愛してるの期限が切れる前に

(声、聞こえなくなったな)

 時計の音も聞こえない空間には百花一人。黒猫のモモも、玲桜を追いかけて主寝室へ行ってしまった。足音を忍ばせて螺旋階段を上ると、そっと主寝室を覗いた。

(あ、やっぱり寝てる)

 玲桜はベッドの上に座りながら、花の寝顔を見つめていた。その脇ではモモが寛いでいる。玲桜は百花が覗いているのに気づくと、表情を綻ばせた。

「すぐ眠った」

 小声で話す玲桜は、そっと花の頭を撫でた。
 それは百花もよくやる仕草だ。
 愛おしいものほど触れて、愛しみたくなる。
 枕元の見守りカメラの位置を確認してから、玲桜はベッドから下りた。すると、モモが花に寄り添うように丸くなった。
 まるで「この子の面倒は任せて」とでも言っているみたいだ。

「ありがとう」

 近づいて来た玲桜からお礼を言われて、百花は苦笑しながら首を横に振った。

「お礼を言うのは私の方。寝かしつけてくれてありがとう。玲桜も今日一日花につきっきりで疲れたでしょ?」

 運転もしてくれて、終始花を抱っこしてくれて、遊んでくれた。家に帰ってからも興奮しどおしの花の話し相手になり、食事の世話をしてくれたのは玲桜だ。
 百花はお礼を言われることは、なにひとつしていない。
 変なの、と笑うと玲桜にそっと背中を押された。

「水族館での話の続きがしたいんだ」

 だが、穏やかな気持ちでいられたのはその言葉を聞くまでだった。
 話すことなんてない、と突っぱねたいけれど、きっともうそれではいけないのだ。
 逃げたくない、という気持ちが百花に正しい選択を迫ってくる。

「なにか飲む?」

 先にキッチンに入った玲桜が冷蔵庫を開けた。

「私がするわ」
「いいよ、ももは座ってて」

 こういう何気ないところでも、玲桜は優しい。

(そう優しいの――)

 百花を蔑ろにした人なのに、再会してからずっと玲桜は百花を気遣ってばかりだ。