月華嬢と黒月

――翌日。

聖月学園。

昨日のデートが嘘みたいに、いつもと変わらない朝。

麗愛はいつものように黒髪を整え、教室へ向かっていた。

だけど。

「……」

廊下の向こうから歩いてくる蓮翔を見つけた瞬間。

昨日のことが頭に浮かんだ。

カフェで笑ったこと。

一緒に歩いたこと。

二人で話したこと。

「……」

麗愛は少しだけ頬を赤くする。

すると。

「おはよ、麗愛ちゃん」

「……っ」

蓮翔が、いつものように声をかけてきた。

「お、おはよう。蓮翔」

「昨日、楽しかったな」

「……うん」

「また行こな」

「……うん!」

麗愛は嬉しそうに笑う。

その笑顔を見て、蓮翔も少し笑った。

――学校では、普通のクラスメイト。

だけど。

二人だけが知っている時間がある。

それが、なんだか少しだけ嬉しかった。


――――――――――


「……朝から何その顔」

「え?」

教室に入ると、凛空がじっと麗愛を見ていた。

「なんか嬉しそう」

「そ、そうかな?」

「うん」

「……」

「昨日、何かあった?」

「何もないよ!」

麗愛が慌てて答える。

「ふーん?」

「ほんとだって!」

「……怪しい」

「怪しくないよ!」

凛空はじーっと麗愛を見る。

「まあ、いいけど」

「……」

「麗愛が楽しそうなら」

「凛空……」

「何?」

「ありがとう」

「はいはい」


――――――――――


昼休み。

二人でお弁当を食べながら、凛空が突然聞いた。

「で?」

「……で?」

「昨日のデート」

「……!」

麗愛の手が止まる。

「な、何?」

「聞かせて」

「……」

「手、繋いだ?」

「繋いでない!」

「ほんと?」

「ほんと!」

「じゃあ何したの?」

「カフェ行って……」

麗愛は少し照れながら話す。

「お買い物して……いっぱい話した」

「……」

「すごく楽しかった」

麗愛の顔が自然とほころぶ。

凛空はそんな麗愛を見て、少しだけ笑った。

「……そっか」

「うん」

「麗愛、ほんとに楽しそう」

「……うん!」

「なら、よかった」

凛空はお弁当を食べながら言う。

「蓮翔なら……まあ、いいのかもね」

「ほんと?」

「うん」

「やった!」

「でも」

凛空が麗愛を見る。

「嫌なことされたら、すぐ言ってね」

「分かってるよ」

「絶対ね」

「うん!」

麗愛は嬉しそうに笑った。


――――――――――


その頃。

別の教室。

「で?」

こうがが蓮翔の机に寄りかかる。

「昨日どうやった?」

「普通に楽しかったで」

「へぇ〜?」

「何やねん」

「手ぇ繋いだ?」

「……繋いでへん」

「は!?」

こうがが大げさに驚く。

「お前、初々しすぎるやろ!」

「うるさい」

「女の子とデートしてそれだけ?」

「それでええねん」

「へぇ〜」

こうがはニヤニヤする。

「蓮翔がこんなんになるとはなぁ」

「……ほんまうるさい」

周りのメンバーも笑っている。

そのとき。

ふと、こうがの頭に昨日のことが浮かんだ。

「……そういや」

「ん?」

「昨日、月華嬢の子おったやろ」

「凛空?」

「そうそう」

こうがは少し考える。

「……あいつ、ほんま警戒心強かったな」

「お前がチャラいからやろ」

誰かが言う。

「まぁ、それはそう」

こうがは笑う。

「でも、ああいうタイプ初めてやったわ」

「何が?」

「俺のこと全然信用してへん」

「そりゃお前なぁ」

「ははっ」

こうがは笑って、昨日聞いた名前を思い出す。

「……凛空、か」

それだけ。

まだ、それ以上でもそれ以下でもなかった。


――――――――――


放課後。

麗愛と凛空が一緒に廊下を歩いていると。

「……あ」

凛空が足を止める。

前から、こうがが歩いてきた。

「……」

「……」

一瞬、目が合う。

こうがが笑った。

「お、昨日の警戒心強い子」

「……その呼び方やめて」

「なんで?」

「普通に名前で呼べば?」

「じゃあ……凛空?」

「……」

「?」

凛空は少しだけ目を逸らした。

「……別に」

「なんやそれ」

「何でもない」

麗愛が二人を見て、くすっと笑う。

「なんか、昨日より仲良くなってない?」

「なってない!」

凛空が即答する。

「そう?」

「全然」

こうがが笑う。

「俺は仲良くなりたいけどな」

「……私は別に」

「はいはい」

「……」

凛空は少しムッとする。

「やっぱりチャラい」

「まだ言う?」

「だってチャラいじゃん」

「まぁ、否定はせえへんけど」

「ほら!」

凛空は呆れたようにため息をついた。

こうがはそんな凛空を見て笑う。

「おもろいな、ほんま」

「褒めてる?」

「褒めてる」

「……信用できない」

「またそれ?」

「だって初対面のときからチャラかったし」

「まだ初対面みたいなもんやろ」

「だから信用してないの」

「そっか」

こうがは笑った。

「じゃあ、これから信用してもらえるように頑張るわ」

「……」

凛空が少しだけ驚いた顔をする。

「……好きにすれば?」

「おう」

こうがは軽く手を上げて、そのまま歩いていった。


「……」

凛空はその背中を見る。

「……変な人」

「ふふっ」

麗愛が笑う。

「凛空、こうがと仲良くなれそうじゃない?」

「ならない」

「即答だ」

「だってチャラいもん」

「そっか」

「それに――」

凛空は少しだけ呆れた顔をする。

「麗愛、忘れてない?」

「何を?」

「私、彼氏いるんだから」

「あ……」

麗愛が目を丸くする。

「そうだった」

「もう」

凛空は笑う。

「れあは恋愛のことになると、すぐ漫画みたいな展開にするんだから」

「だって少女漫画好きだもん!」

「はいはい」

「でも、こうがは本当にチャラそうだね」

「でしょ?」

凛空は頷く。

「だから、絶対好きにならない」

「うん」

「そもそも彼氏いるし」

「そうだね」

「だから、こうがとは何もないから」

「分かったって」

麗愛が笑う。

凛空も笑った。


――――――――――


その頃。

少し離れた場所を歩いていたこうが。

ふと振り返る。

凛空の姿が見える。

「……」

昨日初めて会った。

今日、名前で呼んだ。

ただそれだけ。

「……凛空、か」

こうがは小さく笑う。

まだ。

恋じゃない。

気になると言っても、ほんの少し。

ただ――

今まで自分に向けられることのなかったような警戒心が。

なんとなく、面白かった。


一方の凛空も。

「……ほんとチャラい」

そう言いながら。

少しだけ、こうがのことを思い出す。

でも。

「……まあ、関係ないけど」

凛空には彼氏がいる。

今は、それだけ。


まだ二人は――

仲良くもない。

お互いに特別でもない。

ただ。

「学校で有名な、チャラい男」

「彼氏持ちで、警戒心の強い女の子」

それだけだった。


けれど。

この出会いがいつか――

こうがの「遊び」だった恋愛観を、

全部変えることになる。