校門の前に立った瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
今日で、この場所ともお別れ。
何度も通った道。
何度もくぐった校門。
笑った日も、泣いた日も、悔しくて俯いた日もあった。
そして――恋をした場所。
教室。
廊下。
階段。
部活の時間。
放課後の帰り道。
振り返れば、どこにでも思い出があった。
「瑠夏」
名前を呼ばれて振り向く。
そこには、いつもの笑顔の翔がいた。
「おはよう」
「……おはよう、翔」
たったそれだけの言葉なのに、胸がいっぱいになる。
今日も翔がいる。
それが、嬉しくて。
それなのに、どうしようもなく切なかった。
卒業式が始まった。
体育館に響く校歌。
校長先生の言葉。
卒業証書を受け取る音。
全部が、少しずつ「最後」になっていく。
名前を呼ばれ、前へ進む。
卒業証書を受け取った瞬間、胸の奥から込み上げてくるものがあった。
高校生活が終わる。
分かっていたはずなのに。
こんなにも、寂しいなんて思わなかった。
式が終わる頃には、あちこちからすすり泣く声が聞こえていた。
私も何度も涙を拭った。
長かったような、短かったような高校生活が、今日で終わる。
その寂しさを胸に抱えたまま、私は卒業証書を手に体育館を出た。
人の流れの向こうに、翔の姿が見えた。
私に気づいた翔が、ほんの少し笑った。
それだけで、涙がまた溢れそうになった。
体育館を出ると、友達や後輩たちが次々に集まってきた。
「瑠夏先輩、卒業おめでとうございます!」
「翔先輩も!」
「写真撮ろう!」
「最後だから、いっぱい撮ろうよ!」
笑い声が飛び交う。
肩を寄せ合って写真を撮って。
後輩たちから寄せ書きをもらって。
友達と何度も「また会おうね」と言い合って。
笑っているのに、涙が出る。
泣いているのに、笑ってしまう。
そんな不思議な時間だった。
やがて人が少なくなって、校舎の中も静かになっていく。
私は翔を見る。
「……行く?」
「ああ」
私たちは、二人だけで歩き出した。
向かったのは、体育館の二階。
何度も一緒に過ごした、あの場所。
扉を開ける。
春の光に包まれたグラウンドを眺めていると、つい昨日までのことみたいに、いろんな記憶が蘇ってきた。
「ここも、最後だな」
「……うん」
翔が、少し離れたところで立ち止まる。
そして――後ろ手に隠していたものを、私の前へ差し出した。
「これ」
「……え?」
そこには、一つの花束。
私が好きな色。
私に似合うと思って選んでくれたのだと、すぐに分かった。
「卒業、おめでとう」
その言葉だけで、胸がいっぱいになった。
「……ありがとう」
花束を受け取る。
指先に触れた花びらが、優しく揺れた。
「瑠夏に似合うと思って」
「……翔、ずるい」
「何が?」
「こんなの……泣いちゃうよ」
笑いながら涙を拭うと、翔も笑った。
「泣いていいだろ。今日くらい」
「翔も泣いてるじゃん」
「これは……汗」
「ふふっ」
「笑うなよ」
「だって……」
また笑ってしまう。
それから私たちは、並んで座った。
ここで過ごした時間を、一つずつ思い出すように。
思い出を一つずつ口にするたび、胸の奥が温かくなる。
楽しかったこと。
嬉しかったこと。
泣いたこと。
すれ違ったこと。
それでも最後には、ちゃんと隣に戻ってこられたこと。
話しても話しても、思い出は尽きなかった。
全部が、私たちの高校生活だった。
「……いろいろあったね」
「うん」
「長かったような、短かったような……」
「俺は、短かった」
翔が、静かに言った。
「もっと瑠夏と一緒にいたかった」
胸が痛くなる。
私も同じだった。
「私も……」
窓の外を見る。
春の光が、体育館の床に細く差し込んでいる。
もう制服を着て、この場所に来ることはない。
そう思った瞬間、急に寂しさが込み上げた。
「今日で、制服も最後なんだね」
「そうだな」
「明日から、私たち高校生じゃないんだ」
「うん」
時間は、止まってくれない。
どれだけ大切に思っても。
どれだけ、この瞬間を終わらせたくなくても。
季節は進んでいく。
高校生活も、今日で終わる。
でも――
「ねえ、翔」
「ん?」
