シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

 人の声が聞こえる。

 直充は目を開けた。

 同じ場所。

 けれど、人の位置も周囲の様子も変わっている。

「…………」

 どれくらい先だ。

 反射的に腕時計を見る。

 表示された時刻に、目が止まった。

「……一時間」

 今より、およそ一時間後。

 狙ったわけではない。

 五分より遠く。

 ただ、それだけを考えて前回より多く回した。

 結果として、一時間ほど先へ来た。

「…………」

 直充はすぐに顔を上げる。

 今は時計の仕組みを確かめている場合ではない。

「想真!」

 母親の声。

 直充が振り向く。

 母親が走っている。

 警察官たちも、同じ方向へ向かっていた。

 直充も後を追う。

 住宅街を抜けた先に見えたのは、川だった。

「…………」

 朝まで降っていた雨の影響で、水は濁り、流れも速い。

 何人もの人が川沿いへ集まっている。

 さらに先には救急車。

 その光景を見た瞬間、胸の奥が冷えた。

「想真!」

 母親の声。

 さっきまでとは違う。

 名前を呼んでいるだけなのに、その声に混じるものが直充にも分かった。

 恐怖。

「子どもが川に落ちたって……」

「小学生らしいよ」

 近くにいる人の声が耳へ入る。

「…………」

 間に合わなかったのか。

 そんな考えが一瞬浮かび、直充は強く打ち消す。

 違う。

 これは、まだ起きていない。

 今なら変えられるかもしれない。

「黄色い帽子が見つかったのは?」

 警察官の声に、直充が顔を上げる。

「もう少し上です」

「場所は?」

「みずなみ広場の近くです。青い手すりがあるところ」

「川辺へ降りる階段の近くですか?」

「そうです」

 みずなみ広場。

 青い手すり。

 川辺へ降りる階段。

 直充は頭の中で繰り返す。

 忘れるな。

 周囲を見渡し、少し離れた場所に案内板を見つけると、そこへ駆け寄った。

 川沿いの地図。

 現在地。

 みずなみ広場。

 道順を目で追う。

 今の場所から、どの道を通るのか。

 どこで曲がるのか。

 覚える。

「……っ」

 視界が歪んだ。

 川も、人も、救急車も、母親の声も遠ざかっていく。

 直充は最後まで、みずなみ広場への道を見つめていた。