――凱――
ファンミーティングは好評だった。
後日公開した動画も広まり、ブランドからは次回開催の話まで出た。
*
それから2週間ほど経った。
仕事を終えたところで、事務所にいた小明から声をかけられた。
「凯,车已经叫好了。今天我不跟你一起回去」
(凱、車はもう呼んである。今日は私、一緒に帰らないから)
「嗯。你也早点休息」
(うん。小明も早く休んで)
そう言うと、小明が笑った。
「我才不休息。等一下还有约」
(休まないわよ。このあと約束があるの)
「工作?」
(仕事?)
「不是」
(違う)
嬉しそうだな。
小明はスマホをバッグに入れながら、何でもないことみたいに続ける。
「我约了奈绪吃饭」
(奈緒とご飯なの)
反射的に顔を上げた。
「奈绪?」
(奈緒?)
「嗯」
(うん)
「你们什么时候这么熟了?」
(いつの間にそんなに仲良くなったの?)
小明は笑った。
「上次粉丝见面会结束后,在JYLVO的演唱会上碰到了。我们两个都是一个人去的,结束以后还一起喝了点东西」
(ファンミのあと、JYLVOのライブでばったり会ったの。2人とも一人で来ていて、終わってから一緒に飲んだのよ)
JYLVO、台湾出身のバンドだ。
へえ。
そんな偶然、あるんだな。
「奈绪来上海了,所以今天约了她吃饭」
(奈緒、上海に来てるの。だから今日ご飯に行くの)
「这样啊」
(そうなんだ)
小明はそのまま帰る準備を続けている。
俺も帰ればいい。車はもう来ている。
なのに。
「……我也去」
(……俺も行く)
思わず口から出た。
小明の手が止まった。ゆっくり振り返る。
「什么?」
(何?)
「我也想一起去」
(俺も一緒に行きたい)
今度ははっきり言った。
小明が眉を寄せる。
「不行」
(ダメ)
早いな。
「为什么?」
(なんで?)
「因为这是我们两个女生吃饭」
(私たち2人の女子会だから)
女子会。
なるほど。
「多我一个也没关系吧」
(俺が一人増えてもいいだろ)
無理があるのはわかってる。
「当然有关系啊!而且奈绪也不知道你会来」
(いいわけないでしょ! それに奈緒だって、あなたが来るなんて知らないのよ)
「那你现在问她」
(じゃあ今聞いてみて)
「……凯」
(……凱)
完全にマネージャーの声になった。
こういうときの小明はけっこう怖い。
でも、なぜか引く気にならない。
「我就想一起吃个饭而已」
(ただ一緒にご飯を食べたいだけだよ)
小明がじっと俺を見る。
「为什么?」
(なんで?)
一瞬、詰まった。
なんで。
それは俺も知りたい。
「……上次活动,她帮了很多忙。我还没好好跟她说谢谢」
(……この前のイベント、彼女にはかなり助けてもらったし。ちゃんとお礼を言えてないから)
「你不是已经说过了吗?」
(もう言ってたわよね?)
「……但我觉得还不够」
(……でも、まだ足りない気がする)
もちろん、言った。
ファンミーティングの日に、ちゃんと。
小明の目が細くなる。
「我可以帮你说」
(私が言っておくわよ)
そうきたか。
「不要。我想自己说」
(いや。自分で言いたい)
小明が黙った。
その目。
絶対、何か考えてる。
「……你今天很奇怪」
(……今日のあなた、ちょっと変よ)
「哪里奇怪?」
(どこが?)
「你平时最不喜欢给别人添麻烦了」
(普段は人に手間をかけるのを一番嫌がるでしょう?)
「拍戏的事另说,但像这种事,你不是都会说算了吗?」
(撮影のことなら別だけど、こういうことなら、いつもはもういいって引くじゃない)
確かに。
俺が店に行けば、小明の仕事が増える。普段なら、もう引いている。
でも。
今日は引きたくなかった。
小明が額に手を当てる。
「你知不知道,你要来的话,我现在得重新安排多少东西?」
(あなたが来るなら、私が今からどれだけ調整し直さなきゃいけないかわかってる?)
「知道」
(わかってる)
「店要换,包间和进出路线也要确认,还得提前跟店里沟通」
(店を変えて、個室と出入りの動線を確認して、店側にも事前に話を通さなきゃいけないのよ)
「……麻烦你了,对不起啊」
(……面倒かけてごめんね)
「我还没答应」
(まだ引き受けてない)
「但是你会答应」
(でもやってくれるだろ)
「……凯」
(……凱)
本気で嫌そうだ。
でも、もうスマホを手にしている。
俺は笑った。
「谢谢」
(ありがとう)
「我真的受不了你」
(ほんと、もう)
そう言いながら、小明は電話をかけるために少し離れていった。
奈緒が今、上海にいて。
これから小明と食事をする。
そう聞いた瞬間、俺も行きたいと思った。
それだけだった。
ファンミーティングは好評だった。
後日公開した動画も広まり、ブランドからは次回開催の話まで出た。
*
それから2週間ほど経った。
仕事を終えたところで、事務所にいた小明から声をかけられた。
「凯,车已经叫好了。今天我不跟你一起回去」
(凱、車はもう呼んである。今日は私、一緒に帰らないから)
「嗯。你也早点休息」
(うん。小明も早く休んで)
そう言うと、小明が笑った。
「我才不休息。等一下还有约」
(休まないわよ。このあと約束があるの)
「工作?」
(仕事?)