「これからも……隣にいてくれる?」
翔は、少しだけ目を見開いた。
そして、優しく笑った。
「当たり前だろ」
「……本当に?」
「俺がどれだけ瑠夏の隣にいたいと思ってると思う?」
「分かんない」
「じゃあ、これから分からせる」
その言葉に、胸が熱くなる。
次の瞬間。
翔の腕が、私を包み込んだ。
「……翔」
ぎゅっと抱きしめられる。
制服越しに伝わる温もり。
何度もこうして抱きしめてもらったはずなのに。
今日は、少し違って感じた。
高校生の私たちとして抱き合えるのは、これが最後だから。
「……離れたくない」
私が呟くと、翔の腕に少しだけ力がこもった。
「俺も」
「ずっと、このままがいい」
「うん」
「時間、止まればいいのに」
「……止まらなくてもいいよ」
翔の声が、すぐそばで響く。
「時間が進んでも、俺が瑠夏の隣にいるから」
涙が、頬を伝った。
私は翔の胸に顔を埋めた。
この温もりを忘れたくない。
今日のことを。
この場所を。
翔と過ごした高校生活を。
全部、心の中にしまっておきたい。
やがて翔が、そっと私の顔を上げさせた。
目が合う。
何も言わなくても、気持ちは分かった。
翔の顔がゆっくり近づいてくる。
私は目を閉じた。
唇が、そっと重なる。
短くて、優しいキス。
でも、その瞬間。
高校生活の全部が、胸の中を駆け抜けていった。
嬉しかった日も。
泣いた日も。
悔しかった日も。
翔に恋をした、あの日も。
全部、全部。
大切な思い出。
唇が離れる。
翔が、私の額にそっと自分の額を重ねた。
「卒業、おめでとう。瑠夏」
「……翔も」
涙を流しながら笑う。
窓の向こうには、春の空が広がっていた。
今日で、私たちの高校生活は終わる。
だけど。
私たちの物語は、終わらない。
制服を脱いでも。
この校舎を離れても。
季節がいくつ巡っても。
私はきっと思い出す。
この場所で、翔と笑ったこと。
泣いたこと。
そして――
最後まで、君のとなりにいたこと。
これから先も。
私は、君のとなりにいたい。
そう願いながら、私は翔の手を握った。
春の光の中で。
二人の新しい時間が、静かに始まった。
――高校編・完。
今日で、この場所ともお別れ。
何度も通った道。
何度もくぐった校門。
笑った日も、泣いた日も、悔しくて俯いた日もあった。
そして――恋をした場所。
教室。
廊下。
階段。
部活の時間。
放課後の帰り道。
振り返れば、どこにでも思い出があった。
「瑠夏」
名前を呼ばれて振り向く。
そこには、いつもの笑顔の翔がいた。
「おはよう」
「……おはよう、翔」
たったそれだけの言葉なのに、胸がいっぱいになる。
今日も翔がいる。
それが、嬉しくて。
それなのに、どうしようもなく切なかった。
卒業式が始まった。
体育館に響く校歌。
校長先生の言葉。
卒業証書を受け取る音。
全部が、少しずつ「最後」になっていく。
名前を呼ばれ、前へ進む。
卒業証書を受け取った瞬間、胸の奥から込み上げてくるものがあった。
高校生活が終わる。
分かっていたはずなのに。
こんなにも、寂しいなんて思わなかった。
式が終わる頃には、あちこちからすすり泣く声が聞こえていた。
私も何度も涙を拭った。
長かったような、短かったような高校生活が、今日で終わる。
その寂しさを胸に抱えたまま、私は卒業証書を手に体育館を出た。
人の流れの向こうに、翔の姿が見えた。
私に気づいた翔が、ほんの少し笑った。
それだけで、涙がまた溢れそうになった。
体育館を出ると、友達や後輩たちが次々に集まってきた。
「瑠夏先輩、卒業おめでとうございます!」
「翔先輩も!」
「写真撮ろう!」
「最後だから、いっぱい撮ろうよ!」
笑い声が飛び交う。
肩を寄せ合って写真を撮って。
後輩たちから寄せ書きをもらって。
友達と何度も「また会おうね」と言い合って。
笑っているのに、涙が出る。
泣いているのに、笑ってしまう。
そんな不思議な時間だった。
やがて人が少なくなって、校舎の中も静かになっていく。
私は翔を見る。
「……行く?」
「ああ」
私たちは、二人だけで歩き出した。
向かったのは、体育館の二階。
何度も一緒に過ごした、あの場所。
扉を開ける。
