君が描いた色の中で、もう一度君に恋をする

「夏休みの宿題、ここでするとよい」と雪じいがそう言ってくれたから、私はお言葉に甘えて美術館に入り浸るようになった。静かで涼しい館内は、宿題をするのにちょうどいい。何より――家にいるよりも、ここにいる方がよっぽどマシだった。
翼がいないという事実を、私はまだ受け入れられずにいる。
ここなら、翼の過去に触れられる気がした。絵の中に残った“翼の時間”に、少しでも近づける気がしたから。

「一生懸命やっているね。少し休憩にするか」

「え?」

雪じいがテーブルに置いてくれたのは、焼きたてのホットケーキとアイスティーだった。

「わぁ…」

「たまには甘いものも必要じゃろ」

「ありがとうございます」

ナイフとフォークを手に取り、一口。ふわっ。

「…おいしい」

思わず頬が緩む。そんな私を見て、雪じいも嬉しそうに笑った。

そして――。私は、あの絵の前に立つ。夏祭りの次の思い出。そこに描かれていたのは、川辺に揺れるしだれ柳。濃い緑色の葉が幾重にも重なり、昼間なのにどこか薄暗い。綺麗なのに――なぜだろう。少しだけ、不気味に感じる。ふわり。絵の中で、しだれ柳が揺れる。まるで本物の風が吹いたみたいに。私はそっと目を閉じた。
そして――。もう一度、目を開ける。

「蒼井、ヤッホー!」

翼がいつものように手を振っていた。夏祭りで翼と付き合い始めて。残りの夏休みは、一緒に宿題をするために集まったんだ。

「蒼井ってさ、英語得意だよな? 教えて」

「うん」

「その代わり、俺も数学教えるし!」

翼が得意げに笑う。そんな話をしながら、二人で図書館へ向かった。けれど――。

「うわ、いっぱいだな」

「だね…」

夏休みだからか、席はほとんど埋まっている。どうしようかと、翼が辺りを見回している。

『うちは今日、弟の友達来てるしなー』

翼が悩んでいる。私は、特に何も考えず口を開いた。

「じゃあ、うちでもいい?」

「え?」

翼が固まった。

「あ、うん」

『待って』

翼の心の声が聞こえる。

『蒼井の家!?緊張する……!』

思わず、翼を見る。さっきまで余裕そうだったのに。顔が、ほんの少し赤い。私は特に気にも留めてなかった。思わず苦笑いをする。