『もう、好きじゃないことにした』


***

その翌日。


莉央のもとに、美玲からメッセージが届いた。


『少し話したいことがあるんだけど時間あるかな?』

莉央は迷った。

でも。

『分かりました!』 と返した。

待ち合わせ場所に行くと、美玲が既に待っていた。


遠くからでも、すぐに分かった。

前に一度会ったときにも思ったけれど
――やっぱり、綺麗な人だった。

整った顔立ちに、上品な雰囲気。
立っているだけなのに、自然と目を引く。







――蓮が好きになるのも、当たり前だ。


そんなことを思いながらも、気持ちを切り替えて待ち合わせ場所にいく。

「遅れてすみません、!」

「ううん、私が勝手に早く着いただけだから!
来てくれてありがとう」

「近くにカフェがあるみたいだから、そこで話そっか」

「はい!」

美玲についていき、二人で近くのカフェへ向かった。


店内に入り、向かい合わせに座る。


注文した飲み物が運ばれてくる。



莉央は落ち着かないまま、カップに手を添えた。




美玲は一口だけ飲み、カップを静かに戻した。

そして、莉央をじっと見つめる。


美玲が静かに口を開く。

「蓮、あなたには話してないことあるでしょ?」



「……何をですか?」



「私たちが別れた理由……ううん、別れた『本当の理由』なんて、私にも教えてくれなかったこと」


莉央の胸がざわついた。


「蓮はね、あなたのことを大切にしてると思う」

美玲はそう言って、少しだけ笑った。


「でもね」

美玲の表情が、少しだけ曇る。

「私も、そう思ってたの」


「……え?」

「蓮は優しかったし、私のことも大切にしてくれてた」

「……」

「だから、ずっとこのまま一緒にいられると思ってた」



美玲は視線を落とし、寂しそうに息を吐いた。

「何の前触れもなく、急に別れを切り出されたの。理由を聞いたら『好きな人ができた』って……」

美玲は自嘲気味に、ふっと目を伏せた。

「でもね、私には分かってた。……あれ、絶対に嘘だったの。私から離れるための口実だった」

「……え?」


「蓮は本当の理由を隠したまま、私を振ったの。」

「……本当は他に何か理由があったはずなのに、何も教えてくれなかった」


美玲の瞳が、静かに莉央をとらえる。

「ねえ、あなたには分かる? 理由も分からないまま、嘘の言葉ひとつで急に切り捨てられる恐怖が」


その言葉が、莉央の胸に刺さる。


「だから……あなたも、気をつけたほうがいいと思う」


美玲はゆっくりと顔を上げ、


優しく

けれど

どこか冷たい瞳で莉央を見つめた。

「蓮は優しかったよ。
だけど、急に別れを切り出されたの。」

「……」


「今は蓮があなたを大切にしてくれていても…」

「…いつか、理由も分からないまま急に捨てられるかもしれないわよ」

「あなたも、私みたいに傷つかないといいけど」


その言葉が、莉央の心に深く重く残った。
 

胸の奥が、ずっとざわざわしている。

今は、蓮が私を大切にしてくれている。
それは分かってる。

一緒にいる時も、
蓮はいつも優しく笑ってくれていた。


――でも。
美玲さんも、きっと同じように信じていたんだ。

大切にされていると思って、この人とずっと一緒にいられると思って。

それなのに、





突然終わった。

もし、私にも同じことが起きたら。



いつか、

蓮が急に


私から離れていく日が来るのなら――。

その日を待つのが、怖かった。



それに――

莉央の頭の中に、嫌な考えが浮かぶ。




もし…


もしも…

蓮が今でも心のどこかで美玲さんを気にしているとしたら?

私がいなくなったほうが、
蓮はもっと自由になれるのかもしれない…。




「……今でもね」

美玲は莉央の迷いを見透かしたように、
静かに言葉を重ねた。

「私は、今でも蓮のことが好きなの」

ズキッ、と胸が痛んだ。

「でも奪おうとは思ってないよ。」

「ただ……あなたが傷つく前に自分から身を引いた方が、お互いのためになるんじゃないかなって思ってるだけ」

莉央は俯いたまま、
目の前のカップをぎゅっと握りしめた。

『嫌だ』と、叫びたかった。


私の知ってる蓮は、

優しくて、

温かくて、


私を大切にしてくれている。


美玲さんの言っていることが、
全部本当だなんて思いたくない。


蓮を信じたい。





蓮の隣にいたい。



だけど――

美玲の言葉が、
現実として莉央の心に重くのしかかる。



これ以上好きになって、
美玲さんみたいに突然捨てられたら?




私がいることで、


蓮を苦しめていたら?



胸の奥が張り裂けそうに痛かった。
息が上手く吸えない。







ポロポロと、
堪えきれなくなった涙がテーブルに落ちる。










「……っ、……わかり……ました……」

声が震える。





莉央は零れ落ちる涙を拭い、


消えそうな声で呟いた。







「私……蓮のことが好きだから」



美玲さんをまっすぐ見返す気力もなく、
ただ俯いたまま話す。


「蓮が……」



ギュッと胸の前の服を掴む。
息が上手く吸えない。




蓮の笑顔が…


優しかった声が…



頭の中でめぐる。




手放したくない。





本当は、ずっと隣にいたい。






だけど――



美玲の言葉が、
現実として莉央の心に重くのしかかっていた。





胸の奥が張り裂けそうに痛い…。




「蓮が…幸せになるなら…私……。」





喉の奥をぎゅっと絞り出すように、莉央は呟いた。










「蓮が…幸せになれるなら。…私、身を引きます」