体育祭の最終種目が終わっても、グラウンドの熱気はまだ冷めていなかった。
「すごかったね!」
「拓実先輩、最後の追い上げヤバかった!」
「翔も速かったよね!」
あちこちで、さっきのレースの話が飛び交っている。
瑠夏も友達と一緒に、その余韻の残るグラウンドを眺めていた。
拓実の走り。
翔の走り。
どちらも、まだ目に焼きついている。
そんな中、体育祭恒例のイベントが始まった。
好きな人に、自分のハチマキを渡す。
そして――。
ハチマキを交換することが、お互いの気持ちを受け入れるサイン。
体育祭が始まる前から、みんな知っていた。
だから、この時間になると、あちこちで少しずつ人が動き始める。
「拓実先輩!」
さっそく、一人の女子が拓実のところへ駆け寄った。
「これ……」
自分のハチマキを外して、拓実に差し出す。
「受け取ってください」
周りから、
「きゃー!」
「告白だ!」
という声が上がる。
拓実は少し困ったように笑った。
「ごめん」
女子が顔を上げる。
「俺、好きな人がいるから」
「……そっか」
女子は寂しそうに笑って、その場を離れていった。
それを見ていた瑠夏の胸が、きゅっと締まる。
拓実は、まだ好きな人がいる。
その「誰か」が誰なのか。
瑠夏には分かっていた。
自分だ。
そう思うと、胸が苦しくなる。
その一方で――。
「瑠夏」
「え?」
今度は、男子が瑠夏の前に立った。
手には、自分のハチマキ。
「これ……」
瑠夏は、その意味をすぐに理解した。
少しだけ俯く。
「……ごめんなさい」
「そっか……」
男子は苦笑して、その場を離れていった。
周りから、小さな声が聞こえる。
「やっぱり瑠夏、まだ拓実先輩のこと好きなのかな」
「拓実先輩も誰のハチマキも受け取らなかったしね」
「二人とも、まだお互い好きなんじゃない?」
瑠夏は何も答えなかった。
胸の奥に、拓実との思い出が浮かぶ。
一緒に帰ったこと。
手を繋いだこと。
大会で応援してくれたこと。
花火を見たこと。
最後に抱きしめてもらったこと。
全部、本当に幸せだった。
だから、別れた今も苦しい。
拓実を好きだった気持ちは、簡単には消えない。
でも――。
「瑠夏」
聞き慣れた声がした。
瑠夏が振り返る。
「……翔くん?」
翔が立っていた。
翔は瑠夏の前まで歩いてくる。
体育祭で拓実に負けた悔しさは、まだ少し残っている。
けれど、それ以上に今は伝えたいことがあった。
翔は、自分のハチマキを外した。
そして、それを瑠夏へ差し出す。
「これ……」
瑠夏は、差し出されたハチマキを見つめた。
その意味は分かっている。
ハチマキを交換する。
それは――。
お互いに「いいよ」と伝えること。
胸が大きく鳴った。
中学の頃から、翔はずっと特別な存在だった。
拓実と付き合ってからは、拓実を本気で好きになった。
幸せだった。
だからこそ、別れたときは、あんなに苦しかった。
それでも翔は、ずっと自分のそばにいた。
夏の終わりには、あの約束を守ってくれた。
そして今日。
翔は拓実と全力で走った。
負けても、悔しさを抱えながら拓実を認めていた。
そんな姿を見ていると、胸の奥が少しずつ変わっていくのを感じた。
翔といると、安心する。
何も話さなくても、無理に笑わなくてもいい。
ただ隣にいてくれることが、今の瑠夏には心地よかった。
瑠夏は、差し出されたハチマキを見つめた。
そして――。
自分の頭に巻いていたハチマキへ手を伸ばす。
ゆっくりと解く。
髪がふわりと揺れた。
外したハチマキを、両手で大切に持つ。
翔が、息を呑んだ。
瑠夏は、翔の目を見る。
そして――。
翔の差し出したハチマキを受け取った。
「……うん」
翔の目が、大きく見開かれる。
「……いいの?」
瑠夏は、少しだけ笑った。
自分のハチマキを、翔へ差し出す。
「翔くんだから」
「……っ」
翔は、何も言えなくなった。
ただ、瑠夏から差し出されたハチマキを受け取る。
