君が描いた色の中で、もう一度君に恋をする

息を切らしながら、月影美術館の中へ駆け込む。膝は擦りむいて、血が滲んでいる。けれど、そんなことはどうでもよかった。

「お嬢さんどうしたんだい? 怪我してるじゃないか」

雪じいが目を丸くする。

「絵を…見せてもらえますか⁉」

「絵…?」

雪じいの顔が曇った。

「構わないが…もう、翼は――」

「お願いします!」

言葉を遮るように、私は深く頭を下げた。

「まだ…私、何も伝えてないんです」

声が震える。

「好きって。大好きって…ちゃんと伝えてない」

雪じいは何も言わず、しばらく私を見つめていた。やがて、小さく息を吐く。

「……わかったよ。ゆっくり見なさい」

「ありがとうございます……!」

顔を上げ、私は歩き出す。いや、歩くなんてできなかった。少しでも早く会いたくて、小走りになる。きっと。きっと、あの黒いキャンバスにいる。もう一度。もう一度だけでいい。お願い。会いたい。話したい。今度こそ、ちゃんと伝えたい。辿り着いたのは、あの真っ黒なキャンバス。私は震える手で、ステンドグラス風のしおりを取り出した。夕暮れの光を受けて、しおりがかすかに煌めく。

「翼」

そっと、キャンバスにかざす。すると――。ぐるり。黒い線が、絵の中から這い出すように伸びてきた。私の腕に。肩に。身体に。黒い線が次々と巻きついてくる。手を伸ばす。

「待ってて…翼」

視界が黒に染まっていく。私は静かに目を閉じた。