世界で一番わがままな君とガラスの心臓

緩やかな坂道を下りきると、まるで空間そのものが一枚の古い写真に切り替わったかのように、街の空気が一変する。


背後で聞こえていたトラックの重い排気音や、コンビニの自動ドアの電子音は、潮風のさざめきの中に溶けて消えた。


視界に飛び込んでくるのは、潮風を吸って錆びついたシャッター商店街と、白と黒の幾何学模様が美しい「なまこ壁」の古い蔵屋敷。

路地裏に敷き詰められた苔むした石畳に、夕暮れ時の橙色の光と青い影がくっきりと落ちている。



ここが、西伊豆・海咲町(みさきちょう)の旧市街。


バイパス沿いの「現代」からほんの数分歩くだけで辿り着く、時間が静かに眠っているような場所だ。

路地の奥、立派な木門を構えた大きな和風建築が、親友の茅野明日の家だった。


「——本当に、明日ちゃんは昔から大人しくて健気で、いい子ねぇ。無理しちゃ駄目よ?」