コンコンコンッ!
「マリアいる?入るわよ!」
わたしが勢いよくドアを開けると、ソファに座っていたマリアが目を大きく見開いた。
その手には、白いハンカチ。
「お、お姉さま…!急にどうされたのですか!」
マリアは慌てて、ハンカチを背中へ隠した。
…やっぱり。
わたしには見せられないようなものなのね。
「マリア。ちょっとそのハンカチ、見せてみなさい」
「リリアお嬢さま、マリアお嬢さまは今ティータイムを――」
「あなたには関係ないわ!」
わたしを止めようとする使用人の手を振りはらうと、マリアのそばへと向かった。
そして、マリアの背中の後ろに手を伸ばす。
「…あっ。リリアお姉さま、ダメです!」
そうして、わたしはハンカチをつかみ取った。
「わ、わたくし、ばあやさまを読んでまいります!」
ハンカチを奪い取ったと思われたのか、使用人は慌てて助けを求めに出ていった。
「マリア、なにも隠すことないじゃない。あなたがだれを好きなのか、わたしだって応援したくて――」
渡したい相手って、いったいだれなの?
はやる気持ちで、バッとハンカチを広げた。
するとそこには、ピンクの糸でアルファベットが刺繍されていた。
まだ途中だけど、“R”と読める。
恋愛対象になる王子の中で、頭文字がRの名前といったら――。
「…残念。お姉さまに見つかってしまいましたわ」
ふとそんな声が聞こえて顔を向けると、マリアが舌をペロッと出して照れ笑いしていた。
「見つかったって…?」
「それ、リリアお姉さまの頭文字です」
えっ…、リリアの“R”?
てっきり、好きな男の子にプレゼントするためにがんばっていると思っていたけど――。
ハンカチを渡したい相手って、…わたし!?
「完成するまで、お姉さまには秘密にしておこうと思っていたのです」
プゥーと頬をふくらませるマリア。
その瞬間、心臓を射抜かれた。
「私、お裁縫が苦手で、ここまでくるのにずいぶんと時間がかかってしまったのですが…」
ところどころがほつれて、決して上手とは言えない刺繍。
でも、マリアが一生懸命につくってくれていることはわかる。
「お姉さま。出来上がったらこのハンカチ、もらっていただけますか?」
マリアは眉尻を下げ、不安な表情を浮かべながらわたしの顔色をうかがう。
本来ならば、「こんな価値のないものなんていらないわ!」と吐き捨てるのが悪役令嬢なのだろう。
だけど、かわいい天使にうるんだ瞳でお願いされて、断れる人間などいるのだろうか。
少なくとも、心臓を射抜かれているわたしには無理だ。
「もちろんよ、マリア。楽しみにしてるわね」
わたしはガシッとマリアの手を握った。
そのときのマリアのうれしそうな顔といったら。
「ありがとうございます、リリアお姉さま!少しでも早く出来上がるように、がんばりますね」
「うん。でもゆっくりでいいから、これ以上針で指を刺さないように気をつけなさい」
そう言って、包帯だらけのマリアの指をやさしくなでた。
「…お姉さま!ご存知だったのですか」
「当たり前よ。なんたってわたしは、あなたのお姉さまなんだから」
フンッと鼻を鳴らしてみせた。
マリアからのハンカチ、楽しみ。
わたしは刺繍の完成を心待ちにしていた。
ところが、それから数日後。
「…いったい、どうなされたのですか!?」
悲鳴に近いような使用人の声が玄関ホールから聞こえた。
慌てて駆けつけると、マリアが泥だらけで学院から帰ってきたのだ。
「えへへ…。水たまりにはまってしまいました」
「水たまりに?たしかに、今朝まで大雨でしたが…」
マリアは恥ずかしそうに頬をかいている。
護衛に聞いても、学院から出てきたときにはすでにこの格好だったからわからないと。
「とにかく、すぐにシャワールームへ。お召し物はお持ちいたします」
マリアは使用人たちに連れられていった。
水たまりにはまっちゃうなんて、ドジなマリアらしいわ。
そう思ってはみたものの、少し気になった。
でも、アルベール家のアイドル的な存在のマリアは、使用人たちが必要以上に手をかける。
だから、わたしの出る幕でもないだろうから、部屋へと戻った。
…だけど、なぜだろう。
胸の奥に、どうしても引っかかるものがあった。
読書をしていると、外から使用人の声とドアが閉まる音が聞こえた。
マリアがシャワーを終えて、部屋に戻ってきたようだ。
それにしても、いくらドジのマリアだからって、派手に水たまりに転ぶかしら…。
なんだか胸騒ぎがしたわたしは、マリアの部屋へと向かっていた。
ノックしようと、軽く握ったこぶしをドアに近づけたときだった。
耳を澄ませると、中から鼻をすする音が聞こえた。
もしかして…。
マリア…泣いてる!?
