新体操の練習中。
私は、新しい技に挑戦していた。
ボールを転がして、その動きに合わせて身体を回転させる。
何度か練習して、少しずつ形になってきた。
「もう一回……」
そう思って、ボールを転がした。
右足を踏み出した、その瞬間――
ぐらっ。
「――きゃっ!」
右足が、転がしつたボールに乗ってしまった。
身体のバランスが崩れる。
次の瞬間――
ごんっ。
後頭部に、鈍い衝撃が走った。
「……っ」
一瞬、息が止まった。
「瑠夏!」
「大丈夫!?」
部員たちが駆け寄ってくる。
私は床に横になったまま、ゆっくり目を開けた。
「……うん」
意識はある。
でも、頭の中が少しぼんやりしていた。
「どこ打ったの?」
「……頭」
後頭部に手をやった。
指先に触れたものを見て、私は目を瞬かせる。
「……血?」
「えっ、血が出てる!」
髪を確認すると、頭につけていたピンが転倒した衝撃で当たったらしく、その部分から血が滲んでいた。
「ピンが当たったんだ」
「タオル持ってきて!」
すぐに部員がタオルを持ってくる。
「瑠夏、これ当てるね」
「うん……」
タオルを傷口にそっと当てる。
「少し押さえておこう」
「……ありがとう」
「足は?」
「右足も……ちょっと痛い」
「捻ったのかな」
私はまだ床に横になったまま。
頭は少しぼんやりする。
でも、みんながそばにいてくれるから大丈夫。
そう思っていた。
そのとき――。
「瑠夏!」
体育館の入口から、翔の声が響いた。
誰かが伝えたのだろう。
息を切らして、翔が駆け込んでくる。
そして――
床に横たわっている私。
周りを囲む部員たち。
そして、頭に当てられたタオル。
そのタオルに滲んだ赤い色。
それを見た瞬間。
翔の顔から、血の気が引いた。
「……瑠夏?」
翔が一気に駆け寄ってくる。
「転んじゃって……」
「……頭、打ったの?」
「うん……。ピンが当たったみたい」
翔の視線が、タオルへ向く。
「血、出てる……」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないだろ!」
翔は私の顔をじっと見つめる。
「気持ち悪くない?」
「大丈夫」
「頭、痛い?」
「ちょっとだけ」
翔は一度、深く息を吐いた。
そして、
「保健室行こう」
「翔、自分で歩けるよ」
「ダメ」
「でも……」
「俺が連れてく」
次の瞬間。
身体がふわっと浮いた。
「きゃっ……!」
翔に抱き上げられていた。
「翔……!」
「大丈夫。俺が連れてくから」
「みんな見てる……」
「今は気にしなくていい」
翔の腕は、私をしっかりと支えていた。
いつものグイグイした翔とは少し違う。
必死だった。
私を抱く腕から、その気持ちが伝わってくる。
「落とさないから」
その一言に、私は何も言えなくなった。
* * *
病院で診察を受ける。
頭の傷は、ピンが当たったことによる小さな切り傷。
処置をしてもらうと、出血もすぐに落ち着いた。
そして、頭部の検査も受ける。
しばらくして、先生が言った。
「軽い脳震盪ですね」
「……脳震盪」
翔が小さく呟いた。
「大きな異常はありません。ただ、今日は無理をせず、安静にしてください」
「はい」
翔が答える。
右足首も、軽い捻挫。
幸い、大きな問題はなかった。
診察室を出たところで、翔がようやく大きく息を吐いた。
「……よかった」
その声は、少しだけ震えていた。
* * *
後日。
二人きりになったとき。
翔が、ぽつりと言った。
「……本当に怖かった」
「翔……」
「瑠夏が倒れてるの見た瞬間、頭真っ白になった」
「ごめんね」
翔は少しだけ黙ってから、私の手を握った。
「瑠夏が謝ることじゃない」
「でも……」
翔は、少し視線を落とした。
「俺さ……」
その声が、いつもより低かった。
「怪我の怖さは、俺が一番わかってるから」
「……うん」
「アキレス腱を切ったとき、何もできなくなっただろ」
「うん……」
「練習もできない。走れない。大会にも出られない」
翔の指が、私の手を包み込む。
「身体が動かないって、あんなに怖いんだって……あのとき初めて知った」
私は何も言わず、翔の話を聞いていた。
「だから、瑠夏が倒れてるの見た瞬間……あのときの怖さが、全部戻ってきた」
「翔……」
「瑠夏まで、あんな思いするの嫌なんだよ」
握られた手に、少しだけ力がこもる。
「だから……無理しないで」
「……うん」
「俺、瑠夏にはずっと新体操続けてほしいから」
胸の奥が、じんと熱くなった。
「……ありがとう」
翔は少し照れたように笑った。
そして――
「しばらく新しい技は禁止」
