高校生活最後の体育祭が終わった。
校庭には、まだ競技を終えた生徒たちの声が響いていた。
私は翔と並んで校舎へ向かっていた。
「疲れたぁ」
「お疲れ」
「翔もお疲れさま」
「瑠夏もな」
顔を見合わせて笑う。
いつもと変わらない翔の笑顔。
その笑顔を見ていると、胸の奥に引っかかっていたものが少しずつほどけていく気がした。
今日なら――言えるかもしれない。
ずっと言えずにいた、進路のこと。
私は、そっと手にしていたハチマキを見た。
体育祭の最後に、二人で交換したハチマキ。
翔からもらったそれを、大切に握りしめる。
「翔」
「ん?」
「……話したいことがあるの」
「何?」
私は一度、深く息を吸った。
「私……関東の大学に行くことにした」
翔の表情が止まった。
「……関東?」
「うん」
「どうして?」
「大学で勉強したいことがあって。それに……」
私は少しだけ笑った。
「モデルの仕事も、大学に通いながら少しずつやってみようと思ってる」
翔は何も言わなかった。
応援してくれる。
そう思っていた。
だって翔なら。
私がやっと見つけた未来を、一緒に喜んでくれると思っていた。
けれど――
「……俺は、反対」
「……え?」
聞き間違いかと思った。
「関東なんて遠すぎるだろ」
「でも……」
「瑠夏、考え直したほうがいい」
胸の奥が、ずきっと痛んだ。
「……どうして?」
「遠距離になるんだぞ」
「分かってるよ」
「簡単に会えなくなるだろ」
「それも分かってる」
「だったら――」
「翔!」
思わず声が大きくなった。
「翔だって、自分の夢、私に相談なく自分で決めたじゃない!」
翔が言葉を失う。
「それは!」
少し間を置いて、翔が苦しそうに言った。
「……地元の大学だから」
「でも、瑠夏はそうじゃないだろ」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「私は……」
声が震えた。
「私は、やっと自分がやりたいことを見つけたの」
モデルのこと。
大学のこと。
これからの自分のこと。
何度も悩んで、自分で考えて決めた。
「翔なら……応援してくれると思ったのに……」
視界が滲む。
涙が溢れそうになる。
翔が何か言おうとした。
「瑠夏……」
私は首を横に振った。
これ以上、聞きたくなかった。
手の中にあったハチマキを見る。
さっきまで、嬉しい気持ちで交換したもの。
それを翔に押し返した。
「……これ」
翔が受け取る。
「瑠夏……」
私は何も言えなかった。
涙が頬を伝う。
そのまま、翔に背を向けた。
走った。
名前を呼ぶ声が、後ろから聞こえた気がした。
それでも振り返らなかった。
ただ、涙を拭いながら走った。
*
それから、私たちはしばらく会わなくなった。
放課後に一緒に帰ることもなくなった。
昼休みに屋上へ行くこともない。
翔からメールが届く。
『今日、少し話せない?』
画面を見つめる。
返信を打つ。
『ごめん。今日は無理』
それだけ。
別の日には、
『元気?』
と届く。
しばらく迷ってから、
『うん』
と短く返す。
それ以上は、何も書けなかった。
翔も、それ以上何も言わなかった。
でも――
きっと翔も、苦しんでいる。
私にも、それが分かっていた。
*
翔は一人、机に向かっていた。
目の前には参考書。
けれど、文字がまったく頭に入ってこない。
考えているのは、あの日のことばかりだった。
どうして俺は、反対したんだろう。
瑠夏が自分で決めたことなのに。
やっと見つけた、やりたいことなのに。
本当は――
応援してやりたい。
「……分かってるよ」
誰もいない部屋で、翔が呟く。
瑠夏が悪いわけじゃない。
夢を追うことが悪いわけでもない。
分かっている。
それでも。
関東という言葉を聞いた瞬間、怖くなった。
遠く離れてしまうこと。
今までみたいに会えなくなること。
自分の知らない場所で、瑠夏が新しい世界へ進んでいくこと。
そして――
いつか、自分の知らない誰かに瑠夏を奪われてしまうんじゃないか。
そんなことまで考えてしまった。
「……俺、何やってんだよ」
翔は頭を抱えた。
反対したいわけじゃない。
瑠夏の夢を止めたいわけでもない。
ただ、離れたくなかった。
それだけだった。
でも、その気持ちをうまく言葉にできなかった。
机の上には、あの日、瑠夏から押し返されたハチマキが置かれている。
翔はそれを手に取った。
体育祭の日。
笑いながら交換したはずだった。
あのときは、こんな未来になるなんて思わなかった。
「……瑠夏」
会いたい。
話したい。
ちゃんと伝えたい。
――応援したい。
それなのに。
どうすれば、瑠夏に届くのか分からない。
翔の頭の中も、ぐちゃぐちゃだった。