「ごめん、マリア!入るわよ」
ノックも忘れて、わたしはドアを開け放った。
マリアはベッドの上で、枕に顔をうずめていた。
その肩がわずかに上下に動いている。
「マリア…」
わたしが歩み寄ると、マリアはゆっくりと顔を上げた。
そのまぶたは赤く腫れている。
「どうしたの、マリア。なにかあったの…?」
「ち、違うんです…!目にゴミが入って、それで…」
マリアは顔を伏せて涙を拭う。
「そんなわけないじゃない。明らかに、いつもと様子が違うんだから」
「…なんでもありません!いつも通りです」
笑ってみせるマリアだけど、無理をしているのは痛いくらいにわかる。
だってほら、スクールバッグだってこんなにボロボロで泥だらけ。
水たまりにはまったくらいで、こんなことになる?
持ち上げて、渇いた泥をはたいていく。
すると、その拍子に取っ手が外れて、中のものが床に散らばってしまった。
「あ…、ごめん」
そんなことになるとは思わなくて、慌てて拾い上げる。
そもそも、マリアは物を大切にする子。
スクールバッグも、新品かと思うほどにきれいに扱っていた。
この前までなんともなかったのに、取っ手が外れるほどに壊れるなんて、やっぱりおかしい。
バッグから散らばったマリアの私物を集めていると、その中からあるものを見つけた。
『お姉さま。出来上がったらこのハンカチ、もらっていただけますか?』
それは、授業でマリアがわたしのためにがんばって刺繍をしてくれているハンカチだった。
ところが、あのとき見せてもらったものとはまったく違うものになっていた。
ビリビリに破けた生地。
マリアが一生懸命に刺繍したRの糸は、雑に抜き取られて絡まっている。
…な、なんでこんなことに…?
「マリアいる?入るわよ!」
わたしが勢いよくドアを開けると、ソファに座っていたマリアが目を大きく見開いた。
その手には、白いハンカチ。
「お、お姉さま…!急にどうされたのですか!」
マリアは慌てて、ハンカチを背中へ隠した。
…やっぱり。
わたしには見せられないようなものなのね。
「マリア。ちょっとそのハンカチ、見せてみなさい」
「リリアお嬢さま、マリアお嬢さまは今ティータイムを――」
「あなたには関係ないわ!」
わたしを止めようとする使用人の手を振りはらうと、マリアのそばへと向かった。
そして、マリアの背中の後ろに手を伸ばす。
「…あっ。リリアお姉さま、ダメです!」
そうして、わたしはハンカチをつかみ取った。
「わ、わたくし、ばあやさまを読んでまいります!」
ハンカチを奪い取ったと思われたのか、使用人は慌てて助けを求めに出ていった。
「マリア、なにも隠すことないじゃない。あなたがだれを好きなのか、わたしだって応援したくて――」
渡したい相手って、いったいだれなの?
はやる気持ちで、バッとハンカチを広げた。
するとそこには、ピンクの糸でアルファベットが刺繍されていた。
まだ途中だけど、“R”と読める。
恋愛対象になる王子の中で、頭文字がRの名前といったら――。
「…残念。お姉さまに見つかってしまいましたわ」
ふとそんな声が聞こえて顔を向けると、マリアが舌をペロッと出して照れ笑いしていた。
「見つかったって…?」
「それ、リリアお姉さまの頭文字です」
えっ…、リリアの“R”?
てっきり、好きな男の子にプレゼントするためにがんばっていると思っていたけど――。
ハンカチを渡したい相手って、…わたし!?
