シスコン令嬢 〜妹のためなら喜んで悪役になってみせますわ!〜

音が鳴り止んだあと、中庭は時が止まったかのような静けさに包まれた。


「あの、悪役令嬢っ…」

「アランさまになんてことをー!!」


周りにいた女子生徒たちが絶叫する。

耳をつんざくような高い声に、わたしは思わず顔をしかめる。


「リリアお姉さま…!」


そこへ、先生に呼び出されていたマリアが戻ってきた。


「お姉さま、これはいったいどういうことですの…?」


どうやらマリアは、わたしがアランにビンタをするところをちょうど目撃したようだ。

当のアランは目が点で、放心状態。


「お〜い、アランさま〜?」


固まったままのアランの肩を揺すってみる。

だけど、反応がない。


よく見ると、アランの頬がほんのり赤く腫れていた。

どうやら、強くたたきすぎてしまったようだ。


「マリア、ハンカチを水でぬらしてきて。アランさまの頬を冷やすわ」

「は、はい…!」


返事をすると、マリアは慌てて駆けていく。


「アランさま、大丈夫ですか…?」


戻ってきたマリアは、ぬらしたハンカチをアランの頬にそっと当てた。


「…冷たっ」


そのおかげで、ようやくアランが我に返った。

そして、心配そうに顔をのぞき込むマリアと目が合う。


そのふたりを見た瞬間、わたしがぽっと頬を赤く染めてしまった。


だって、見つめ合うふたりはまるで恋人同士みたいですもの…!

もしかしてこれ、恋愛フラグ立っちゃったんじゃないかしら。


きっと、アランからマリアへの好感度は上がったはず。

わたしがつくったハンカチイベントのおかげで。


ふたりの今後の展開を想像して、思わずニマニマしてしまった。


「悪役令嬢、アランさまから離れなさい!」


アランをビンタしたわたしがよほど気に食わないのか、女子生徒たちが威嚇してくる。


離れなさいって言われても、藤棚に勝手にやってきたのはアランのほうなんだけど。


まあいいわ。

わたしは退散しようかしら。


でも、マリアとアランをふたりきりにするにはまだ早いわ。

わたしがいない間に、アランがマリアになにするかわからないからね。


「マリア、行くわよ」

「は、はい」


わたしはマリアを連れて、その場を去った。


「あの悪役令嬢がアランさまを殴ったらしいわよ!」

「えっ!?この前、リオさまに失礼な態度を取ったというのに、アランさまにまで!?」


中庭を出るころには、周辺の生徒たちにまで話が広まっていた。


「殴ったなんて、人聞きが悪いわね」


わたしは不服な顔をして、フンッとそっぽを向く。


「ですがお姉さま、どうされたのですか。アランさまにいきなり…」

「だって、アランの頬に蚊がいたからよ」

「…蚊?」


アランが接近してきたあのとき、アランの頬に蚊が止まったのが見えた。


「せっかくの美形に、蚊に刺されたあとがあったらかわいそうでしょう?」


だから、わたしは蚊をたたいた。

それだけ。


「お姉さまの行い…。おそらく、周囲もアランさまも誤解されていらっしゃいますよ」

「そう?」

「はい。今からでも遅くはないので、アランさまにご説明を…!でないと、お姉さまが悪者に…」

「わたしが悪者?いいじゃない、悪役令嬢なんだからっ」


わたしはニッとマリアに笑ってみせる。


わたしの好感度なんてどうでもいい。

今回のイベントでは、マリアが気が利くやさしい女の子ってことがわかればいいんだから。


「リリア・フォン・アルベール!」


帰ろうと思ったら、わたしの名前が大声で呼ばれた。

振り向かなくてもわかる。


「…またシュタイン先生か」


アランにビンタしたことは、早々にシュタイン先生の耳にも入っていた。

そうしてマリアの先に帰らせ、わたしは生徒指導室へと連れていかれた。


「今日のお説教も長かったわ〜」


ようやくシュタイン先生から解放され、わたしはぐーんと伸びをした。


「お前、絶対反省してないだろ」


突然そばから声がして、体がビクッとなった。

見ると、それはルイだった。


「びっくりするじゃない、ルイ。あなたもシュタイン先生に呼ばれて?」

「んなわけねぇだろ。帰るのにたまたま通りかかっただけだよ」


ルイはあきれ顔でため息をつく。

そのあと、ルイと正門を出るまでいっしょだった。


「ほぼ毎日、生徒指導室に行ってないか?」

「失礼ね。二日に一回くらいよ」

「それを、ほぼ毎日って言うんだよ」


あら、そうなのかしら?


「で、今日はなにをやらかして?」

「なにもやってないわよ。アランさまの頬に止まった蚊をたたいただけで呼び出しって、厳しすぎない?」


それを聞いて、思わずルイがプッと吹いた。


「蚊?それで三銃士の顔をたたくって、やっぱりお前すげぇな」

「ほめ言葉?それならありがとう」


お礼を言うと、なぜかルイはぎこちなく笑った。


「ちょっとアランさまの頬が赤かったけど、マリアがぬれたハンカチで冷やしたから、きっと大丈夫でしょう」

「マリアって、また妹か」

「そう!しかも、今回アランさまとすんごーくいい雰囲気だったの!でも姉としては、もう少し見定めないと――」

「はいはい」


ルイのことなんてお構いなしに、わたしはあのときのマリアのかわいさを熱く語った。


もしアランのチャラさがなくなったら、マリアといい感じになれるかも。

そう思っていたけれど、あの人物が突如として浮上した。


それは、カイヤだ。


カイヤは俺様で、態度も偉そう。

わたしのデータ分析によると、一番マリアには合っていないと推測する。


それがなんと、この前カイヤがマリアを助けている場面に遭遇した。


その日も、休み時間にシュタイン先生に呼び出されていたわたし。

生徒指導室から出ると、マリアが階段を上ってくるのが上から見えた。


しかも、何冊も積んだノートを抱えて、とっても重そうなマリア。

日直のマリアが職員室にいる先生に、クラス全員分の提出ノートを届けるところだった。


なんとかひとりでは運べている。

でも重そうだし、階段でつまずいたら大変。


「マリア…!」


そう呼んで、駆け寄ろうとしたときだった。


「大丈夫か」


低い声が聞こえたからのぞき込むと、マリアのそばにカイヤが駆け寄った。


「貸せ、オレが持つ」

「で、ですが、それはカイヤさまに申し訳――」

「オレが運ぶと言っているんだ。お前が気にすることじゃない」


そう言って、マリアからノートを取り上げた。

言い方は相変わらず俺様だけど、そういうキャラだからぶっきらぼうに聞こえるだけかもしれない。


「あとはオレに任せろ。もうすぐ時間だから、マリアは教室に戻ってろ」


しかも、マリア呼び…!

他の女子生徒や、わたしへさえも“お前呼び”なのに、マリアだけは名前。


そもそも、カイヤが女の子にやさしくしているところなんて見たことない。


これは、もしかして…。

わたしが手を加える前から、カイヤの恋の矢印は、すでにマリアに向けられているってこと?


キャーーーー!!