月華嬢と黒月

麗愛と蓮翔が、初めてのデートをしていた頃。

二人から少し離れた場所に、一人の女の子がいた。

帽子を深くかぶって、サングラスまでかけている。

「……麗愛、大丈夫かな」

凛空だった。

昨日、麗愛からデートの話を聞いたとき。

凛空は何度も、

『本当に大丈夫?』
『変なことされない?』
『嫌なことあったらすぐ連絡してね』

と確認していた。

蓮翔が悪い人だとは思っていない。

でも――

「……一応、見とこ」

親友として。

それだけ。

そう思って、こっそり後をついてきたのだった。


――――――――――


そして。

その少し離れた場所にも、一人。

黒い帽子をかぶり、マスクで顔を隠した男がいた。

「……蓮翔、大丈夫かな」

こうがだった。

蓮翔が女の子と二人で出かける。

それだけなら、普段なら何とも思わない。

でも。

今回は少し違う。

「……あいつ、こういうの慣れてへんからなぁ」

学校では女子からよく声をかけられる蓮翔。

それなのに、本命の女の子を前にすると妙に不器用になる。

「まぁ……ちょっと様子見るくらいならええやろ」

そう言いながら。

結局、こうがも後をついてきていた。


――――――――――


そして。

二人は――

同じ場所で鉢合わせた。


「……誰?」

凛空が怪訝そうに男を見る。

「それ、こっちのセリフやろ」

こうがも凛空を見る。

「……」

「……」

しばらく無言。

お互いに、相手を警戒する。

凛空はこうがの顔を見て――

ふと気づいた。

「……もしかして」

「ん?」

「黒月会の……こうが?」

「……なんで知ってんねん」

こうがが少し驚く。

凛空は小さくため息をついた。

「学校で有名じゃん」

「俺が?」

「そう」

「へぇ」

「蓮翔の親友で、イケメンで、めちゃくちゃチャラいって」

「……」

こうがが少し笑う。

「なんや、それ」

「女の子とよく遊んでるって噂も聞くけど」

「まぁ……」

こうがは少し考えてから、

「それも否定はせえへん」

「……やっぱり」

凛空の警戒心が一気に上がる。

「だから、あんまり関わりたくないタイプ」

「初対面でそこまで言う?」

「だって事実でしょ?」

「まぁ、そうやけど」

こうがは苦笑する。


「で、お前は?」

「……凛空」

「凛空?」

「そう」

「月華嬢の?」

「うん」

「へぇ」

こうがが少し目を丸くする。

「麗愛ちゃんの友達ってことか」

「そうだけど」

「なるほどな」

凛空はこうがをじっと見る。

「……何?」

「いや」

こうがが少し笑う。

「思ってたより警戒心強いなぁって」

「当たり前じゃん」

凛空はそっぽを向く。

「チャラい人には、警戒するくらいでちょうどいいから」

「……手厳しいな」

「別に」

「俺、そんな悪い奴ちゃうで?」

「それ、チャラい人がよく言うやつ」

「ははっ」

こうがが笑う。

「おもろいな、お前」

「褒めてないでしょ」

「褒めてる褒めてる」

「……信用できない」

「そこまで言う?」

凛空は呆れたようにため息をついた。


――――――――――


そのとき。

二人が同時に前を見る。

少し離れた場所で――

麗愛と蓮翔が楽しそうに歩いていた。

「……麗愛」

凛空が小さく呟く。

「……蓮翔」

こうがも呟く。

二人とも、同時に安心したように息を吐いた。

「……楽しそうやな」

こうがが言う。

「うん」

凛空も少し笑う。

「麗愛、あんな顔してる」

「蓮翔もやな」

「……」

「……」

二人は顔を見合わせる。

「じゃあ、もう帰ろうか」

凛空が言う。

「そうやな」

二人が歩き出そうとした、その瞬間――


「……あれ?」

麗愛が振り返った。

「……凛空?」

「……!」

「……こうが?」

「……!」

麗愛と蓮翔がこちらに近づいてくる。

「なんでいるの!?」

麗愛と蓮翔の声が重なった。

「いや、それはこっちのセリフやろ!」

こうがが言い返す。

「私は麗愛が心配だったの!」

凛空が言う。

「俺は蓮翔が心配や!」

こうがも負けずに言う。

「……」

「……」

麗愛と蓮翔が顔を見合わせる。

「……心配されてたね」

「……せやな」

二人とも、思わず笑った。


「もう……凛空」

麗愛が少し困ったように笑う。

「ごめん。でも、ちょっと心配だったから」

「大丈夫だよ」

「……本当に?」

「うん」

麗愛は笑う。

「すごく楽しいよ」

「……そっか」

凛空も安心したように笑った。


一方。

蓮翔はこうがを見る。

「お前は?」

「いや……」

「ん?」

「お前がちゃんとデートできてるか心配で」

「……は?」

「だってお前、本気になると不器用やろ」

「余計なお世話や」

「ほら」

こうがが笑う。

「そうやってすぐ強がる」

「うるさい」

「まぁ、楽しそうやからええけど」

「……」

蓮翔は呆れながらも、少し笑った。


――――――――――


「じゃあ、私たちは帰るね」

凛空が言う。

「うん!」

麗愛が手を振る。

「またあとで連絡するね」

「分かった」

凛空は麗愛に手を振り返す。

そして歩き出す。


「じゃあな、蓮翔」

こうがも手を上げる。

「おう」

二人が並んで歩いていく。


少しして。

凛空が隣を見る。

「……ねえ」

「ん?」

「こうが」

「何?」

「今日、初めましてだよね」

「そうやな」

「……じゃあ」

少しだけ間を空けて。

「よろしく」

「……おう」

こうがが笑う。

「こちらこそ」

「……」

凛空は前を向く。

やっぱり。

「……チャラそう」

小さく呟く。

「聞こえてるで?」

「聞こえるように言ったから」

「ほんま可愛げないなぁ」

「余計なお世話」

凛空はまた、そっぽを向いた。


こうがはそんな凛空を見て――

「……変なやつ」

そう言って笑った。

まだ。

このときは。

凛空に特別な感情なんてなかった。

凛空にとっても。

こうがはただの――

「学校で有名な、チャラい男」。

それだけだった。


けれど。

この日が。

二人にとっての――

最初の出会いだった。