二人の手の中で、それぞれのハチマキが交換された。
その瞬間――。
「ええええええ!?」
「瑠夏、翔のハチマキ受け取った!」
「翔、やったじゃん!」
「マジかよ!」
周囲が一気に騒ぎ出す。
「うそ! ほんとに交換した!」
「ついにじゃん!」
「翔、よかったな!」
翔は真っ赤になって、周りを見回す。
「お前ら、うるさい!」
そう言いながらも、口元には笑みが浮かんでいた。
瑠夏も、少し恥ずかしそうに笑う。
その笑顔を、少し離れた場所から見つめる拓実。
「拓実」
友達が声をかける。
「……いいのか?」
拓実は、二人を見る。
翔からハチマキを受け取った瑠夏。
そして、翔に自分のハチマキを渡した瑠夏。
嬉しそうに笑っている。
拓実の胸が、少しだけ痛む。
それでも、目を逸らさなかった。
「……いいんだよ」
「本当に?」
拓実は、少しだけ寂しそうに笑った。
「瑠夏が、あんな顔してるんだから」
その言葉の奥には、まだ消えない想いがあった。
それでも拓実は、二人のところへ行かなかった。
ただ静かに、二人を見つめていた。
秋の風が、グラウンドを吹き抜ける。
瑠夏の手には、翔のハチマキ。
翔の手には、瑠夏のハチマキ。
瑠夏は、ふと拓実を見た。
少し離れた場所に立つ拓実と、目が合う。
胸が、少しだけ痛んだ。
大好きだった。
本当に、大好きだった。
だからこそ、この人との恋を嘘にはしたくない。
あの時間も。
あの笑顔も。
あの胸の中で泣いたことも。
全部、私にとって大切な思い出。
瑠夏は小さく息を吸った。
そして、心の中でそっと呟く。
――バイバイ、拓実先輩。
涙は出なかった。
ただ、胸の奥が少しだけ温かかった。
拓実が最後にくれた笑顔を、瑠夏は心の中にしまった。
ありがとう。
さようなら。
そして――。
瑠夏は、手の中にある翔のハチマキを、そっと握りしめた。
秋の風が、二人の間を静かに吹き抜けていく。
お互いの手には交換されたハチマキ
二人の恋は――。
まだ、始まったばかりだった。
「すごかったね!」
「拓実先輩、最後の追い上げヤバかった!」
「翔も速かったよね!」
あちこちで、さっきのレースの話が飛び交っている。
瑠夏も友達と一緒に、その余韻の残るグラウンドを眺めていた。
拓実の走り。
翔の走り。
どちらも、まだ目に焼きついている。
そんな中、体育祭恒例のイベントが始まった。
好きな人に、自分のハチマキを渡す。
そして――。
ハチマキを交換することが、お互いの気持ちを受け入れるサイン。
体育祭が始まる前から、みんな知っていた。
だから、この時間になると、あちこちで少しずつ人が動き始める。
「拓実先輩!」
さっそく、一人の女子が拓実のところへ駆け寄った。
「これ……」
自分のハチマキを外して、拓実に差し出す。
「受け取ってください」
周りから、
「きゃー!」
「告白だ!」
という声が上がる。
拓実は少し困ったように笑った。
「ごめん」
女子が顔を上げる。
「俺、好きな人がいるから」
「……そっか」
女子は寂しそうに笑って、その場を離れていった。
それを見ていた瑠夏の胸が、きゅっと締まる。
拓実は、まだ好きな人がいる。
その「誰か」が誰なのか。
瑠夏には分かっていた。
自分だ。
そう思うと、胸が苦しくなる。
その一方で――。
「瑠夏」
「え?」
今度は、男子が瑠夏の前に立った。
手には、自分のハチマキ。
「これ……」
瑠夏は、その意味をすぐに理解した。
少しだけ俯く。
「……ごめんなさい」
「そっか……」
男子は苦笑して、その場を離れていった。
周りから、小さな声が聞こえる。
「やっぱり瑠夏、まだ拓実先輩のこと好きなのかな」
「拓実先輩も誰のハチマキも受け取らなかったしね」
「二人とも、まだお互い好きなんじゃない?」
瑠夏は何も答えなかった。
胸の奥に、拓実との思い出が浮かぶ。
一緒に帰ったこと。
手を繋いだこと。
大会で応援してくれたこと。
花火を見たこと。
