梨来は直充の隣へ並ぶ。
「じゃあ、帰ろっか」
「はい」
二人は一緒に歩き始めた。
大学を出て、駅へ向かう。
「今日はどうでした?」
先に聞いたのは直充だった。
「仕事?」
「はい」
「今日は平和だったよぉ。学生さんから相談はあったけど、それくらい」
「それはよかったですね」
「直充くんは?」
「普通です」
「普通?」
「講義受けて、課題やって」
「それだけ?」
「それだけです」
梨来が笑う。
「直充くんの一日、説明が短いねぇ」
「特に話すことないので」
「もっとあるでしょ。お昼何食べたとか」
「弁当です」
「やっぱり今日もお弁当なんだ」
「はい」
「何入れたの?」
「鶏肉と卵焼きと、あとは野菜です」
「ふふ。直充くんらしい」
「何がですか?」
「ちゃんとしてるところ」
「普通ですよ」
「直充くんの普通は、たぶん普通よりちゃんとしてるよぉ」
「そうですか?」
「そうだよ」
メッセージで聞くのは少し変な気がしたのに、隣を歩きながらなら、こんなに簡単に聞ける。
「梨来さんは?」
「んー?」
「昼、何食べたんですか?」
「私?」
「はい」
「今日はおにぎりと――」
ぽつ。
頬に冷たいものが当たった。
「あ」
梨来が空を見上げる。
もう一粒、今度は腕へ落ちる。
「降ってきましたね」
そう言った直後だった。
ざあっ、と一気に雨脚が強くなる。
「わっ」
梨来は慌てて鞄を胸元へ寄せた。
「急に強くなりましたね」
「ほんとだぁ」
「梨来さん、傘あります?」
「…………」
ある、と言いかけてやめた。
「ないです」
直充は自分の鞄へ手を伸ばした。
取り出したのは、黒い折り畳み傘だった。
直充が傘を開き、ごく自然に梨来の方へ傾けた。
「入ってください」
「…………」
梨来は傘を見て、それから直充を見る。
「え?」
「濡れますよ」
「う、うん」
言われるまま、傘の下へ入った。
その隣に、直充も入る。
「…………」
近い。
梨来は思わず直充を見上げた。
いつも隣を歩いているのに、今日は顔まで近く感じる。
肩も、腕も、傘を持つ手も、全部がすぐそこにある。
相合い傘って、こんなに近いの?
「梨来さん?」
「えっ」
目が合った。
梨来はすぐに前を向く。
「どうしました?」
「な、何でもないよぉ」
心臓がうるさい。
雨の音で聞こえないよね。
……聞こえないよね?
梨来はほんの少しだけ、直充から離れた。
ぱたぱたと雨粒が肩へ当たる。
「梨来さん、濡れてますよ」
「もう少し中に入ってください」
「……うん」
仕方なく少しだけ中央へ戻る。
直充くんと、相合い傘。
そう考えると、余計に意識してしまう。
「…………」
「梨来さん?」
「なに?」
「顔、赤くないですか?」
「え?」
反射的に直充を見る。
「少し」
「……気のせいじゃない?」
「そうですか?」
「そうだよぉ」
お願いだから、こっち見ないで。
そう思うのに、直充が前を向くと、なぜか少しだけ惜しい。
……何なの、これ。



