君のとなり 〜約束の168〜

文化祭当日。

朝から校内は、いつもとはまるで違う空気に包まれていた。

廊下にはたくさんの人が行き交い、あちこちから笑い声が聞こえる。

私は午前中、文化祭実行委員の仕事に追われていた。

案内をしたり、備品を運んだり、急に足りなくなったものを探しに走ったり。

その合間には、部活の模擬店の当番もある。

「瑠夏、こっちお願い!」

「はーい!」

気づけば、お昼を過ぎていた。

忙しかったけれど、不思議と疲れは感じなかった。

やっぱり私は、こういうのが好きなんだと思う。

みんなで一つのものを作って、笑って、走り回って。

去年と同じように忙しい文化祭。

でも――今年は、去年とは違う。

だって、私は翔の彼女だから。

そう思っただけで、胸の奥がふわっと熱くなった。

そして午後。

ようやく自由になった私は、校舎の中を急いで歩いていた。

会いたい。

朝からずっと、そう思っていた。

人の波の向こうに、見慣れた姿を見つける。

「――翔!」

声をかけると、翔が振り返った。

「瑠夏!」

その瞬間、翔の顔がぱっと明るくなる。

人の波を縫うように、翔がこちらへ歩いてくる。

「やっと会えた」

「うん。お待たせ」

私が笑うと、翔も嬉しそうに笑った。

「待ってた」

その一言だけで、胸がきゅっとなる。

朝からずっと忙しくて、会いたいと思っていた。

きっと翔も、同じだったんだ。

私は駆け寄りながら、手に持っていたものを見せた。

「翔、お団子食べる?」

部活の模擬店で売っていた、みたらし団子。

翔はそれを見ると、私の顔を見てから、いたずらっぽく笑った。

「食べる」

「どれがいい?」

「それ」

翔が指差したのは、私が手に持っている団子。

「はい」

差し出そうとした、その瞬間――

ぱくっ。

「えっ……!」

私の手に持っていた団子を、そのまま口に含んだ。

「もぅ。ちゃんと持ってよぉ」

思わず頬を膨らませる。

翔は楽しそうに笑った。

「ごめん、ごめん」

「でも、瑠夏が持ってるの食べたかった」

「……何それ」

「だって、恋人になって初めての文化祭だろ?」

その言葉に、胸がまた大きく跳ねた。

「……うん」

翔は満足そうに笑うと、私の手から荷物をひょいと取る。

「これ、持つ」

「え?」

「これ、俺が持つ」

「でも、私の荷物だよ?」

「だから持つの」

「……翔って、強引」

「今さら?」

そう言って笑った翔が、一歩近づく。

「行こ、瑠夏」

そう言った次の瞬間。

翔の手が、私の手を探す。

指が触れて、絡む。

ぎゅっ。

「……翔」

思わず名前がこぼれた。

翔は私の顔を覗き込む。

「ん?」

「……手」

「うん」

翔は繋いだ手を見て、ふっと笑った。

「やっぱり、これいいな」

「何が?」

「瑠夏と手を繋いで歩くの」

「……恥ずかしいよ」

「俺は嬉しい」

そう言って、翔は私の手を少しだけ持ち上げる。

「もう、離さないから」

「……そんなこと言われたら、もっと恥ずかしい」

「じゃあ、慣れて」

「無理だよ」

「じゃあ、俺が慣れさせる」

「もう……」

笑いながら抗議すると、翔は楽しそうに私を見る。

付き合う前なら、こんなふうに触れられることさえ、想像するだけで胸がいっぱいになっていた。

でも今は、翔の手が私の手を包んでいる。

その温かさが、嬉しくて仕方ない。

去年の文化祭では、こんなふうに歩いていなかった。

去年は、隣にいるだけで胸がいっぱいだった人がいた。

今年は――

好きな人と、手を繋いで歩いている。

「……なんか、まだ慣れない」

小さく呟くと、翔が笑った。

「俺は慣れた」

「早いよ」

「だって、俺、瑠夏の彼氏だから」

そう言って、翔は繋いだ手に少しだけ力を込めた。

胸が、どくんと鳴る。

「……もう」

「なに?」

「そういうこと、さらっと言うんだもん」

「本当のことだから」

また笑う翔。

その笑顔に、胸がきゅっとなる。

去年とは違う。

同じ文化祭なのに、景色がまるで違って見える。

翔に手を引かれながら、私は笑った。

今年の文化祭は――

去年より、ずっと近い距離で始まった。