文化祭の午後。
ようやく実行委員の仕事から解放された私は、翔と一緒に校内を歩いていた。
展示を見たり、模擬店を覗いたり。
「翔、これ見よう!」
「うん」
「こっちも面白そう」
「瑠夏、楽しそうだな」
「だって、文化祭だもん」
そう言って笑うと、翔も嬉しそうに笑った。
人混みの中を歩いていると、何度も友達に声をかけられた。
「瑠夏、彼氏と一緒じゃん!」
「お似合いー!」
「翔、めっちゃ嬉しそう!」
「うるさい!」
翔が笑いながら返す。
「でも、嬉しい」
「……翔!」
「だって、本当だし」
また、顔が熱くなる。
付き合い始めて、まだそんなに時間が経っていない。
だから、こうしてみんなの前で恋人として並んでいることが、まだ少し恥ずかしい。
でも――
嬉しい。
翔と一緒にいられることが、ただ嬉しかった。
「瑠夏」
「ん?」
「手」
翔が当たり前みたいに手を差し出す。
私は少しだけ照れながら、その手を取った。
ぎゅっと握られる。
「……ずっと繋いでるね」
「うん」
「疲れない?」
「全然」
そう言って、翔は私の手をさらに強く握った。
その温かさが、胸の奥まで染みていく。
今日一日。
私は何度も思った。
翔と付き合えてよかった。
そして――
もっと翔のことを知りたい。
もっと一緒にいたい。
そんな気持ちが、どんどん大きくなっていた。
* * *
夕方。
文化祭の最後を飾る後夜祭が始まった。
グラウンドにはたくさんの生徒が集まり、ステージの周りには明かりが灯っている。
私は翔と一緒に人の波を抜けて、体育館へ向かった。
「翔、どこ行くの?」
「ちょっとこっち」
翔に手を引かれる。
体育館の扉を開ける。
そこから外へ出ると、少し冷たい11月の風が頬を撫でた。
「……ここ」
翔が足を止める。
体育館の外側に続く通路。
グラウンドを見渡せる場所。
周りには、ほとんど人がいない。
「瑠夏、いつもここにいたよね?」
翔が聞く。
私はグラウンドを見つめた。
「うん」
ここは、私がいつも翔の高跳びを見ていた場所。
部活の合間。
体育館のこの扉から外に出て、グラウンドを見ていた。
高跳びのバーを跳び越える翔。
助走をつけて。
地面を蹴って。
身体を浮かせる翔。
私は、いつもここから見ていた。
「ここ、誰もいないね」
「うん」
「特等席だね」
私が笑うと、翔も笑った。
「俺も、ここ好き」
「翔も?」
「うん」
「どうして?」
翔は少しだけ黙って、それから私を見る。
「瑠夏がいつもここにいたから」
「……え?」
「高跳びしてるとき、たまにここ見ると、瑠夏がいるんだよ」
胸が、きゅっとなった。
「気づいてたの?」
「もちろん」
「……知らなかった」
「俺、結構見てたよ」
「もう……」
恥ずかしくて俯く。
すると翔が、私の後ろに回った。
「翔?」
背中に、温かい体温が近づく。
次の瞬間――
ふわっと、腕が回ってきた。
「……っ」
後ろから、そっと抱きしめられる。
翔の腕が私のお腹のあたりに回り、身体ごと包み込まれる。
背中に感じる胸の温かさ。
肩越しに聞こえる呼吸。
「翔……」
「ん?」
「……近い」
「恋人だから」
耳元でそう言われて、顔が一気に熱くなる。
「それ、理由になってないよ」
「俺にはなる」
翔が笑う。
その声が耳元で響いて、心臓がまた速くなる。
「……ドキドキする」
「俺も」
「嘘」
「本当」
そう言って、翔は私を抱く腕に少しだけ力を込めた。
「瑠夏」
「ん?」
「こうしてると、ずっとこのままでいたくなる」
胸の奥が、じんと熱くなる。
私は翔の腕にそっと手を重ねた。
「……私も」
その瞬間――
夜空に打ち上げられた花火が上がった。
ぱぁん――。
「わぁ……!」
思わず空を見上げる。
一つ。
また一つ。
夜空いっぱいに、花火が咲いていく。
「綺麗だね」
私が呟く。
「うん」
翔の声が、すぐ後ろから聞こえた。
後夜祭の会場から、音楽が流れてくる。
Mrs. Pineapple――『点々の唄』。
花火の音と音楽。
冷たい夜風。
そして、翔の腕の中。
全部が重なって、夢みたいだった。
「翔」
「ん?」
「今日、楽しかったね」
