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一方、莉央は新幹線の駅にいた。
小さなキャリーケースを引いて。
行き先は、以前旅行で訪れたことのある地方の街。
しばらくそこで暮らすつもりだ。
仕事を辞めることを決めたとき、
上司からは、
「また働きたくなったら、いつでも戻っておいで」
そう言ってもらってた。
その言葉が、胸に沁みた。
大好きな職場だった。
戻ろうと思えばいつでも戻れる場所があることは、ありがたかった。
それでも――
新しく頑張りたい。
「蓮と離れたい」と、
そう思ったわけではない。
ただ、蓮のことを好きなまま、
今までと同じ場所で過ごし続けることが、
今の自分には苦しかった。
蓮との思い出がたくさん残る場所を離れて、
新しい知らない場所で。
だから私は、過去に戻るのではなく、
新しい場所で始めることを選んだ。
仕事も探す。
住む場所も探す。
蓮とは関係のない場所で。
一からやり直す。
「……これでいいんだ」
自分に言い聞かせる。
「これで、蓮も幸せになれる」
そう思わないと、足が止まりそうだった。
スマホを見る。
蓮からのメッセージが大量に届いている。
『どこにいる?』
『話したい』
『お願いだから連絡して』
『莉央、俺は怒ってないから』
『ちゃんと話そう』
最後のメッセージ。
『俺は莉央のこと諦めないから』
目から涙が落ちた。
「……ずるいよ」
そんなこと言われたら。
本当は戻りたくなる。
でも。
怖かった。
蓮が好きだからこそ。
また失うのが怖い。
だから。
「……ごめんね」
スマホをしまった。
そのまま改札を通ろうとした。
その時。
また携帯が震えた。
画面を見ると、紗季からメッセージが届いていた。
『莉央、ごめん、!』
その一文を見て、首を傾げた。
どうしたんだろう。
返信を打とうとした、そのとき。
「莉央!」
聞き覚えのある声。
足が止まった。
ゆっくり振り返る。
「……蓮?」
息を切らした蓮が、少し離れた場所に立っていた。
「……見つけた」
莉央の目が大きくなる。
「なんで……」
「紗季ちゃんに何回もお願いして聞いた」
蓮は走ってきたのか、肩で息をしている。
「……行くの?」
何も言えなかった。
「俺から逃げるために?」
「……逃げるんじゃない」
「じゃあ何?」
「……身を引くの」
「同じだろ」
「違うよ」
莉央は涙を拭った。
「蓮が幸せになれるようにするの」
「俺は莉央がいないと幸せになれないよ」
「……そんなの、今はそう思ってるだけだよ」
「違う」
「違わない」
「違うって」
蓮が一歩近づく。
「俺、昔のこと全部話す」
莉央は黙った。
「美玲とのこと」
「……」
「俺があいつと別れた理由」
「……知ってる」
「美玲さんから聞いた」
蓮は息を呑む。
「……どこまで?」
「好きな人ができて別れたって」
蓮の顔が固まった。
「……そっか」
「蓮、なんで言わなかったの?」
「……怖かったから」
「何が?」
「莉央に、昔の俺を知られるのが」
「……」
「俺が美玲を付き合ってたことも」
「……」
「本当は、あいつを傷つけたくなくて別れたことも」
蓮の声が震える。
「全部、莉央には知られたくなかった」
「どうして?」
「こうやってなるのが怖かった」
「……?」
「うん」
蓮は笑った。
「莉央が『美玲のほうがいいんじゃない?』って思うのが、一番怖かった」
莉央の目に涙が溜まる。
「……私、思ったよ」
「……」
「美玲さんのほうが蓮を分かってるんじゃないかって」
「そんなことない」
「でも、昔の蓮は美玲さんを好きだった」
「うん」
蓮は否定しなかった。
「好きだった…」
その言葉に、胸が痛む。
「でも、今思うとやっぱり――」
「ごめん」
その先を聞くのが怖くて、
蓮の言葉に重ねるように呟いた。
「…それは」
蓮が続ける。
「それは…三年前の話」
「……」
「俺が好きなのは莉央」
「……」
「三年間ずっと、俺が忘れられなかったのも莉央」
涙が溢れる。
「でも……怖い」
「……」
「蓮が昔、美玲さんを好きだったことじゃない」
蓮が黙って莉央を見る。
「私も、いつか美玲さんみたいになるんじゃないかって」
「……ならない」
「分からないよ」
「分かる」
「どうして?」
「俺が分かるから」
蓮は私の前まで迫ってくる。
「俺は昔、自分が苦しくなって、好きな人を勝手に遠ざけた」
「……」
「でも、莉央とは違う」
「何が?」
「莉央の隣は唯一安心できる場所なんだ。」
「……」
「俺も、もう逃げない」
私は首を横に振る。
「……でも」
「何?」
「理由があったからって……」
涙が頬を伝う。
「私が捨てられない保証にはならないよ」
蓮は言葉を失った。
「……」
「美玲さんだって、きっと蓮に捨てられるなんて思ってなかった」
「……」
「私もそうなるのが怖い」
「……莉央」
「今は私のことが好きでも」
私は泣きながら笑った。
「いつか、私より大切な人ができるかもしれない」
「……ない」
「分からないよ」
「ない」
「どうして言い切れるの?」
蓮はしばらく黙った。
そして。
「俺が三年間、莉央を好きだったから」
「……え、?」
「莉央が俺のことを好きじゃなくなった後も」
「……」
「俺はずっと好きだった」
「……」
「一回諦められたくらいで、好きじゃなくなるような気持ちじゃない」
…嬉しい。
涙が止まらない。
それでも。
