世界で一番わがままな君とガラスの心臓

海岸で明日が走り去ってから、二時間が過ぎていた。


すっかり陽が落ちた旧市街の路地裏は、街灯のぽつんとした黄色い光に照らされ、しん……と静まり返っている。

胸のざわつきが収まらない私は、吸い寄せられるように『一之瀬写真館』の前へと足を向けていた。

店舗のガラス戸から覗くと、奥の作業場に明かりがついている。


引き戸を叩くと、白髪の優しいおじいさん——湊先輩のお祖父様が顔を出してくれた。

「あら、風花ちゃん。湊なら、奥の暗室にこもっておるよ。入っておいで」

「あ、ありがとうございます……」

引き戸をくぐり、店舗の奥にある重い黒いカーテンをめくる。

一歩足を踏み入れた瞬間、ツンとした薬品の匂いが鼻をついた。現像液の匂いだ。

狭い室内を照らしているのは、目にも優しい低い赤い安全灯だけ。

その妖しくも静かな赤い光の中に、湊先輩が立っていた。

首からいつもの一眼レフを外し、バットと呼ばれる浅いトレーに満たされた液体を、竹ピンセットで静かに揺らしている。


「……湊先輩」


「風花ちゃん」