「うん」
「朝からずっと忙しかったけど……」
「俺は、午後から瑠夏といられたから満足」
「……もう」
笑ってしまう。
「翔って、本当にそういうこと平気で言うよね」
「だって思ったこと言ってるだけ」
「恥ずかしいよ」
「じゃあ、もっと言おうかな」
「やめて」
「瑠夏、可愛い」
「翔!」
「ほら、赤くなった」
「もう……!」
振り返ろうとすると、翔の腕が少しだけ緩んだ。
その隙間から身体を反転させる。
気づけば、翔と向かい合っていた。
近い。
さっきより、もっと。
見上げると、翔の目が優しく私を見つめている。
「……どうしたの?」
「瑠夏」
「ん?」
翔が私の頬に手を添える。
その手が温かくて、私は動けなくなった。
「……キスしていい?」
心臓が、大きく跳ねた。
「……うん」
小さく頷く。
翔が少しだけ顔を近づける。
目を閉じる。
そして――
唇が重なった。
ほんの一瞬。
触れるだけの、優しいキス。
なのに、身体中が熱くなる。
唇が離れても、翔はすぐには離れなかった。
額が触れそうな距離で、私を見つめている。
「……瑠夏」
「……なに?」
「今、すごく嬉しい」
「私も……」
恥ずかしくて俯こうとすると、翔が笑った。
「顔、真っ赤」
「翔のせいだよ」
「うん。俺のせい」
そう言って、翔はまた私を抱きしめる。
今度は正面から。
ぎゅっと。
「……翔」
「もう一回、いい?」
「え……」
答えるより先に、翔が少しだけ顔を傾ける。
今度は、さっきよりほんの少し長いキス。
唇が離れる。
「……これで、もっと赤くなった」
「……もう、知らない」
翔の胸に顔を埋める。
恥ずかしくて、顔なんて見られない。
すると頭の上から、翔の笑い声が聞こえた。
「可愛い」
「言わないで……」
「無理」
「翔……」
「だって、彼女だもん」
その言葉に、また胸がいっぱいになる。
彼女。
翔の彼女。
その響きが、何度聞いても嬉しい。
花火が夜空に大きく咲く。
そのたびに、翔の腕の中で私は笑った。
* * *
後夜祭が終わっても、私にはまだ仕事が残っていた。
実行委員の片付け。
「翔、先に帰っていいよ」
そう言うと、翔は迷いなく首を横に振った。
「待ってる」
「でも、結構かかるよ?」
「いいよ」
「寒いよ?」
「瑠夏が終わるまで待ってる」
「……本当に?」
「うん」
翔は笑った。
「一緒に帰りたいから」
その言葉に、また胸がきゅっとなる。
結局、翔は校門の近くで待っていてくれた。
すべての片付けを終えて外に出ると、翔がこちらに気づく。
「お疲れ、瑠夏」
「翔……」
「終わった?」
「うん」
翔は私の荷物を受け取る。
「これ、持つ」
「ありがとう」
そして、自然に手を差し出す。
「帰ろ」
「うん」
その手を握った瞬間。
さっきのキスを思い出してしまった。
顔が熱くなる。
「……瑠夏」
「なに?」
「また赤くなってる」
「なってない」
「なってる」
「翔が言うから……」
「じゃあ、言わない」
「……うん」
しばらく歩いてから、翔が繋いだ手を少しだけ揺らした。
「今日、楽しかった?」
「うん」
「俺も」
「……キスも?」
聞いた瞬間、自分で恥ずかしくなった。
翔は少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。
「もちろん」
「……もう聞かなきゃよかった」
「俺は聞いてくれて嬉しい」
「翔って……」
「ん?」
「ずるい」
「何が?」
「そうやって、すぐ嬉しいこと言うところ」
翔は笑って、繋いだ手をぎゅっと握った。
「じゃあ、これからいっぱい言う」
「……うん」
夜の帰り道。
手を繋いで歩く。
さっきまで夜空に咲いていた花火は、もう終わっている。
それでも私の胸の中には、まだ花火が上がっているみたいだった。
今日という日を、私はきっと忘れない。
翔と恋人になって――
初めて一緒に過ごした文化祭。
初めて手を繋いで歩いた。
初めて、二人きりで花火を見た。
そして――
初めて、キスをした。
繋いだ手の温かさを感じながら、私は翔の隣を歩いた。
今、私の隣にいるのは――
大好きな、翔だった。
