「あっ……」
及川は、さっき綾瀬から渡されたメモをまだ持っていることを思い出した。
「先生、綾瀬にこれ返してきます」
必要な内容だけ急いで画像に残す。
こんな私的なメモをいつまでも持っていたら、さらに目をつけられそうだ。
「すぐ戻るんで」
そう言って、ナースステーションへ向かった。
「あ、綾瀬。メモありがとう。じゃ」
火種になりかねないメモをさっさと返し、藤崎先生のもとへ戻る。

戻った及川は、何気なく白衣のポケットに手を入れた。
ない。
もう一度探る。
ない。
――ない?!
及川の視線が、藤崎先生の手元へ落ちた。
「あー、先生!!」
「ん?」
藤崎先生は、メモから視線を逸らさずに返事をした。
それは、肝胆膵班を回ったレジデントたちから受け継がれてきた、あの申し送りメモだった。
「その、それは……大事なものなので」
「そうなの?」
遅かった。
視線が文字の上を滑っていく。
及川は嫌な汗をかいた。
藤崎先生の口元が、ほんの少し緩んだ。
「興味深いね」
「……返してください」
「すごく分析されてる」
「先生」
「着眼点もいいね」
「あのー……」
さらに視線が下へ落ちる。
及川は、もう祈るしかなかった。
藤崎先生はしばらく黙ってから、紙を丁寧に折り畳んだ。
「はい」
差し出される。
及川は素早く受け取った。
「……ありがとうございます」
ポケットへしまいながら、恐る恐る聞く。
「先生」
「何?」
「最後まで読みました……よね?」
藤崎先生は、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「さぁ、どうだろう?」
そのまま何事もなかったように歩いていく。
及川は立ち尽くした。
絶対、読んだ。
たぶん。
いや。
絶対だ。
その何も言わない反応が、一番怖いんだけど。