最後に抱きしめてもらったこと。
全部、本当に幸せだった。
だから、別れた今も苦しい。
拓実を好きだった気持ちは、簡単には消えない。
でも――。
「瑠夏」
聞き慣れた声がした。
瑠夏が振り返る。
「……翔くん?」
翔が立っていた。
翔は瑠夏の前まで歩いてくる。
体育祭で拓実に負けた悔しさは、まだ少し残っている。
けれど、それ以上に今は伝えたいことがあった。
翔は、自分のハチマキを外した。
そして、それを瑠夏へ差し出す。
「これ……」
瑠夏は、差し出されたハチマキを見つめた。
その意味は分かっている。
ハチマキを交換する。
それは――。
お互いに「いいよ」と伝えること。
胸が大きく鳴った。
中学の頃から、翔はずっと特別な存在だった。
拓実と付き合ってからは、拓実を本気で好きになった。
幸せだった。
だからこそ、別れたときは、あんなに苦しかった。
それでも翔は、ずっと自分のそばにいた。
夏の終わりには、あの約束を守ってくれた。
そして今日。
翔は拓実と全力で走った。
負けても、悔しさを抱えながら拓実を認めていた。
そんな姿を見ていると、胸の奥が少しずつ変わっていくのを感じた。
翔といると、安心する。
何も話さなくても、無理に笑わなくてもいい。
ただ隣にいてくれることが、今の瑠夏には心地よかった。
瑠夏は、差し出されたハチマキを見つめた。
そして――。
自分の頭に巻いていたハチマキへ手を伸ばす。
ゆっくりと解く。
髪がふわりと揺れた。
外したハチマキを、両手で大切に持つ。
翔が、息を呑んだ。
瑠夏は、翔の目を見る。
そして――。
翔の差し出したハチマキを受け取った。
「……うん」
翔の目が、大きく見開かれる。
「……いいの?」
瑠夏は、少しだけ笑った。
自分のハチマキを、翔へ差し出す。
「翔くんだから」
「……っ」
翔は、何も言えなくなった。
ただ、瑠夏から差し出されたハチマキを受け取る。
二人の手の中で、それぞれのハチマキが交換された。
その瞬間――。
「ええええええ!?」
「瑠夏、翔のハチマキ受け取った!」
「翔、やったじゃん!」
「マジかよ!」
周囲が一気に騒ぎ出す。
「うそ! ほんとに交換した!」
「ついにじゃん!」
「翔、よかったな!」
翔は真っ赤になって、周りを見回す。
「お前ら、うるさい!」
そう言いながらも、口元には笑みが浮かんでいた。
瑠夏も、少し恥ずかしそうに笑う。
その笑顔を、少し離れた場所から見つめる拓実。
「拓実」
友達が声をかける。
「……いいのか?」
拓実は、二人を見る。
翔からハチマキを受け取った瑠夏。
そして、翔に自分のハチマキを渡した瑠夏。
嬉しそうに笑っている。
拓実の胸が、少しだけ痛む。
それでも、目を逸らさなかった。
「……いいんだよ」
「本当に?」
拓実は、少しだけ寂しそうに笑った。
「瑠夏が、あんな顔してるんだから」
その言葉の奥には、まだ消えない想いがあった。
それでも拓実は、二人のところへ行かなかった。
ただ静かに、二人を見つめていた。
秋の風が、グラウンドを吹き抜ける。
瑠夏の手には、翔のハチマキ。
翔の手には、瑠夏のハチマキ。
瑠夏は、ふと拓実を見た。
少し離れた場所に立つ拓実と、目が合う。
胸が、少しだけ痛んだ。
大好きだった。
本当に、大好きだった。
だからこそ、この人との恋を嘘にはしたくない。
あの時間も。
あの笑顔も。
あの胸の中で泣いたことも。
全部、私にとって大切な思い出。
瑠夏は小さく息を吸った。
そして、心の中でそっと呟く。
――バイバイ、拓実先輩。
涙は出なかった。
ただ、胸の奥が少しだけ温かかった。
拓実が最後にくれた笑顔を、瑠夏は心の中にしまった。
ありがとう。
さようなら。
そして――。
瑠夏は、手の中にある翔のハチマキを、そっと握りしめた。
秋の風が、二人の間を静かに吹き抜けていく。
お互いの手には交換されたハチマキ
二人の恋は――。
まだ、始まったばかりだった。