校庭には、まだ競技を終えた生徒たちの声が響いていた。
私は翔と並んで校舎へ向かっていた。
「疲れたぁ」
「お疲れ」
「翔もお疲れさま」
「瑠夏もな」
顔を見合わせて笑う。
いつもと変わらない翔の笑顔。
その笑顔を見ていると、胸の奥に引っかかっていたものが少しずつほどけていく気がした。
今日なら――言えるかもしれない。
ずっと言えずにいた、進路のこと。
私は、そっと手にしていたハチマキを見た。
体育祭の最後に、二人で交換したハチマキ。
翔からもらったそれを、大切に握りしめる。
「翔」
「ん?」
「……話したいことがあるの」
「何?」
私は一度、深く息を吸った。
「私……関東の大学に行くことにした」
翔の表情が止まった。
「……関東?」
「うん」
「どうして?」
「大学で勉強したいことがあって。それに……」
私は少しだけ笑った。
「モデルの仕事も、大学に通いながら少しずつやってみようと思ってる」
翔は何も言わなかった。
応援してくれる。
そう思っていた。
だって翔なら。
私がやっと見つけた未来を、一緒に喜んでくれると思っていた。
けれど――
「……俺は、反対」
「……え?」
聞き間違いかと思った。
「関東なんて遠すぎるだろ」
「でも……」
「瑠夏、考え直したほうがいい」
胸の奥が、ずきっと痛んだ。
「……どうして?」
「遠距離になるんだぞ」
「分かってるよ」
「簡単に会えなくなるだろ」
「それも分かってる」
「だったら――」
「翔!」
思わず声が大きくなった。
「翔だって、自分の夢、私に相談なく自分で決めたじゃない!」
翔が言葉を失う。
「それは!」
少し間を置いて、翔が苦しそうに言った。
「……地元の大学だから」
「でも、瑠夏はそうじゃないだろ」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「私は……」
声が震えた。
「私は、やっと自分がやりたいことを見つけたの」
モデルのこと。
大学のこと。
これからの自分のこと。
何度も悩んで、自分で考えて決めた。
「翔なら……応援してくれると思ったのに……」
視界が滲む。
涙が溢れそうになる。
翔が何か言おうとした。
「瑠夏……」
私は首を横に振った。
これ以上、聞きたくなかった。
手の中にあったハチマキを見る。
さっきまで、嬉しい気持ちで交換したもの。
それを翔に押し返した。
「……これ」
翔が受け取る。
「瑠夏……」
私は何も言えなかった。
涙が頬を伝う。
そのまま、翔に背を向けた。
走った。
名前を呼ぶ声が、後ろから聞こえた気がした。
それでも振り返らなかった。
ただ、涙を拭いながら走った。
*
それから、私たちはしばらく会わなくなった。
放課後に一緒に帰ることもなくなった。
昼休みに屋上へ行くこともない。
翔からメールが届く。
『今日、少し話せない?』
画面を見つめる。
返信を打つ。
『ごめん。今日は無理』
それだけ。
別の日には、
『元気?』
と届く。
しばらく迷ってから、
『うん』
と短く返す。
それ以上は、何も書けなかった。
翔も、それ以上何も言わなかった。
でも――
きっと翔も、苦しんでいる。
私にも、それが分かっていた。
*
翔は一人、机に向かっていた。
目の前には参考書。
けれど、文字がまったく頭に入ってこない。
考えているのは、あの日のことばかりだった。
どうして俺は、反対したんだろう。
瑠夏が自分で決めたことなのに。
やっと見つけた、やりたいことなのに。
本当は――
応援してやりたい。
「……分かってるよ」
誰もいない部屋で、翔が呟く。
瑠夏が悪いわけじゃない。
夢を追うことが悪いわけでもない。
分かっている。
それでも。
関東という言葉を聞いた瞬間、怖くなった。
遠く離れてしまうこと。
今までみたいに会えなくなること。
自分の知らない場所で、瑠夏が新しい世界へ進んでいくこと。
そして――
いつか、自分の知らない誰かに瑠夏を奪われてしまうんじゃないか。
そんなことまで考えてしまった。
「……俺、何やってんだよ」
翔は頭を抱えた。
反対したいわけじゃない。
瑠夏の夢を止めたいわけでもない。
ただ、離れたくなかった。
それだけだった。
でも、その気持ちをうまく言葉にできなかった。
机の上には、あの日、瑠夏から押し返されたハチマキが置かれている。
翔はそれを手に取った。
体育祭の日。
笑いながら交換したはずだった。
あのときは、こんな未来になるなんて思わなかった。
「……瑠夏」
会いたい。
話したい。
ちゃんと伝えたい。
――応援したい。
それなのに。
どうすれば、瑠夏に届くのか分からない。
翔の頭の中も、ぐちゃぐちゃだった。