ようやく実行委員の仕事から解放された私は、翔と一緒に校内を歩いていた。
展示を見たり、模擬店を覗いたり。
「翔、これ見よう!」
「うん」
「こっちも面白そう」
「瑠夏、楽しそうだな」
「だって、文化祭だもん」
そう言って笑うと、翔も嬉しそうに笑った。
人混みの中を歩いていると、何度も友達に声をかけられた。
「瑠夏、彼氏と一緒じゃん!」
「お似合いー!」
「翔、めっちゃ嬉しそう!」
「うるさい!」
翔が笑いながら返す。
「でも、嬉しい」
「……翔!」
「だって、本当だし」
また、顔が熱くなる。
付き合い始めて、まだそんなに時間が経っていない。
だから、こうしてみんなの前で恋人として並んでいることが、まだ少し恥ずかしい。
でも――
嬉しい。
翔と一緒にいられることが、ただ嬉しかった。
「瑠夏」
「ん?」
「手」
翔が当たり前みたいに手を差し出す。
私は少しだけ照れながら、その手を取った。
ぎゅっと握られる。
「……ずっと繋いでるね」
「うん」
「疲れない?」
「全然」
そう言って、翔は私の手をさらに強く握った。
その温かさが、胸の奥まで染みていく。
今日一日。
私は何度も思った。
翔と付き合えてよかった。
そして――
もっと翔のことを知りたい。
もっと一緒にいたい。
そんな気持ちが、どんどん大きくなっていた。
* * *
夕方。
文化祭の最後を飾る後夜祭が始まった。
グラウンドにはたくさんの生徒が集まり、ステージの周りには明かりが灯っている。
私は翔と一緒に人の波を抜けて、体育館へ向かった。
「翔、どこ行くの?」
「ちょっとこっち」
翔に手を引かれる。
体育館の扉を開ける。
そこから外へ出ると、少し冷たい11月の風が頬を撫でた。
「……ここ」
翔が足を止める。
体育館の外側に続く通路。
グラウンドを見渡せる場所。
周りには、ほとんど人がいない。
「瑠夏、いつもここにいたよね?」
翔が聞く。
私はグラウンドを見つめた。
「うん」
ここは、私がいつも翔の高跳びを見ていた場所。
部活の合間。
体育館のこの扉から外に出て、グラウンドを見ていた。
高跳びのバーを跳び越える翔。
助走をつけて。
地面を蹴って。
身体を浮かせる翔。
私は、いつもここから見ていた。
「ここ、誰もいないね」
「うん」
「特等席だね」
私が笑うと、翔も笑った。
「俺も、ここ好き」
「翔も?」
「うん」
「どうして?」
翔は少しだけ黙って、それから私を見る。
「瑠夏がいつもここにいたから」
「……え?」
「高跳びしてるとき、たまにここ見ると、瑠夏がいるんだよ」
胸が、きゅっとなった。
「気づいてたの?」
「もちろん」
「……知らなかった」
「俺、結構見てたよ」
「もう……」
恥ずかしくて俯く。
すると翔が、私の後ろに回った。
「翔?」
背中に、温かい体温が近づく。
次の瞬間――
ふわっと、腕が回ってきた。
「……っ」
後ろから、そっと抱きしめられる。
翔の腕が私のお腹のあたりに回り、身体ごと包み込まれる。
背中に感じる胸の温かさ。
肩越しに聞こえる呼吸。
「翔……」
「ん?」
「……近い」
「恋人だから」
耳元でそう言われて、顔が一気に熱くなる。
「それ、理由になってないよ」
「俺にはなる」
翔が笑う。
その声が耳元で響いて、心臓がまた速くなる。
「……ドキドキする」
「俺も」
「嘘」
「本当」
そう言って、翔は私を抱く腕に少しだけ力を込めた。
「瑠夏」
「ん?」
「こうしてると、ずっとこのままでいたくなる」
胸の奥が、じんと熱くなる。
私は翔の腕にそっと手を重ねた。
「……私も」
その瞬間――
夜空に打ち上げられた花火が上がった。
ぱぁん――。
「わぁ……!」
思わず空を見上げる。
一つ。
また一つ。
夜空いっぱいに、花火が咲いていく。
「綺麗だね」
私が呟く。
「うん」
翔の声が、すぐ後ろから聞こえた。
後夜祭の会場から、音楽が流れてくる。
Mrs. Pineapple――『点々の唄』。
花火の音と音楽。
冷たい夜風。
そして、翔の腕の中。
全部が重なって、夢みたいだった。
「翔」
「ん?」
「今日、楽しかったね」
「うん」
