってん」
「何が?」
「お前に触られるんが」
「…………」
「あの時」
少し。
目を逸らした。
「酔っ払ったお前、背負ったやろ」
「……うん」
「あれからや」
「…………」
「今までみたいに、妹や思われへんようになった」
胸が。
どくん。
と鳴った。
「せやから、避けた」
「…………」
「触らんようにした」
「なんで?」
「わからんか?」
「…………」
颯真兄ちゃんが。
あたしを見る。
「好きになったからや」
「…………」
頭が。
真っ白になった。
「……誰を?」
「お前以外、誰がおんねん」
「…………」
「あたし?」
「そうや」
「あたしを?」
「何回言わせんねん」
「ほんまに?」
「ほんまや」
「いつから?」
「今言うたやろ!」
「でも――」
「うるさい」
頬を。
両手で。
挟まれた。
「…………!」
顔が。
近づく。
「待って」
「なんや」
「これ……」
声が。
小さくなる。
「キス?」
「嫌か?」
ぶんぶん。
首を振った。
「嫌ちゃう」
「ほな動くな」
「待って!」
「なんやねん!」
「初めてやから!」
「…………」
颯真兄ちゃんの顔が。
止まった。
「……初めて?」
「うん」
「二十二で?」
「悪い?」
「悪ないけど」
「颯真兄ちゃんとするって決めてたから」
「…………」
「最初から」
「…………」
「全部」
颯真兄ちゃんが。
大きく。
息を吐いた。
「お前なぁ……」
「何」
「ほんま……」
少し。
困ったみたいに笑って。
今度は。
ゆっくり。
顔が近づいた。
「目ぇ閉じろ」
「うん」
目を閉じる。
頬に触れる。
颯真兄ちゃんの手。
そして。
唇に。
柔らかいものが。
触れた。
ほんの。
一瞬。
離れる。
「…………」
目を開ける。
颯真兄ちゃんが。
すぐそこにいた。
「……終わり?」
「初めてやろ」
「もう一回」
「調子乗んな」
「もう一回!」
「…………」
今度は。
笑いながら。
もう一度。
唇が。
重なった。
六年間。
ずっと。
追いかけてきた人。
やっと。
捕まえた。
唇が離れて。
嬉しくて。
思わず。
「颯真兄ちゃん」
呼んだ。
「…………」
颯真兄ちゃんの眉が。
動いた。
「それ」
「何?」
「もうやめろ」
「何を?」
「兄ちゃん」
「…………?」
颯真兄ちゃんが。
あたしの手を取った。
指を。
絡める。
そして。
少し照れたように。
でも。
まっすぐ。
あたしを見た。
「兄ちゃん言うな」
「…………」
「今日からは」
握った手に。
力が入る。
「俺の女やさかいな」
「…………」
六年間。
ずっと。
聞きたかった言葉だった。


