夏の終わり。
あの花火大会の日から、少しだけ時間が経っていた。
瑠夏は、まだ自分の気持ちを整理できずにいた。
拓実と別れた。
それは間違いなく悲しかった。
今でも、拓実のことを思い出す。
最後に抱きしめてもらったことも。
最後に交わしたキスも。
思い出すたびに、胸が苦しくなる。
拓実のことが嫌いになったわけじゃない。
今でも大切な人だと思っている。
だからこそ、自分の心にいる翔の存在を、どう受け止めればいいのか分からなかった。
あの日から、瑠夏は笑っていなかった。
学校でも。
部活でも。
誰かに話しかけられれば笑うことはあっても、それはいつもの瑠夏の笑顔ではなかった。
そんな帰り道。
学校の前を通りかかったとき、グラウンドから音が聞こえた。
瑠夏は、足を止める。
見ると、グラウンドでは翔が一人で練習していた。
高跳びの練習。
助走をつけ、踏み切る。
身体が宙へ舞う。
着地。
中学の頃とは、まるで違う。
身体も大きくなった。
跳び方も、力強くなった。
瑠夏は、しばらくその姿を見つめていた。
すると、翔がこちらに気づいた。
「……瑠夏?」
「翔くん」
翔が近づいてくる。
「どうした?」
「帰るところ」
「そっか」
翔は何気なく瑠夏の周りを見る。
「……あれ?」
「ん?」
「拓実先輩は?」
その名前を聞いた瞬間。
瑠夏の胸が、きゅっと締めつけられた。
「……うん」
瑠夏は少しだけ俯いた。
「どうしてるかな……」
翔が不思議そうに瑠夏を見る。
瑠夏は、小さく息を吐いた。
「私達……さよならしたの」
「……」
翔の表情が止まる。
何かを言おうとした。
けれど、言葉が出てこない。
「……そっか」
それだけだった。
瑠夏は翔を見つめる。
もっと何か言われると思っていた。
でも、翔は何も言わなかった。
「じゃあ……頑張ってね」
「ああ」
瑠夏は背を向ける。
一歩。
二歩。
「瑠夏!」
呼び止められて、瑠夏が振り返った。
「……なに?」
翔は少し考えてから、突然聞いた。
「身長、何センチ?」
「え?」
瑠夏が目を丸くする。
「今……?」
「うん」
「えっと……165センチ」
翔が目を見開く。
「でか!」
「ちょ、失礼な!」
「いや、だって……」
翔は少し笑った。
「いつの間にそんな伸びたんだよ」
「知らないよ」
「中学のとき、もっと小さかっただろ」
「翔くんだって変わったじゃん」
「まあな」
翔は少し照れくさそうに笑った。
高校に入ってから、一気に伸びた。
今では179センチ。
中学時代の面影は残っているけれど、身体つきはすっかり変わっていた。
そんな翔を見て、瑠夏が少し笑う。
その笑顔を見て、翔も自然と笑った。
そして――。
「……よし」
「え?」
翔がグラウンドのほうを見る。
「見てろよ」
「何を?」
「……いいから」
翔はそう言って、グラウンドへ戻っていった。
瑠夏は少し迷ってから、その後を追った。
翔の近くまで行く。
翔はバーの高さを調整していた。
「これ……何センチ?」
瑠夏が尋ねる。
「168」
瑠夏は、バーを見上げた。
自分の身長より、少しだけ高い。
その高さを見た瞬間。
遠い記憶が蘇った。
中学生の頃。
二人で走り高跳びをしていた。
翔が跳んで。
瑠夏も跳んで。
いつも競争していた。
そして、あの日。
瑠夏は翔に言った。
『いつか、私の身長より高く跳んでね』
あの約束。
ずっと昔のことなのに。
なぜか、今でも覚えている。
翔がバーの前に立つ。
瑠夏は、すぐ近くで見つめた。
翔が助走を始める。
一歩。
二歩。
三歩。
踏み切り。
翔の身体が宙へ浮く。
――成功。
バーは落ちなかった。
翔がマットに着地する。
そして、瑠夏を見る。
「……守ったぞ、約束」
その瞬間。
瑠夏の胸が、いっぱいになった。
あの日の約束が。
今、目の前で叶った。
「……すごい」
自然に笑みがこぼれる。
「翔くん、すごいよ」
翔も少しだけ笑った。
「まだまだだけどな」
「ううん」
瑠夏は首を横に振る。
「すごい」
その笑顔は、花火大会の日から初めて見せた、心からの笑顔だった。
翔は、その笑顔を見つめる。
何も言わない。
ただ、嬉しそうに笑った。
瑠夏は、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
拓実との思い出が消えたわけじゃない。
悲しみがなくなったわけでもない。
それでも――。
翔くんが、あの日の約束を守ってくれたこと。
そのことが、今の瑠夏の心に、小さな光を灯していた。
夏の終わりの風が、二人の間を静かに吹き抜けていった。
