5月中旬。
高校三年生になった瑠夏の毎日は、以前よりずっと忙しくなっていた。
学校が終われば、まずは部活。
その練習を終えると、そのまま新体操クラブへ向かう。
夏の最後の大会までの期間限定で、小学生の頃に通っていたクラブで、もう一度練習を見てもらうことになったのだ。
そして――帰宅してからは受験勉強。
最後の大会まで、もう時間がない。
受験も待ってくれない。
どちらも、手を抜くわけにはいかなかった。
⸻
「瑠夏!」
「コーチ!」
久しぶりに開けた体育館の扉。
懐かしい床。
懐かしい匂い。
そして、昔と変わらないコーチの声。
「久しぶりね」
「はい! よろしくお願いします!」
「じゃあ、さっそく見せて」
「はい!」
音楽が流れる。
瑠夏は手具を持ち、演技を始めた。
けれど――。
「瑠夏!」
「はい!」
音楽が止まる。
「腕!」
「……はい」
「しっかり腕伸ばす!」
「はい!」
「もっと!」
瑠夏が腕を伸ばす。
「そう。そこまで伸ばす」
再び音楽。
数秒後。
「指先!」
「はい!」
「汚い!」
「……はい!」
「最後まで神経を通して!」
「はい!」
また音楽が止まる。
「ターン!」
「……っ」
「遅いよ!」
「はい!」
「音に置いていかれてる!」
「はい!」
容赦がない。
昔から知っているコーチだからこそ、甘くない。
何度も止められる。
何度もやり直す。
汗が額を伝う。
息が上がる。
それでも瑠夏は、手具を握り直した。
「もう一回、お願いします!」
「……よし」
コーチが頷く。
「その気持ちがあるなら、まだ伸びる」
「はい!」
もう一度。
音楽が流れる。
腕を伸ばす。
指先まで意識する。
身体の軸を取る。
ターン。
跳ぶ。
着地。
「もう一回!」
「はい!」
最後の大会まで、時間がない。
だからこそ、一秒も無駄にしたくなかった。
⸻
新体操クラブを出る頃には、すっかり夜になっていた。
「ありがとうございました!」
「明日も来るんでしょう?」
「はい!」
笑顔で答える。
家に着けば、夕食。
シャワー。
そして――机に向かう。
時計を見る。
もう遅い。
それでも、参考書を開いた。
英単語。
数学。
古文。
模試の復習。
学校の課題。
鉛筆を走らせる。
眠い。
身体も疲れている。
それでも、やめられない。
受験生だから。
そして、夏には最後の大会がある。
どちらも、瑠夏にとって大切なものだった。
ふと、スマホが震えた。
翔からだった。
《まだ勉強してる?》
瑠夏は少し笑って、
《うん。今やってる》
と返す。
すぐに返信が来る。
《今日も新体操、お疲れ》
《翔も部活お疲れさま》
《無理すんなよ》
その一言に、瑠夏の胸が少しだけ温かくなる。
《ありがとう》
スマホを伏せる。
そして、もう一度参考書を見る。
恋人になって、半年以上。
もっと翔と一緒にいたい。
もっと話したい。
でも今は――。
それぞれが、自分の未来に向かって頑張る時間。
瑠夏は深く息を吸った。
「……頑張ろう」
最後の夏まで、時間がない。
受験までの時間も、限られている。
だから――。
今日も、もう一問。
もう一ページ。
そして明日も。
部活。
新体操。
勉強。
忙しい毎日の先にある、最後の夏を悔いなく迎えるために。
瑠夏は、静かな夜の中で参考書に向き合い続けた。
高校三年生になった瑠夏の毎日は、以前よりずっと忙しくなっていた。
学校が終われば、まずは部活。
その練習を終えると、そのまま新体操クラブへ向かう。
夏の最後の大会までの期間限定で、小学生の頃に通っていたクラブで、もう一度練習を見てもらうことになったのだ。
そして――帰宅してからは受験勉強。
最後の大会まで、もう時間がない。
受験も待ってくれない。
どちらも、手を抜くわけにはいかなかった。
⸻
「瑠夏!」
「コーチ!」
久しぶりに開けた体育館の扉。
懐かしい床。
懐かしい匂い。
そして、昔と変わらないコーチの声。
「久しぶりね」
「はい! よろしくお願いします!」
「じゃあ、さっそく見せて」
「はい!」
音楽が流れる。
瑠夏は手具を持ち、演技を始めた。
けれど――。
「瑠夏!」
「はい!」
音楽が止まる。
「腕!」
「……はい」
「しっかり腕伸ばす!」
「はい!」
「もっと!」
瑠夏が腕を伸ばす。
「そう。そこまで伸ばす」
再び音楽。
数秒後。
「指先!」
「はい!」
「汚い!」
「……はい!」
「最後まで神経を通して!」
「はい!」
また音楽が止まる。
「ターン!」
「……っ」
「遅いよ!」
「はい!」
「音に置いていかれてる!」
「はい!」
容赦がない。
昔から知っているコーチだからこそ、甘くない。
何度も止められる。
何度もやり直す。
汗が額を伝う。
息が上がる。
それでも瑠夏は、手具を握り直した。
「もう一回、お願いします!」
「……よし」
コーチが頷く。
「その気持ちがあるなら、まだ伸びる」
「はい!」
もう一度。
音楽が流れる。
腕を伸ばす。
指先まで意識する。
身体の軸を取る。
ターン。
跳ぶ。
着地。
「もう一回!」
「はい!」
最後の大会まで、時間がない。
だからこそ、一秒も無駄にしたくなかった。
⸻
新体操クラブを出る頃には、すっかり夜になっていた。
「ありがとうございました!」
「明日も来るんでしょう?」
「はい!」
笑顔で答える。
家に着けば、夕食。
シャワー。
そして――机に向かう。
時計を見る。
もう遅い。
それでも、参考書を開いた。
英単語。
数学。
古文。
模試の復習。
学校の課題。
鉛筆を走らせる。
眠い。
身体も疲れている。
それでも、やめられない。
受験生だから。
そして、夏には最後の大会がある。
どちらも、瑠夏にとって大切なものだった。
ふと、スマホが震えた。
翔からだった。
《まだ勉強してる?》
瑠夏は少し笑って、
《うん。今やってる》
と返す。
すぐに返信が来る。
《今日も新体操、お疲れ》
《翔も部活お疲れさま》
《無理すんなよ》
その一言に、瑠夏の胸が少しだけ温かくなる。
《ありがとう》
スマホを伏せる。
そして、もう一度参考書を見る。
恋人になって、半年以上。
もっと翔と一緒にいたい。
もっと話したい。
でも今は――。
それぞれが、自分の未来に向かって頑張る時間。
瑠夏は深く息を吸った。
「……頑張ろう」
最後の夏まで、時間がない。
受験までの時間も、限られている。
だから――。
今日も、もう一問。
もう一ページ。
そして明日も。
部活。
新体操。
勉強。
忙しい毎日の先にある、最後の夏を悔いなく迎えるために。
瑠夏は、静かな夜の中で参考書に向き合い続けた。



