好きになる前に、恋人になった――いつか、君につながる

会議は早々に、ステージ案で意見が割れた。

ファンミーティングへの応募は、想定の3倍以上。
ブランド責任者は、より印象に残る演出を加えたいと言った。制作側が提案してくれる。

「主舞台可以向两边延伸,再加一条延伸台,伸到观众区中间,怎么样?」
(メインステージを左右に広げて、観客席の中央まで延びるステージを追加しては?)

確かに華やか。
でも……

「但是这个动线我们不能接受」
(でも、この動線は受け入れられません)

明さんだった。
声は穏やかだけれど、きっぱりとしている。
呉凱と観客の距離が近すぎる。制作側は警備をつけると説明したけれど、明さんは譲らなかった。

ステージの周囲に安全な間隔を確保する案も出たけど、今度は客席が減ってしまうとブランド側が難色を示す。

ブランドが求める話題性。制作側が考える見せ方。事務所が守るべき、本人とファンの安全。
どれも間違っていない。だから、厄介なのよね。

ふと、呉さんを見る。
彼は発言する相手に目を向けていた。場の空気が硬くなると、軽く笑って一言返す。

でも、自分から議論を動かそうとはしない。自分のファンミーティングなのに。意外だった。

意見がないわけではなさそう。
自分が発言すれば、会議の流れが変わる。そう思って、あえて一歩引いているのかも。

私はモニターに視線を戻した。
このままでは、きっと決まらない。

ドキドキする。
静かに一息吐いて、話し出す。

「我觉得,我们可以把目的和实现方式分开考虑」
(目的と、それを実現する方法は、分けて考えてもいいと思います)

全員の視線がこちらへ向いた。

私はまず、ブランド側が求めているのは話題の広がりだと確認した。そのために、イベント後にもコンテンツを公開してはどうかと提案する。

ブランド責任者の顔が明るくなった。

よし。

今度は制作側に、延伸ステージを短くして、観客席には入らない形にできないか相談した。調整できるそう。
明さんも安全面は問題ないと答えてくれた。

うん、いい。

まだ決まったわけじゃない。でも、同じ方向は見え始めた。
制作側が修正版を映し、ブランド側が意見を足す。明さんも条件を確認していく。

私は呉さんを見た。

そろそろ、聞こう。

彼はここまで、誰の話にも耳を傾けていた。でも、自分の希望はまだ口にしていない。
それを聞きたくて、今日ここに来てもらったんだから。

「吴先生」
(呉さん)

「嗯?」
(はい)

彼が顔を上げた。
まっすぐ見返されて、少しだけ心臓が跳ねる。

落ち着いて。

「吴先生,您觉得这个方案适合您吗?」
(呉さん、このプランはご自身に合っていると思いますか?)

会議室が静かになった。
あ。ちょっと唐突だったかな。

彼はこちらを見ている。嫌そうな顔はしていない。

「先把品牌和我们这些人的想法放在一边」
(ブランドや私たちの考えは、いったん置いておいて)

少しだけ身を乗り出してしまう。

「您自己呢?您希望这次活动带给粉丝怎样的一段时光?」
(あなた自身は? 今回のイベントをどんな時間にしたいですか?)

彼は、すぐには答えなかった。

数秒。

思っていたより長い。
まずかったかな。

そう思い始めたところで、彼がふっと笑った。
その笑顔に、張っていた会議室の空気がほどけた気がした。

……すご。

「我觉得……真的很好。谢谢你们」
(すごく……いいと思います。ありがとうございます)

彼はモニターへ視線を向けた。

「整个流程考虑得很完整,安全方面也做得很好。互动的设计,我也觉得很有意思」
(全体の流れもよく考えられていますし、安全面もしっかりしています。参加型の企画も、面白いと思います)

誰かが小さく息を吐いた。
私も、思わず頬が緩む。

よかった。

「不过……」
(ただ……)

彼が続ける。

「如果一定要加一点更像我自己的东西……」
(もし、もう少し俺らしいものを加えるなら……)

さっきまで、みんなの話を静かに聞いていた人が、自分の考えを話そうとしている。

聞きたい。

この人自身が、何を大事にしているのかを。