「えー!」
思わず声が出る。
「翔が決めることじゃないでしょ」
「俺が決める」
「なんでよ」
翔は当たり前みたいな顔をした。
「彼氏だからいいの」
「……何それ」
思わず笑ってしまう。
すると翔も笑った。
「俺が心配するから」
「……しょうがないなぁ」
「約束」
「うん」
「絶対、無理しない」
「はいはい」
「返事は一回」
「……はい」
翔が満足そうに笑った。
繋いだ手は、そのまま。
その温かさに包まれながら、私は思った。
私が痛いと、翔も苦しくなる。
私が怪我をすると、誰よりも怖がってくれる。
そんな翔が――
今は、私の彼氏なんだ。
* * *
翌日。
少し足をかばいながら廊下を歩いていると、向こうから拓実先輩が歩いてきた。
目が合う。
「瑠夏」
「拓実先輩」
拓実先輩の視線が、私の足元に落ちた。
「怪我したんだって?」
「はい。軽い捻挫です」
「大丈夫なのか?」
「もう大丈夫です」
そう答えながら、私は少しだけ足をかばう。
「無理するなよ」
「はい」
拓実先輩は、少し笑った。
「受験終わったら、大会に応援に行くよ」
「えっ?」
思わず顔を上げる。
「本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ、頑張って新技磨きますね!」
その瞬間。
隣にいた翔が、すぐに反応した。
「おい!」
「え?」
「無理するなって言っただろ」
「だって、拓実先輩が大会見に来てくれるって……」
「だからって、新技頑張る必要ないだろ」
「でも……」
翔が呆れたように私を見る。
「瑠夏、怪我したばっかりなんだから」
「……はい」
そのやり取りを見ていた拓実先輩が、ふっと笑う。
そして翔を見る。
ほんの一瞬。
言葉にはしない。
でも、その目は――
瑠夏を頼むぞ。
そう言っているようだった。
翔も、その視線を受け止める。
そして小さく頷いた。
私は二人を見比べる。
「……どうしたの?」
「なんでもない」
翔が私の手を取った。
「ほら。ゆっくり歩く」
「もう、翔ってば……」
繋がれた手が温かい。
私はその手を握り返した。
少しだけ足をかばいながら。
でも、今は不思議と心強かった。
私の隣には――
私を心配してくれる彼氏がいる。
そのことが、何より嬉しかった。
私は、新しい技に挑戦していた。
ボールを転がして、その動きに合わせて身体を回転させる。
何度か練習して、少しずつ形になってきた。
「もう一回……」
そう思って、ボールを転がした。
右足を踏み出した、その瞬間――
ぐらっ。
「――きゃっ!」
右足が、転がしつたボールに乗ってしまった。
身体のバランスが崩れる。
次の瞬間――
ごんっ。
後頭部に、鈍い衝撃が走った。
「……っ」
一瞬、息が止まった。
「瑠夏!」
「大丈夫!?」
部員たちが駆け寄ってくる。
私は床に横になったまま、ゆっくり目を開けた。
「……うん」
意識はある。
でも、頭の中が少しぼんやりしていた。
「どこ打ったの?」
「……頭」
後頭部に手をやった。
指先に触れたものを見て、私は目を瞬かせる。
「……血?」
「えっ、血が出てる!」
髪を確認すると、頭につけていたピンが転倒した衝撃で当たったらしく、その部分から血が滲んでいた。
「ピンが当たったんだ」
「タオル持ってきて!」
すぐに部員がタオルを持ってくる。
「瑠夏、これ当てるね」
「うん……」
タオルを傷口にそっと当てる。
「少し押さえておこう」
「……ありがとう」
「足は?」
「右足も……ちょっと痛い」
「捻ったのかな」
私はまだ床に横になったまま。
頭は少しぼんやりする。
でも、みんながそばにいてくれるから大丈夫。
そう思っていた。
そのとき――。
「瑠夏!」
体育館の入口から、翔の声が響いた。
誰かが伝えたのだろう。
息を切らして、翔が駆け込んでくる。
そして――
床に横たわっている私。
周りを囲む部員たち。
そして、頭に当てられたタオル。
そのタオルに滲んだ赤い色。
それを見た瞬間。
翔の顔から、血の気が引いた。
「……瑠夏?」
翔が一気に駆け寄ってくる。
「転んじゃって……」
「……頭、打ったの?」
「うん……。ピンが当たったみたい」
翔の視線が、タオルへ向く。
「血、出てる……」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないだろ!」
翔は私の顔をじっと見つめる。
「気持ち悪くない?」
「大丈夫」
「頭、痛い?」
「ちょっとだけ」
翔は一度、深く息を吐いた。
そして、
「保健室行こう」
「翔、自分で歩けるよ」