「不是」
(違う)
嬉しそうだな。
小明はスマホをバッグに入れながら、何でもないことみたいに続ける。
「我约了奈绪吃饭」
(奈緒とご飯なの)
反射的に顔を上げた。
「奈绪?」
(奈緒?)
「嗯」
(うん)
「你们什么时候这么熟了?」
(いつの間にそんなに仲良くなったの?)
小明は笑った。
「上次粉丝见面会结束后,在JYLVO的演唱会上碰到了。我们两个都是一个人去的,结束以后还一起喝了点东西」
(ファンミのあと、JYLVOのライブでばったり会ったの。2人とも一人で来ていて、終わってから一緒に飲んだのよ)
JYLVO、台湾出身のバンドだ。
へえ。
そんな偶然、あるんだな。
「奈绪来上海了,所以今天约了她吃饭」
(奈緒、上海に来てるの。だから今日ご飯に行くの)
「这样啊」
(そうなんだ)
小明はそのまま帰る準備を続けている。
俺も帰ればいい。車はもう来ている。
なのに。
「……我也去」
(……俺も行く)
思わず口から出た。
小明の手が止まった。ゆっくり振り返る。
「什么?」
(何?)
「我也想一起去」
(俺も一緒に行きたい)
今度ははっきり言った。
小明が眉を寄せる。
「不行」
(ダメ)
早いな。
「为什么?」
(なんで?)
「因为这是我们两个女生吃饭」
(私たち2人の女子会だから)
女子会。
なるほど。
「多我一个也没关系吧」
(俺が一人増えてもいいだろ)
無理があるのはわかってる。
「当然有关系啊!而且奈绪也不知道你会来」
(いいわけないでしょ! それに奈緒だって、あなたが来るなんて知らないのよ)
「那你现在问她」
(じゃあ今聞いてみて)
「……凯」
(……凱)
完全にマネージャーの声になった。
こういうときの小明はけっこう怖い。
でも、なぜか引く気にならない。
「我就想一起吃个饭而已」
(ただ一緒にご飯を食べたいだけだよ)
小明がじっと俺を見る。
「为什么?」
(なんで?)
一瞬、詰まった。
なんで。
それは俺も知りたい。
「……上次活动,她帮了很多忙。我还没好好跟她说谢谢」
(……この前のイベント、彼女にはかなり助けてもらったし。ちゃんとお礼を言えてないから)
「你不是已经说过了吗?」
(もう言ってたわよね?)
「……但我觉得还不够」
(……でも、まだ足りない気がする)
もちろん、言った。
ファンミーティングの日に、ちゃんと。
小明の目が細くなる。
「我可以帮你说」
(私が言っておくわよ)
そうきたか。
「不要。我想自己说」
(いや。自分で言いたい)
小明が黙った。
その目。
絶対、何か考えてる。
「……你今天很奇怪」
(……今日のあなた、ちょっと変よ)
「哪里奇怪?」
(どこが?)
「你平时最不喜欢给别人添麻烦了」
(普段は人に手間をかけるのを一番嫌がるでしょう?)
「拍戏的事另说,但像这种事,你不是都会说算了吗?」
(撮影のことなら別だけど、こういうことなら、いつもはもういいって引くじゃない)
確かに。
俺が店に行けば、小明の仕事が増える。普段なら、もう引いている。
でも。
今日は引きたくなかった。
小明が額に手を当てる。
「你知不知道,你要来的话,我现在得重新安排多少东西?」
(あなたが来るなら、私が今からどれだけ調整し直さなきゃいけないかわかってる?)
「知道」
(わかってる)
「店要换,包间和进出路线也要确认,还得提前跟店里沟通」
(店を変えて、個室と出入りの動線を確認して、店側にも事前に話を通さなきゃいけないのよ)
「……麻烦你了,对不起啊」
(……面倒かけてごめんね)
「我还没答应」
(まだ引き受けてない)
「但是你会答应」
(でもやってくれるだろ)
「……凯」
(……凱)
本気で嫌そうだ。
でも、もうスマホを手にしている。
俺は笑った。
「谢谢」
(ありがとう)
「我真的受不了你」
(ほんと、もう)
そう言いながら、小明は電話をかけるために少し離れていった。
奈緒が今、上海にいて。
これから小明と食事をする。
そう聞いた瞬間、俺も行きたいと思った。
それだけだった。