「朝からずっと忙しかったけど……」
「俺は、午後から瑠夏といられたから満足」
「……もう」
笑ってしまう。
「翔って、本当にそういうこと平気で言うよね」
「だって思ったこと言ってるだけ」
「恥ずかしいよ」
「じゃあ、もっと言おうかな」
「やめて」
「瑠夏、可愛い」
「翔!」
「ほら、赤くなった」
「もう……!」
振り返ろうとすると、翔の腕が少しだけ緩んだ。
その隙間から身体を反転させる。
気づけば、翔と向かい合っていた。
近い。
さっきより、もっと。
見上げると、翔の目が優しく私を見つめている。
「……どうしたの?」
「瑠夏」
「ん?」
翔が私の頬に手を添える。
その手が温かくて、私は動けなくなった。
「……キスしていい?」
心臓が、大きく跳ねた。
「……うん」
小さく頷く。
翔が少しだけ顔を近づける。
目を閉じる。
そして――
唇が重なった。
ほんの一瞬。
触れるだけの、優しいキス。
なのに、身体中が熱くなる。
唇が離れても、翔はすぐには離れなかった。
額が触れそうな距離で、私を見つめている。
「……瑠夏」
「……なに?」
「今、すごく嬉しい」
「私も……」
恥ずかしくて俯こうとすると、翔が笑った。
「顔、真っ赤」
「翔のせいだよ」
「うん。俺のせい」
そう言って、翔はまた私を抱きしめる。
今度は正面から。
ぎゅっと。
「……翔」
「もう一回、いい?」
「え……」
答えるより先に、翔が少しだけ顔を傾ける。
今度は、さっきよりほんの少し長いキス。
唇が離れる。
「……これで、もっと赤くなった」
「……もう、知らない」
翔の胸に顔を埋める。
恥ずかしくて、顔なんて見られない。
すると頭の上から、翔の笑い声が聞こえた。
「可愛い」
「言わないで……」
「無理」
「翔……」
「だって、彼女だもん」
その言葉に、また胸がいっぱいになる。
彼女。
翔の彼女。
その響きが、何度聞いても嬉しい。
花火が夜空に大きく咲く。
そのたびに、翔の腕の中で私は笑った。
* * *
後夜祭が終わっても、私にはまだ仕事が残っていた。
実行委員の片付け。
「翔、先に帰っていいよ」
そう言うと、翔は迷いなく首を横に振った。
「待ってる」
「でも、結構かかるよ?」
「いいよ」
「寒いよ?」
「瑠夏が終わるまで待ってる」
「……本当に?」
「うん」
翔は笑った。
「一緒に帰りたいから」
その言葉に、また胸がきゅっとなる。
結局、翔は校門の近くで待っていてくれた。
すべての片付けを終えて外に出ると、翔がこちらに気づく。
「お疲れ、瑠夏」
「翔……」
「終わった?」
「うん」
翔は私の荷物を受け取る。
「これ、持つ」
「ありがとう」
そして、自然に手を差し出す。
「帰ろ」
「うん」
その手を握った瞬間。
さっきのキスを思い出してしまった。
顔が熱くなる。
「……瑠夏」
「なに?」
「また赤くなってる」
「なってない」
「なってる」
「翔が言うから……」
「じゃあ、言わない」
「……うん」
しばらく歩いてから、翔が繋いだ手を少しだけ揺らした。
「今日、楽しかった?」
「うん」
「俺も」
「……キスも?」
聞いた瞬間、自分で恥ずかしくなった。
翔は少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。
「もちろん」
「……もう聞かなきゃよかった」
「俺は聞いてくれて嬉しい」
「翔って……」
「ん?」
「ずるい」
「何が?」
「そうやって、すぐ嬉しいこと言うところ」
翔は笑って、繋いだ手をぎゅっと握った。
「じゃあ、これからいっぱい言う」
「……うん」
夜の帰り道。
手を繋いで歩く。
さっきまで夜空に咲いていた花火は、もう終わっている。
それでも私の胸の中には、まだ花火が上がっているみたいだった。
今日という日を、私はきっと忘れない。
翔と恋人になって――
初めて一緒に過ごした文化祭。
初めて手を繋いで歩いた。
初めて、二人きりで花火を見た。
そして――
初めて、キスをした。
繋いだ手の温かさを感じながら、私は翔の隣を歩いた。
今、私の隣にいるのは――
大好きな、翔だった。