「ダメ」
「でも……」
「俺が連れてく」
次の瞬間。
身体がふわっと浮いた。
「きゃっ……!」
翔に抱き上げられていた。
「翔……!」
「大丈夫。俺が連れてくから」
「みんな見てる……」
「今は気にしなくていい」
翔の腕は、私をしっかりと支えていた。
いつものグイグイした翔とは少し違う。
必死だった。
私を抱く腕から、その気持ちが伝わってくる。
「落とさないから」
その一言に、私は何も言えなくなった。
* * *
病院で診察を受ける。
頭の傷は、ピンが当たったことによる小さな切り傷。
処置をしてもらうと、出血もすぐに落ち着いた。
そして、頭部の検査も受ける。
しばらくして、先生が言った。
「軽い脳震盪ですね」
「……脳震盪」
翔が小さく呟いた。
「大きな異常はありません。ただ、今日は無理をせず、安静にしてください」
「はい」
翔が答える。
右足首も、軽い捻挫。
幸い、大きな問題はなかった。
診察室を出たところで、翔がようやく大きく息を吐いた。
「……よかった」
その声は、少しだけ震えていた。
* * *
後日。
二人きりになったとき。
翔が、ぽつりと言った。
「……本当に怖かった」
「翔……」
「瑠夏が倒れてるの見た瞬間、頭真っ白になった」
「ごめんね」
翔は少しだけ黙ってから、私の手を握った。
「瑠夏が謝ることじゃない」
「でも……」
翔は、少し視線を落とした。
「俺さ……」
その声が、いつもより低かった。
「怪我の怖さは、俺が一番わかってるから」
「……うん」
「アキレス腱を切ったとき、何もできなくなっただろ」
「うん……」
「練習もできない。走れない。大会にも出られない」
翔の指が、私の手を包み込む。
「身体が動かないって、あんなに怖いんだって……あのとき初めて知った」
私は何も言わず、翔の話を聞いていた。
「だから、瑠夏が倒れてるの見た瞬間……あのときの怖さが、全部戻ってきた」
「翔……」
「瑠夏まで、あんな思いするの嫌なんだよ」
握られた手に、少しだけ力がこもる。
「だから……無理しないで」
「……うん」
「俺、瑠夏にはずっと新体操続けてほしいから」
胸の奥が、じんと熱くなった。
「……ありがとう」
翔は少し照れたように笑った。
そして――
「しばらく新しい技は禁止」
「えー!」
思わず声が出る。
「翔が決めることじゃないでしょ」
「俺が決める」
「なんでよ」
翔は当たり前みたいな顔をした。
「彼氏だからいいの」
「……何それ」
思わず笑ってしまう。
すると翔も笑った。
「俺が心配するから」
「……しょうがないなぁ」
「約束」
「うん」
「絶対、無理しない」
「はいはい」
「返事は一回」
「……はい」
翔が満足そうに笑った。
繋いだ手は、そのまま。
その温かさに包まれながら、私は思った。
私が痛いと、翔も苦しくなる。
私が怪我をすると、誰よりも怖がってくれる。
そんな翔が――
今は、私の彼氏なんだ。
* * *
翌日。
少し足をかばいながら廊下を歩いていると、向こうから拓実先輩が歩いてきた。
目が合う。
「瑠夏」
「拓実先輩」
拓実先輩の視線が、私の足元に落ちた。
「怪我したんだって?」
「はい。軽い捻挫です」
「大丈夫なのか?」
「もう大丈夫です」
そう答えながら、私は少しだけ足をかばう。
「無理するなよ」
「はい」
拓実先輩は、少し笑った。
「受験終わったら、大会に応援に行くよ」
「えっ?」
思わず顔を上げる。
「本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ、頑張って新技磨きますね!」
その瞬間。
隣にいた翔が、すぐに反応した。
「おい!」
「え?」
「無理するなって言っただろ」
「だって、拓実先輩が大会見に来てくれるって……」
「だからって、新技頑張る必要ないだろ」
「でも……」
翔が呆れたように私を見る。
「瑠夏、怪我したばっかりなんだから」
「……はい」
そのやり取りを見ていた拓実先輩が、ふっと笑う。
そして翔を見る。
ほんの一瞬。
言葉にはしない。
でも、その目は――
瑠夏を頼むぞ。
そう言っているようだった。
翔も、その視線を受け止める。
そして小さく頷いた。
私は二人を見比べる。
「……どうしたの?」
「なんでもない」
翔が私の手を取った。
「ほら。ゆっくり歩く」
「もう、翔ってば……」
繋がれた手が温かい。
私はその手を握り返した。
少しだけ足をかばいながら。
でも、今は不思議と心強かった。
私の隣には――
私を心配してくれる彼氏がいる。
そのことが、何より嬉しかった。



