最初は、ただ可愛いと思った。
話してみて、
居心地がよかった。
もっと話したいと思った。
また会いたいと思った。
気づけば、
目で追うようになっていた。
……美玲のときと、同じだった。
そう思った。
でも――
違った。
莉央のことを知れば知るほど、
もっと知りたくなった。
笑っているところを見ると嬉しくて、
少し元気がないだけで気になった。
何かあったなら、
俺が一番に気づいてあげたいと思った。
莉央が困っていたら助けたい。
莉央が悲しんでいたら、
その涙を止めてあげたい。
莉央が嬉しそうに笑っているなら、
その笑顔をずっと見ていたい。
気づけば、
俺の中で、莉央の存在は
どんどん大きくなっていた。
一緒にいたい。
もっと近くにいたい。
莉央のことを知りたい。
莉央にも、
俺のことを知ってほしい。
そして――
莉央にとって、
一番近くにいる人になりたいと思った。
莉央といると、
無理をしなくてよかった。
格好つけなくても、
何かを頑張らなくても、
ただ隣にいるだけで穏やかでいられた。
それに、莉央はいつも周りを明るくする。
莉央が笑っていると、
つられて俺まで笑ってしまう。
何気ない話をしているだけなのに、
気づけば心が軽くなっている。
一緒にいるだけで、
自然と笑えていた。
だけど、
家の会社を畳むことになって、
周りが騒がしくなっていた頃。
どうすればいいのかも分からないまま、
毎日のようにいろんなことに追われて、
気づかないうちに俺自身もかなり無理をしていた。
そんなある日の講義中、
急に頭がぼーっとしてペンが止まってしまった。
どっと押し寄せてきた疲れに、
どうしても身体が追いつかない。
隣にいた莉央は何も聞かずに、
ただ静かに俺のそばにいてくれた。
そして講義が終わったあと、
「これ、書いといたから」って、
俺の分までとってくれていたノートを
こっそり渡してくれたんだ。
あの時、
莉央がいてくれたことが、
本当にありがたかった。
根掘り葉掘り理由を聞くわけでもなく、
大げさに心配するでもない。
自然に寄り添ってくれた
その距離感が、何よりも嬉しかった。
・
・
・
その日の帰り道。
俺は初めて、莉央に家のことを話した。
父親が倒れたこと。
家の会社を畳むことになったこと。
これからどうなるのか、自分でも分からないこと。
話しているうちに、今まで誰にも言えなかった不安が、
少しずつ口からこぼれていった。
莉央は、最後まで何も遮らずに聞いてくれた。
そして、
「うーん……なんて言えばいいか分からないけど」
莉央は少し考えてから、静かに口を開いた。
「……全部、自分でなんとかしようとしなくてもいいんじゃないかな」
「……」
「たまには、他の人に頼ってもいいと思うよ」
そう言ってから、莉央は少しだけ考えて、
「……私とか!」
ふっと笑った。
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった。
今までずっと、
自分が何とかしなければいけないと思っていた。
でも、莉央にそう言われて初めて、
誰かに頼ってもいいのかもしれないと思えた。
何かが解決したわけじゃない。
それでも、
一人で抱えていたものを
少しだけ下ろせたような気がした。
その言葉を聞いた瞬間、
張りつめていたものが、少しだけ緩んだ気がした。
何かを解決してくれたわけじゃない。
それでも、
莉央に話したことで、
抱えていたものがほんの少しだけ軽くなった。
そしてそのあとも莉央は、
余計なことを言わずに、ただ俺の隣を歩いてくれた。
その距離が、あの頃の俺には心地よかった。
ただ、そばにいてくれる。
それだけで、十分だった。
こんなに無理をせず、
こんなに自然体でいられて、
穏やかな気持ちになれる。
苦しい時でさえ、
そばにいるだけで安心できる。
そんな相手は、
莉央が初めてだった。
美玲のことも、
あの頃は好きだと思っていた。
一緒にいる時間は楽しかったし、
美玲のことを大切にしたいと思っていた。
ただ――
今になって思えば、
あれは「恋」じゃなかったのかもしれない。
少し大人びていて、
何でもできるように見えた美玲に、
俺はずっと憧れていた。
そんな美玲が、
自分を好きだと言ってくれたことが嬉しくて。
隣にいられることが、
特別なことのように思えていた。
だから、
あの頃の気持ちが嘘だったとは思わない。
あれはあれで、
俺にとって大切な時間だった。
だけど――
莉央に出会って初めて分かった。
好きな人といることが、
こんなに楽しいんだって。
何かを頑張らなくても、
ただ一緒にいるだけで幸せだと思える。
その人が笑っているだけで、
自分まで嬉しくなる。
俺は──
そんなふうに思えるのは莉央が初めてだった。
だから、怖かった。
こんなに誰かを大切に思ったのは、
初めてだったから。
失いたくない。
傷つけたくない。
嫌われたくない。
なのに――
その「失いたくない」という気持ちが、
俺を臆病にした。
また本気になったら、
また誰かを傷つけるんじゃないか。
また自分から、
大切な人を手放すことになるんじゃないか。
その怖さから逃げるように、
俺は莉央の「好き」に、
ちゃんと答えなかった。
「はいはい」
「知ってるって」
笑って誤魔化した。
――今の俺は、あの時とは違う。
そう思いたかった。
今度こそ、
大切な人を失わないようにできると思っていた。
でも結局俺は、
莉央が大切すぎて、
失うのが怖くて。
一番大切な莉央の気持ちから、
逃げてしまった。
それが――
何年間も。
莉央を一番傷つけることになるなんて。
あの頃の俺は、
知らなかった。
俺が本当に欲しかったのは、
誰かに愛されることじゃない。
ただ一人。
莉央に愛されることだった。
俺が隣にいてほしいと思ったのも、
俺のことを好きでいてほしいと思ったのも。
全部──
莉央だけだったんだ。
莉央じゃなきゃ、意味がないんだ。
だから――
「……待ってろよ」
今度は、絶対に追いつくから。
莉央が自分を諦めようとしているなら。
今度こそ。
絶対に。
――俺は、逃げない。
莉央だけは、
絶対に手放さない。
莉央を逃がさない、そのためにもまだ言えていないことが一つだけある。
