愛してるの期限が切れる前に

「違う。ホテルのレストランに行ったの。そうしたら、具合が悪くなっちゃって――」

 食事の途中から気分が悪くなった百花を心配した若森が、部屋を取ったから休むよう言ってくれた。部屋まで案内してくれたはいいが、なぜか若森まで入ってきて、いきなり抱きすくめられたのだ。

「怖くて、とにかく逃げるのに必死だった。だから、キスマークのことも最初は気づかなくて。アパートに逃げ帰ってからの記憶は曖昧なの。気がついたのは、次の日の朝、お風呂に入ったときだった」

 それが、あの日玲桜に話せずに終わった事実だった。

「あいつ、……ておけばよかったかな」
「なにか言った?」
「ひとり言。若森はももに薬を盛ったんだよ」
「やっぱりそうだよね」

 もしやと思ったが、証拠はなかった。
 あのあと、若森からは何度か連絡が来ていたが、引っ越しを機に番号を変えてからはぱったりと音沙汰はなかった。父には若森とのことを話していたから、百花の番号が彼に漏れることもなかった。

「怖かっただろう。なのに、ごめん」
「もういい。終わったことだもの」

 それに、あの夜がなければ、百花は花というかけがえのない存在を得ることはできなかった。
 怖かったけれど、後悔はしていない。

「それとね、――花に玲桜のこと話そうと思う。お父さんだよって言ってもいい?」

 窺い顔で玲桜を見れば、彼は呆然としていた。

「五月九日、午後十三時二十四分、二九八三グラムで花は生まれたの。空は今日みたいに雲一つない快晴だった。――ごめんね」

 花の誕生に立ち会えなくさせて。
 なのに、玲桜は涙をぽろぽろと零しながら、首を振った。わななく唇を噛みして涙を堪えようとしているも、綺麗なモルフォ蝶色からは止めどなく涙が溢れていた。

「花を産んでくれて、ありがとう……っ、心からの感謝を言わせてほしい。そして一人で産ませてしまってもごめん」
「泣かないで」