春の光に包まれたグラウンドを眺めていると、つい昨日までのことみたいに、いろんな記憶が蘇ってきた。
「ここも、最後だな」
「……うん」
翔が、少し離れたところで立ち止まる。
そして――後ろ手に隠していたものを、私の前へ差し出した。
「これ」
「……え?」
そこには、一つの花束。
私が好きな色。
私に似合うと思って選んでくれたのだと、すぐに分かった。
「卒業、おめでとう」
その言葉だけで、胸がいっぱいになった。
「……ありがとう」
花束を受け取る。
指先に触れた花びらが、優しく揺れた。
「瑠夏に似合うと思って」
「……翔、ずるい」
「何が?」
「こんなの……泣いちゃうよ」
笑いながら涙を拭うと、翔も笑った。
「泣いていいだろ。今日くらい」
「翔も泣いてるじゃん」
「これは……汗」
「ふふっ」
「笑うなよ」
「だって……」
また笑ってしまう。
それから私たちは、並んで座った。
ここで過ごした時間を、一つずつ思い出すように。
思い出を一つずつ口にするたび、胸の奥が温かくなる。
楽しかったこと。
嬉しかったこと。
泣いたこと。
すれ違ったこと。
それでも最後には、ちゃんと隣に戻ってこられたこと。
話しても話しても、思い出は尽きなかった。
全部が、私たちの高校生活だった。
「……いろいろあったね」
「うん」
「長かったような、短かったような……」
「俺は、短かった」
翔が、静かに言った。
「もっと瑠夏と一緒にいたかった」
胸が痛くなる。
私も同じだった。
「私も……」
窓の外を見る。
春の光が、体育館の床に細く差し込んでいる。
もう制服を着て、この場所に来ることはない。
そう思った瞬間、急に寂しさが込み上げた。
「今日で、制服も最後なんだね」
「そうだな」
「明日から、私たち高校生じゃないんだ」
「うん」
時間は、止まってくれない。
どれだけ大切に思っても。
どれだけ、この瞬間を終わらせたくなくても。
季節は進んでいく。
高校生活も、今日で終わる。
でも――
「ねえ、翔」
「ん?」
「これからも……隣にいてくれる?」
翔は、少しだけ目を見開いた。
そして、優しく笑った。
「当たり前だろ」
「……本当に?」
「俺がどれだけ瑠夏の隣にいたいと思ってると思う?」
「分かんない」
「じゃあ、これから分からせる」
その言葉に、胸が熱くなる。
次の瞬間。
翔の腕が、私を包み込んだ。
「……翔」
ぎゅっと抱きしめられる。
制服越しに伝わる温もり。
何度もこうして抱きしめてもらったはずなのに。
今日は、少し違って感じた。
高校生の私たちとして抱き合えるのは、これが最後だから。
「……離れたくない」
私が呟くと、翔の腕に少しだけ力がこもった。
「俺も」
「ずっと、このままがいい」
「うん」
「時間、止まればいいのに」
「……止まらなくてもいいよ」
翔の声が、すぐそばで響く。
「時間が進んでも、俺が瑠夏の隣にいるから」
涙が、頬を伝った。
私は翔の胸に顔を埋めた。
この温もりを忘れたくない。
今日のことを。
この場所を。
翔と過ごした高校生活を。
全部、心の中にしまっておきたい。
やがて翔が、そっと私の顔を上げさせた。
目が合う。
何も言わなくても、気持ちは分かった。
翔の顔がゆっくり近づいてくる。
私は目を閉じた。
唇が、そっと重なる。
短くて、優しいキス。
でも、その瞬間。
高校生活の全部が、胸の中を駆け抜けていった。
嬉しかった日も。
泣いた日も。
悔しかった日も。
翔に恋をした、あの日も。
全部、全部。
大切な思い出。
唇が離れる。
翔が、私の額にそっと自分の額を重ねた。
「卒業、おめでとう。瑠夏」
「……翔も」
涙を流しながら笑う。
窓の向こうには、春の空が広がっていた。
今日で、私たちの高校生活は終わる。
だけど。
私たちの物語は、終わらない。
制服を脱いでも。
この校舎を離れても。
季節がいくつ巡っても。
私はきっと思い出す。
この場所で、翔と笑ったこと。
泣いたこと。
そして――
最後まで、君のとなりにいたこと。
これから先も。
私は、君のとなりにいたい。
そう願いながら、私は翔の手を握った。
春の光の中で。
二人の新しい時間が、静かに始まった。
――高校編・完。



