君のとなり 〜約束の168〜

県大会。

私は、応援席から翔を見つめていた。

190センチ。

これが跳べたら、次の大会への出場がぐっと近づく。

翔は、ここまで戻ってきた。

アキレス腱を断裂して、一度は高跳びを辞めようとした。

そして今、中学生から続けてきた高跳びの大会に立っている。

一回目。

失敗。

二回目。

失敗。

もう、後がない。

私は祈るように両手を握った。

お願い。

跳んで――。

翔が助走位置に立つ。

いつものように、バーを見る。

走り出す。

踏み切る。

身体が宙へ上がる。

私は息を止めた。

――でも。

わずかに、バーが揺れた。

翔の身体がマットに落ちる。

少し遅れて、

カタン――。

バーが落ちた。

その音だけが、やけに大きく聞こえた。





終わった。

悔しい。

ここまで戻ってきたのに。

あと少しだった。

なのに――届かなかった。

中学生から始めた高跳び。

怪我をして、一度は辞めようと思った。

それでも、もう一度跳びたいと思って、ここまで戻ってきた。

最後の大会。

最後の一本。

翔は、しばらくマットから起き上がれなかった。



しばらくして、翔はゆっくりと起き上がった。

そして、応援席を見た。

瑠夏と目が合った。

悔しいはずなのに。

翔は、少しだけ笑った。

そして、瑠夏に向かって手を上げる。

「ごめん。跳べなかった」

そんな顔をしていた。

その瞬間、涙が溢れた。

ただ、涙だけが止まらなかった。

私の中に、いろんな翔が浮かんできた。

中学生の翔。

私より跳べなくて、悔しがっていた翔。

「いつか、私の身長より高く跳んでね」

そう言った私に、笑って頷いた翔。

怪我をした翔。

高跳びから離れた翔。

一人で練習していた翔。

168センチを跳んで、あの約束を叶えた翔。

そして今――

190センチのバーの向こう側を目指した翔。

全部が、この一本につながっていた。



大会が終わったあと。

二人きりになった帰り道。

翔はしばらく何も言わなかった。

私も、何も言わなかった。

ただ、隣を歩いた。

やがて翔が、小さく呟いた。

「……終わっちゃったな」

私は何も答えなかった。

ただ、翔の隣にいた。

中学生の頃から、ずっと見てきた翔のジャンプ。

その最後の日も、私はここにいる。

それだけでいい。

翔の夏が、終わった。