文化祭当日。
校内は朝から、いつも以上に賑やかだった。
廊下には色とりどりの装飾が並び、教室からは笑い声が聞こえてくる。
私は友達と一緒に、いくつもの教室を回っていた。
笑って。
話して。
文化祭を楽しもうとしていた。
でも――
心のどこかには、ずっと翔のことがあった。
スマホが震える。
画面を見ると、翔からメールが届いていた。
『今、どこにいる?』
私は画面を閉じた。
まだ、ちゃんと向き合う勇気がなかった。
だから、既読にもせず、そのままポケットにしまった。
*
午前中。
翔は校内を歩き回っていた。
教室を覗いて。
廊下を歩いて。
中庭にも行った。
けれど、瑠夏の姿はどこにもない。
何度もスマホを見る。
既読はつかない。
「……どこにいるんだよ」
小さく呟く。
会って話したい。
メールじゃなくて。
ちゃんと顔を見て伝えたい。
そう思って、ずっと探していた。
そして午後。
廊下の向こうから、聞き慣れた笑い声が聞こえた。
翔が顔を上げる。
いた。
友達と並んで歩いている瑠夏。
その姿を見つけた瞬間、胸が大きく鳴った。
「瑠夏!」
瑠夏が振り返る。
目が合った。
一瞬、瑠夏の表情が揺れる。
でも、翔は迷わなかった。
瑠夏のそばまで歩いていき、その手首をそっと掴む。
「え……翔?」
驚いた瑠夏の顔。
その隣にいた友達が、二人を交互に見る。
翔は少し照れたように笑って、
「ごめん。瑠夏、貰っていい?」
そう言った。
友達は一瞬目を丸くして――
「あっ……」
何かを察したように、ふっと笑う。
「……はい」
「ありがと」
そのやり取りに、瑠夏の頬が少し熱くなる。
「ちょっと、翔……」
言い終わる前に、翔が手を引いた。
「こっち」
「え?」
少し強引。
でも、離したくないという気持ちが、その手から伝わってくる。
人の少ない廊下を進んでいく。
階段を上がり、使われていない教室を見つける。
翔は扉を開けた。
中には誰もいない。
二人だけ。
扉が閉まる。
途端に、文化祭の喧騒が遠くなった。
「ちょっと、翔! 痛いよ!」
翔がハッとする。
握っていた手を、すぐに緩めた。
「……ごめん」
瑠夏を見る。
「瑠夏……ごめん」
その声は、さっきまでとは違っていた。
強引に連れてきた勢いなんて、もう残っていない。
ただ、苦しそうだった。
「俺、ずっと考えてた」
瑠夏は何も言わない。
翔は一度、息を吐いた。
「なんで俺、反対したんだろうって」
窓から差し込む午後の光が、教室の床を照らしている。
「瑠夏がやっと見つけたものなのに」
一歩、瑠夏に近づく。
「俺だって、怪我したときに自分の夢を見つけた。スポーツトレーナーになりたいって、自分で決めた」
瑠夏が静かに翔を見る。
「だから、本当は分かってるんだ。自分で決めた未来を、誰かに反対されたら嫌だってことも」
翔は唇を噛んだ。
「なのに……瑠夏が関東に行くって聞いた瞬間、怖くなった」
その言葉に、瑠夏の瞳が揺れる。
「遠くなるだろ」
「……うん」
「今みたいに会えなくなる。放課後、一緒に帰れなくなる。昼休みに屋上で弁当食べることもできなくなる」
一つ一つ言葉にするたび、翔の声が少しずつ震えていく。
「俺の知らない場所で、瑠夏が新しい生活を始める」
そして――
「そこに俺がいないのが、嫌だった」
瑠夏の目に、涙が浮かぶ。
「……翔」
「情けないよな」
翔は苦笑した。
「瑠夏の夢を応援したいって思うより先に、自分が離れたくないって気持ちが出てきた」
少しの沈黙。
翔はポケットに手を入れた。
取り出したのは――
あの日、瑠夏から返されたハチマキ。
瑠夏の目が大きくなる。
「……持ってたの?」
「ずっと」
翔はハチマキを広げる。
そして、瑠夏の手を取った。
「え……?」
さっき強く引いてしまった手首。
今度は、壊れものに触れるように優しく。
翔はその手首に、ハチマキをそっと巻いた。
そして――
ほどけないように、リボン結びにする。
「俺、瑠夏を応援する」
まっすぐな瞳。
「やっと見つけたんだろ。瑠夏がやりたいこと」
「……うん」
「だったら、俺が一番に応援したい」
涙が、瑠夏の頬を伝った。
翔はその涙を見て、少し困ったように笑う。
「だから……これ、受け取ってくれる?」
瑠夏は自分の手首を見る。
そこには、もう一度結ばれたハチマキ。
体育祭の日。
一度は翔に押し返したもの。
それが今、また自分のもとへ戻ってきた。
瑠夏は涙を拭った。
そして、泣きながら微笑む。
「……うん」
小さく頷いた。
「ありがとう、翔」
翔も笑った。
「……よかった」
二人の間に、ようやく穏やかな空気が戻ってくる。
文化祭の歓声が、遠くから聞こえていた。
まだ、二人の未来がどうなるのかは分からない。
離れてしまう未来も、きっと寂しい。
それでも。
今度は、同じ方向を向いていた。
翔は、ハチマキの結ばれた瑠夏の手をそっと握る。
瑠夏も、その手を握り返した。
もう一度。
二人の手が、繋がった。
