シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

 午後。

「これ、全部ですか」

 直充は声を潜めた。

 目の前には本の山。

 一段。

 二段。

 その奥にも、まだある。

 図書館の職員が申し訳なさそうに両手を合わせる。

「悪いね。途中まででもいいから」

「分かりました」

「助かる」

 小声で礼を言われ、直充は腕まくりをした。

 頼まれたのは、古い蔵書の整理だった。

 返却された本を棚へ戻すついでに、長く動かしていなかった本も分類し直したいらしい。

 人手が足りないから少し手伝ってほしい。

 そう頼まれた。

「…………」

 直充は一冊手に取る。

 分類番号を見る。

 棚へ戻す。

 次。

 また次。

 作業自体は単純だった。

 量が多いだけで。

 こういう作業は嫌いではない。

 黙々と本を運び。

 棚へ戻し。

 位置を揃える。

 しばらく続けていると。

「…………」

 視線を感じた。

 顔を上げる。

 棚の向こう。

 ふわりと茶色い髪が覗いていた。

「…………」

 目が合う。

 梨来が少し驚いて。

 すぐに笑った。

 声は出さず。

 唇だけが動く。

『直充くん』

「…………」

 直充も軽く頭を下げる。

 梨来が棚を回り、こちらへ来た。

 腕には何冊かの本を抱えている。

「何してるの?」

 近くまで来てから、小さな声で聞いた。

「整理頼まれました」

 直充も声を落とす。

 梨来が後ろを見る。

 本。

 本。

 さらに本。

「…………」

 直充を見る。

 また本を見る。

 梨来が眉を少し下げた。

『いっぱい』

 口だけが動く。

 直充が小さく頷く。

『いっぱいです』

「…………」

 梨来の肩が揺れた。

 声を出さずに笑っている。

「何ですか」

「ううん」

 囁くように返して。

 梨来が腕の本を持ち直す。

 直充がそれを見る。

「返却ですか」

「うん」

「持ちます」

「大丈夫だよ」

 梨来も小声で返した。

 直充は何も言わず、本を指差す。

 次に。

 返却カウンターを指差した。

『返すだけ?』

 梨来が目を瞬く。

 頷く。

『うん』

 直充が手を出す。

「…………」

 梨来はその手を見る。

 それから。

 上の数冊を預けた。

『ありがとう』

 直充が小さく頷く。

 二人で歩き出す。

 静かな図書館。

 ページをめくる音。

 遠くで本を棚へ戻す音。

 その中を。

 二人の足音だけが並んでいく。

「…………」

 梨来が隣を見る。

 直充も気づいた。

『何ですか』

 口だけで聞く。

 梨来は少し考えて。

『一緒』

「…………」

 直充が眉を寄せる。

『何が?』

 梨来が二人を交互に指差した。

『歩いてる』

「…………」

 返却カウンターを見る。

 もうすぐそこだった。

『すぐそこですよ』

 梨来が頷く。

『知ってる』

 そして。

 少しだけ笑った。

『でも嬉しい』

「…………」

 直充の足が僅かに遅くなる。

 梨来も自然に合わせた。

 二人の距離が、少しだけ近くなった。