「完成するまで、お姉さまには秘密にしておこうと思っていたのです」
プゥーと頬をふくらませるマリア。
その瞬間、心臓を射抜かれた。
「私、お裁縫が苦手で、ここまでくるのにずいぶんと時間がかかってしまったのですが…」
ところどころがほつれて、決して上手とは言えない刺繍。
でも、マリアが一生懸命につくってくれていることはわかる。
「お姉さま。出来上がったらこのハンカチ、もらっていただけますか?」
マリアは眉尻を下げ、不安な表情を浮かべながらわたしの顔色をうかがう。
本来ならば、「こんな価値のないものなんていらないわ!」と吐き捨てるのが悪役令嬢なのだろう。
だけど、かわいい天使にうるんだ瞳でお願いされて、断れる人間などいるのだろうか。
少なくとも、心臓を射抜かれているわたしには無理だ。
「もちろんよ、マリア。楽しみにしてるわね」
わたしはガシッとマリアの手を握った。
そのときのマリアのうれしそうな顔といったら。
「ありがとうございます、リリアお姉さま!少しでも早く出来上がるように、がんばりますね」
「うん。でもゆっくりでいいから、これ以上針で指を刺さないように気をつけなさい」
そう言って、包帯だらけのマリアの指をやさしくなでた。
「…お姉さま!ご存知だったのですか」
「当たり前よ。なんたってわたしは、あなたのお姉さまなんだから」
フンッと鼻を鳴らしてみせた。
マリアからのハンカチ、楽しみ。
わたしは刺繍の完成を心待ちにしていた。
ところが、それから数日後。
「…いったい、どうなされたのですか!?」
悲鳴に近いような使用人の声が玄関ホールから聞こえた。
慌てて駆けつけると、マリアが泥だらけで学院から帰ってきたのだ。
「えへへ…。水たまりにはまってしまいました」
「水たまりに?たしかに、今朝まで大雨でしたが…」
マリアは恥ずかしそうに頬をかいている。
護衛に聞いても、学院から出てきたときにはすでにこの格好だったからわからないと。
「とにかく、すぐにシャワールームへ。お召し物はお持ちいたします」
マリアは使用人たちに連れられていった。
水たまりにはまっちゃうなんて、ドジなマリアらしいわ。
そう思ってはみたものの、少し気になった。
でも、アルベール家のアイドル的な存在のマリアは、使用人たちが必要以上に手をかける。
だから、わたしの出る幕でもないだろうから、部屋へと戻った。
…だけど、なぜだろう。
胸の奥に、どうしても引っかかるものがあった。
読書をしていると、外から使用人の声とドアが閉まる音が聞こえた。
マリアがシャワーを終えて、部屋に戻ってきたようだ。
それにしても、いくらドジのマリアだからって、派手に水たまりに転ぶかしら…。
なんだか胸騒ぎがしたわたしは、マリアの部屋へと向かっていた。
ノックしようと、軽く握ったこぶしをドアに近づけたときだった。
耳を澄ませると、中から鼻をすする音が聞こえた。
もしかして…。
マリア…泣いてる!?
「ごめん、マリア!入るわよ」
ノックも忘れて、わたしはドアを開け放った。
マリアはベッドの上で、枕に顔をうずめていた。
その肩がわずかに上下に動いている。
「マリア…」
わたしが歩み寄ると、マリアはゆっくりと顔を上げた。
そのまぶたは赤く腫れている。
「どうしたの、マリア。なにかあったの…?」
「ち、違うんです…!目にゴミが入って、それで…」
マリアは顔を伏せて涙を拭う。
「そんなわけないじゃない。明らかに、いつもと様子が違うんだから」
「…なんでもありません!いつも通りです」
笑ってみせるマリアだけど、無理をしているのは痛いくらいにわかる。
だってほら、スクールバッグだってこんなにボロボロで泥だらけ。
水たまりにはまったくらいで、こんなことになる?
持ち上げて、渇いた泥をはたいていく。
すると、その拍子に取っ手が外れて、中のものが床に散らばってしまった。
「あ…、ごめん」
そんなことになるとは思わなくて、慌てて拾い上げる。
そもそも、マリアは物を大切にする子。
スクールバッグも、新品かと思うほどにきれいに扱っていた。
この前までなんともなかったのに、取っ手が外れるほどに壊れるなんて、やっぱりおかしい。
バッグから散らばったマリアの私物を集めていると、その中からあるものを見つけた。
『お姉さま。出来上がったらこのハンカチ、もらっていただけますか?』
それは、授業でマリアがわたしのためにがんばって刺繍をしてくれているハンカチだった。
ところが、あのとき見せてもらったものとはまったく違うものになっていた。
ビリビリに破けた生地。
マリアが一生懸命に刺繍したRの糸は、雑に抜き取られて絡まっている。
…な、なんでこんなことに…?