校内は朝から、いつも以上に賑やかだった。
廊下には色とりどりの装飾が並び、教室からは笑い声が聞こえてくる。
私は友達と一緒に、いくつもの教室を回っていた。
笑って。
話して。
文化祭を楽しもうとしていた。
でも――
心のどこかには、ずっと翔のことがあった。
スマホが震える。
画面を見ると、翔からメールが届いていた。
『今、どこにいる?』
私は画面を閉じた。
まだ、ちゃんと向き合う勇気がなかった。
だから、既読にもせず、そのままポケットにしまった。
*
午前中。
翔は校内を歩き回っていた。
教室を覗いて。
廊下を歩いて。
中庭にも行った。
けれど、瑠夏の姿はどこにもない。
何度もスマホを見る。
既読はつかない。
「……どこにいるんだよ」
小さく呟く。
会って話したい。
メールじゃなくて。
ちゃんと顔を見て伝えたい。
そう思って、ずっと探していた。
そして午後。
廊下の向こうから、聞き慣れた笑い声が聞こえた。
翔が顔を上げる。
いた。
友達と並んで歩いている瑠夏。
その姿を見つけた瞬間、胸が大きく鳴った。
「瑠夏!」
瑠夏が振り返る。
目が合った。
一瞬、瑠夏の表情が揺れる。
でも、翔は迷わなかった。
瑠夏のそばまで歩いていき、その手首をそっと掴む。
「え……翔?」
驚いた瑠夏の顔。
その隣にいた友達が、二人を交互に見る。
翔は少し照れたように笑って、
「ごめん。瑠夏、貰っていい?」
そう言った。
友達は一瞬目を丸くして――
「あっ……」
何かを察したように、ふっと笑う。
「……はい」
「ありがと」
そのやり取りに、瑠夏の頬が少し熱くなる。
「ちょっと、翔……」
言い終わる前に、翔が手を引いた。
「こっち」
「え?」
少し強引。
でも、離したくないという気持ちが、その手から伝わってくる。
人の少ない廊下を進んでいく。
階段を上がり、使われていない教室を見つける。
翔は扉を開けた。
中には誰もいない。
二人だけ。
扉が閉まる。
途端に、文化祭の喧騒が遠くなった。
「ちょっと、翔! 痛いよ!」
翔がハッとする。
握っていた手を、すぐに緩めた。
「……ごめん」
瑠夏を見る。
「瑠夏……ごめん」
その声は、さっきまでとは違っていた。
強引に連れてきた勢いなんて、もう残っていない。
ただ、苦しそうだった。
「俺、ずっと考えてた」
瑠夏は何も言わない。
翔は一度、息を吐いた。
「なんで俺、反対したんだろうって」
窓から差し込む午後の光が、教室の床を照らしている。
「瑠夏がやっと見つけたものなのに」
一歩、瑠夏に近づく。
「俺だって、怪我したときに自分の夢を見つけた。スポーツトレーナーになりたいって、自分で決めた」
瑠夏が静かに翔を見る。
「だから、本当は分かってるんだ。自分で決めた未来を、誰かに反対されたら嫌だってことも」
翔は唇を噛んだ。
「なのに……瑠夏が関東に行くって聞いた瞬間、怖くなった」
その言葉に、瑠夏の瞳が揺れる。
「遠くなるだろ」
「……うん」
「今みたいに会えなくなる。放課後、一緒に帰れなくなる。昼休みに屋上で弁当食べることもできなくなる」
一つ一つ言葉にするたび、翔の声が少しずつ震えていく。
「俺の知らない場所で、瑠夏が新しい生活を始める」
そして――
「そこに俺がいないのが、嫌だった」
瑠夏の目に、涙が浮かぶ。
「……翔」
「情けないよな」
翔は苦笑した。
「瑠夏の夢を応援したいって思うより先に、自分が離れたくないって気持ちが出てきた」
少しの沈黙。
翔はポケットに手を入れた。
取り出したのは――
あの日、瑠夏から返されたハチマキ。
瑠夏の目が大きくなる。
「……持ってたの?」
「ずっと」
翔はハチマキを広げる。
そして、瑠夏の手を取った。
「え……?」
さっき強く引いてしまった手首。
今度は、壊れものに触れるように優しく。
翔はその手首に、ハチマキをそっと巻いた。
そして――
ほどけないように、リボン結びにする。
「俺、瑠夏を応援する」
まっすぐな瞳。
「やっと見つけたんだろ。瑠夏がやりたいこと」
「……うん」
「だったら、俺が一番に応援したい」
涙が、瑠夏の頬を伝った。
翔はその涙を見て、少し困ったように笑う。
「だから……これ、受け取ってくれる?」
瑠夏は自分の手首を見る。
そこには、もう一度結ばれたハチマキ。
体育祭の日。
一度は翔に押し返したもの。
それが今、また自分のもとへ戻ってきた。
瑠夏は涙を拭った。
そして、泣きながら微笑む。
「……うん」
小さく頷いた。
「ありがとう、翔」
翔も笑った。
「……よかった」
二人の間に、ようやく穏やかな空気が戻ってくる。
文化祭の歓声が、遠くから聞こえていた。
まだ、二人の未来がどうなるのかは分からない。
離れてしまう未来も、きっと寂しい。
それでも。
今度は、同じ方向を向いていた。
翔は、ハチマキの結ばれた瑠夏の手をそっと握る。
瑠夏も、その手を握り返した。
もう一度。
二人の手が、繋がった。



