シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

「あ」

 駅が見えた。

 もう着いちゃった。

「…………」

 もう少し、遠くてもよかったのに。

 そう思ってから、梨来は瞬きをした。

 ……私、何考えてるんだろ。

 二人は駅前の屋根の下へ入った。

 直充が傘を閉じる。

 梨来も自然に一歩離れた。

 いつもの距離に戻っただけなのに、さっきより遠く感じた。

「結構降りましたね」

「うん」

「梨来さん、濡れてないですか?」

「大丈夫だよ」

「肩は?」

「ほとんど濡れてない」

「ならよかったです」

 直充が自分の肩を軽く払う。

 そちらの方が明らかに濡れていた。

「直充くんの方が濡れてるじゃん」

「これくらい乾きます」

「風邪引いたらどうするの?」

「引かないと思います」

「そういう問題じゃないよぉ」

「気をつけます」

 梨来は直充をじっと見る。

「何ですか?」

「ちゃんと拭いてね」

「分かりました」

「家着いたら着替えてね」

「はい」

「…………」

「梨来さん」

「なに?」

「先生みたいです」

「…………」

 また?

 梨来がじっと直充を見ると、直充の口元が少しだけ緩んだ。

「すみません」

「絶対すみませんって思ってないでしょ」

「少しは思ってます」

「少しなの?」

「はい」

「もう」

 梨来は呆れたように直充を見る。

 けれど、結局自分も笑ってしまった。

「じゃあね、直充くん」

「はい。また」

 直充が軽く頭を下げる。

 二人はそれぞれの方向へ歩き出した。

 数歩進んだところで、梨来の足が少しだけ遅くなった。

「…………」

 振り返る。

 直充はまだ前を向いて歩いていた。

 黒い折り畳み傘を持った、その背中。

 梨来は自分の肩を見る。

 ほとんど濡れていない。

『梨来さんが濡れるよりいいです』

「…………」

 さっきの声が蘇る。

「ずるいなぁ……」

 小さく呟いて、梨来は前を向いた。

 その少しあと。

 直充も歩みを緩めた。

「…………」

 ほんの少しだけ、後ろを振り返る。

 梨来はもう、前を向いて歩いていた。

 直充はその背中を少し見つめると、眼鏡の位置を直した。

 そして何事もなかったように、また歩き出した。