あの花火大会の日から、少しだけ時間が経っていた。
瑠夏は、まだ自分の気持ちを整理できずにいた。
拓実と別れた。
それは間違いなく悲しかった。
今でも、拓実のことを思い出す。
最後に抱きしめてもらったことも。
最後に交わしたキスも。
思い出すたびに、胸が苦しくなる。
拓実のことが嫌いになったわけじゃない。
今でも大切な人だと思っている。
だからこそ、自分の心にいる翔の存在を、どう受け止めればいいのか分からなかった。
あの日から、瑠夏は笑っていなかった。
学校でも。
部活でも。
誰かに話しかけられれば笑うことはあっても、それはいつもの瑠夏の笑顔ではなかった。
そんな帰り道。
学校の前を通りかかったとき、グラウンドから音が聞こえた。
瑠夏は、足を止める。
見ると、グラウンドでは翔が一人で練習していた。
高跳びの練習。
助走をつけ、踏み切る。
身体が宙へ舞う。
着地。
中学の頃とは、まるで違う。
身体も大きくなった。
跳び方も、力強くなった。
瑠夏は、しばらくその姿を見つめていた。
すると、翔がこちらに気づいた。
「……瑠夏?」
「翔くん」
翔が近づいてくる。
「どうした?」
「帰るところ」
「そっか」
翔は何気なく瑠夏の周りを見る。
「……あれ?」
「ん?」
「拓実先輩は?」
その名前を聞いた瞬間。
瑠夏の胸が、きゅっと締めつけられた。
「……うん」
瑠夏は少しだけ俯いた。
「どうしてるかな……」
翔が不思議そうに瑠夏を見る。
瑠夏は、小さく息を吐いた。
「私達……さよならしたの」
「……」
翔の表情が止まる。
何かを言おうとした。
けれど、言葉が出てこない。
「……そっか」
それだけだった。
瑠夏は翔を見つめる。
もっと何か言われると思っていた。
でも、翔は何も言わなかった。
「じゃあ……頑張ってね」
「ああ」
瑠夏は背を向ける。
一歩。
二歩。
「瑠夏!」
呼び止められて、瑠夏が振り返った。
「……なに?」
翔は少し考えてから、突然聞いた。
「身長、何センチ?」
「え?」
瑠夏が目を丸くする。
「今……?」
「うん」
「えっと……165センチ」
翔が目を見開く。
「でか!」
「ちょ、失礼な!」
「いや、だって……」
翔は少し笑った。
「いつの間にそんな伸びたんだよ」
「知らないよ」
「中学のとき、もっと小さかっただろ」
「翔くんだって変わったじゃん」
「まあな」
翔は少し照れくさそうに笑った。
高校に入ってから、一気に伸びた。
今では179センチ。
中学時代の面影は残っているけれど、身体つきはすっかり変わっていた。
そんな翔を見て、瑠夏が少し笑う。
その笑顔を見て、翔も自然と笑った。
そして――。
「……よし」
「え?」
翔がグラウンドのほうを見る。
「見てろよ」
「何を?」
「……いいから」
翔はそう言って、グラウンドへ戻っていった。
瑠夏は少し迷ってから、その後を追った。
翔の近くまで行く。
翔はバーの高さを調整していた。
「これ……何センチ?」
瑠夏が尋ねる。
「168」
瑠夏は、バーを見上げた。
自分の身長より、少しだけ高い。
その高さを見た瞬間。
遠い記憶が蘇った。
中学生の頃。
二人で走り高跳びをしていた。
翔が跳んで。
瑠夏も跳んで。
いつも競争していた。
そして、あの日。
瑠夏は翔に言った。
『いつか、私の身長より高く跳んでね』
あの約束。
ずっと昔のことなのに。
なぜか、今でも覚えている。
翔がバーの前に立つ。
瑠夏は、すぐ近くで見つめた。
翔が助走を始める。
一歩。
二歩。
三歩。
踏み切り。
翔の身体が宙へ浮く。
――成功。
バーは落ちなかった。
翔がマットに着地する。
そして、瑠夏を見る。
「……守ったぞ、約束」
その瞬間。
瑠夏の胸が、いっぱいになった。
あの日の約束が。
今、目の前で叶った。
「……すごい」
自然に笑みがこぼれる。
「翔くん、すごいよ」
翔も少しだけ笑った。
「まだまだだけどな」
「ううん」
瑠夏は首を横に振る。
「すごい」
その笑顔は、花火大会の日から初めて見せた、心からの笑顔だった。
翔は、その笑顔を見つめる。
何も言わない。
ただ、嬉しそうに笑った。
瑠夏は、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
拓実との思い出が消えたわけじゃない。
悲しみがなくなったわけでもない。
それでも――。
翔くんが、あの日の約束を守ってくれたこと。
そのことが、今の瑠夏の心に、小さな光を灯していた。
夏の終わりの風が、二人の間を静かに吹き抜けていった。



