シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

 その頃。

 仕事を終えた梨来も、大学を出て駅へ向かっていた。

 夕方の道は人が多い。

 大学から帰る学生。

 買い物袋を提げた人。

 駅へ急ぐ会社員。

 いくつもの足音と話し声が重なっている。

 その中で、梨来の耳が一つの声を拾った。

「――まだ見つかってないみたい」

「一年生の子でしょ?」

 梨来は歩く速度を変えない。

「黄色い帽子って言ってたよ」

「警察も探してるって」

 少し先では、警察官が誰かと話している。

「中央公園は確認しています」

「駅の方もお願いします」

 別の場所からも声が聞こえる。

「友達の家にはいなかったって」

「川沿いにも行ったことがあるみたい」

「…………」

 梨来は視線を向けずに、それぞれの声を拾っていく。

 迷子。

 小学一年生。

 男の子。

 名前は想真。

 黄色い帽子。

 最後に姿を確認されてから、かなり時間が経っている。

 公園。

 図書館。

 駄菓子屋。

 駅。

 友達の家。

 住宅街。

 川沿い。

 候補は多い。

 警察も家族も、すでに捜索している。

 梨来は足を止めなかった。

 自分から探しに行くこともしない。

 今の自分には、居場所へ繋がる手掛かりがない。

 ただ、耳に入った情報は自然と頭の中で整理されていく。

 誰が、どこで、何を言ったのか。

 それを繋げて覚えるのは、もう癖のようなものだった。

 そのとき。

「…………?」

 人混みの向こうに、見覚えのある姿が見えた。

 黒い短髪。

 眼鏡。

「直充くん?」

 直充だった。

 けれど、いつもとは様子が違う。

 かなり急いでいる。

 人の流れを避けながら走っている。

「直充くん!」

 梨来が呼ぶ。

 けれど、前を走る直充は振り返らない。

「…………」

 何かあった。

 そう思ったときには、梨来の足も動いていた。

 人を避けながら後を追う。

 少しずつ距離が縮まる。

 そして、梨来は気づいた。

「…………」

 直充は一度も立ち止まらない。

 交差点へ出ても、スマートフォンを取り出すこともない。

 分かれ道でも、曲がり角でも、そのまま走り続ける。

「…………」

 まさか。

 あの子を探してる?

 梨来は少しだけ追って、足を止めた。

 直充が迷子のことを知っているのかさえ、分からない。

「…………」

 梨来は遠ざかっていく背中を見つめた。

 迷わず走っていた。

 そのことだけが、小さく胸の隅に残った。