「あれって、ヴィオラとお父さん?」
「おそらく…」
親子ゲンカかな。
それにしても、みんなが通る学院のそばでやらなくたっていいのに。
「お父さまは、政界のトップと聞いたことがあります。だからヴィオラさんも、リュミエール学院では常にトップでいなければならないとか」
「へ〜、大変ね」
あんなに威張っていたヴィオラなのに、今は完全に萎縮してしまっている。
「お姉さま、ヴィオラさんが…」
マリアが心配そうにヴィオラを見つめる。
自分をいじめた張本人なのに、ほんとにマリアはやさしいんだから。
「トップでなければ意味がない!トップでない者は、人間ではない!反省するまで飯抜きだ!」
それにしても、ひどい父親だ。
こんな光景見せつけられて…、さすがに『ヴィオラざまあ』とは思えないよ。
「お前は我が家の恥だ!このっ、出来損ないが――」
「そこまでにしたらどうですか」
平手打ちしようと、大きく振りかぶったヴィオラのお父さんの右手を後ろからつかんだ。
「だれだ、貴様は…!」
「ごきげんよう。悪役令嬢です」
「悪役令嬢だと?」
ヴィオラのお父さんは、いら立った表情でわたしをにらみつける。
「言い過ぎだと思います。それ、パワハラとモラハラっていうんですよ」
「パワ…?モラ…?」
あ、そっか。
この世界の人にそんなこと言ってもわからないか。
「とにかく、娘に手を上げようとするなんてありえません。そんなにだれかを殴りたいなら、わたくしがお相手いたしますけど?」
そう言って、ヴィオラのお父さんの腕をメキメキと握った。
「く、くそ…!なんだ、この娘は!このワシが、下々に付き合っている暇などないわ!」
わたしに吐き捨てると、慌てて帰っていった。
尻尾を巻いて逃げるとは、このことだ。
「…どうして助けてくれたの」
振り返ると、ヴィオラが気まずそうにうつむいていた。
「べつに。マリアがそうしてほしそうにしてたから。わたしは、妹のお願いを聞いただけ」
「マリアが…?」
「ええ。でも言っておくけど、わたしはあんたを許したわけではないからね」
ビシッと立てた人差し指をヴィオラに突き立てる。
そのあと、意外な展開が起きた。
ヴィオラがこれまでの行いをマリアに謝ったのだ。
そんなことしたって、マリアが負った心の傷をなかったことにはできない。
ただ、マリアがうれしそうにしていたから、わたしはマリアがいいならそれでいい。
それから、数日後。
マリアの左の胸元には、キラリと輝く三つの銀ブローチ。
「あれが、セカンドレディのマリア・フォン・アルベール…!」
「あんなにかわいい子がこの学院にいたとは」
セカンドレディになった噂はまたたくまに学院に広まり、マリアはみんなのあこがれの的となった。
控えめで目立たないマリアだけど、ついにそのかわいさが知れ渡ってしまったわね。
変な虫がつかないように、さらにわたしが目を光らせなくちゃ!
「お姉さまはつけられないのですか?」
「え?」
「銀ブローチです。せっかく三銃士の方々からもらったのに」
「ああ、わたしはいいのよ」
だってあれは、ヴィオラのおこぼれみたいなものだし。
それにわたしもつけたら、隣にいるマリアの銀ブローチが引き立たてられないじゃない。
そんなことよりも――。
「ランチタイムよ〜!」
お昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ると、わたしは意気揚々と食堂へと急いだ。
銀ブローチなんかより、わたしはランチタイムのほうが大事!
「マリア!早く、早く!」
テーブルを確保して、マリアにせわしなく手招きをする。
「リリアお姉さまは、ランチタイムになるとさらに元気になられますわね」
「当たり前よ!この時間がわたしの生きがいなんだから――」
「リリア・フォン・アルベール!」
そのとき、食堂中にわたしの名前が響き渡った。
この声は…。
とたんに嫌な汗が流れ、おそるおそる顔を向ける。
食堂の出入り口のドアの前で、眉間にシワを寄せて仁王立ちしていたのは、シュタイン先生だった。
…すっかり忘れていた!!
ゴードンの件で、数日前からシュタイン先生に呼び出されていたんだった。
「今日という今日は逃がしませんよ!」
そうして、やってきたシュタイン先生に首根っこをつかまれる。
「せ…先生、ちょっと待ってください。せめてステーキを――」
「お黙りなさい!」
わたしは、シュタイン先生に生徒指導室へと連れ込まれた。
そこで、事情聴取と反省文を書かされた。
「も〜、すっかり遅くなっちゃったじゃない!」
お腹をグーグー鳴らしながら指導室を出たのは、三十分以上もあとのことだった。
マリアを食堂にひとり残してきてしまっている。
変な男子生徒に言い寄られてなかったらいいけど。
慌てて戻ってみると、なにやらすごい人混み。
「何事?」
ジャンプをして、人々の間から様子をうかがう。
するとそのとき、とんでもない光景が目に入った。
一瞬すぎて、もしかしたら見間違いかもしれない。
でも、見間違いじゃなかったら…。
人混みをかき分けるのをあきらめて、人だかりの中心がよく見えるように二階へと上がった。
あまり利用がない二階は、貸切状態だった。
「わたしがいない間に、なんであんなことになってるの」
ひとりごとをつぶやきながら、二階から見下ろす。
わたしが確保したテーブルに、マリアがいるのが見える。
人だかりは、そのテーブルを中心にして一定の距離を取って円を描いていた。
それもそのはず。
なんとマリアと同じテーブルには、アラン、リオ、カイヤの三銃士が座っていたのだ。
しかもバイキングではなくて、特別にコース料理をもてなされている。
三銃士とのランチをするマリアの姿を、周りは遠巻きから指をくわえて見ている。
「マリア姫、おいしい?」
「は、はい…、とっても…」
アランに尋ねられ、緊張で固まってしまっているマリアはぎこちなく答える。
どういう状況でこうなったの?
でも、銀ブローチを渡した相手と食事をしたいというのは、べつにおかしなことではないわね。
さっそくのビッグチャンス!
「マリア、がんばれ…!」
二階の物陰から、ひそかにマリアを応援していた。
「そうよ!そこで、リオにも話を振って――あ〜…ダメか。マリアには難しいようね」
「お前、なにブツブツ言ってるんだ?」
そのとき、わたししかいないと思っていた二階に低い声が響いて驚いた。
振り返ると、一番奥のソファ席にルイが脚を伸ばしてくつろいでいた。
「あら、ルイ」
今日はこんなところで昼寝かしら?
「で、なにしてたんだ?」
「妹のマリアが三銃士とランチ中なの。うまくやれるか気になって」
「…また妹か」
ルイはため息をつくと、おもむろに席を立った。
そして、わたしの隣へやってくる。
「あの金髪がお前の妹か」
「そうよ。天使のようにかわいく清らかな、わたしの自慢の妹よ!」
「でもその妹、三銃士との食事だっていうのに全然楽しくなさそうだな」
それは…そうね。
そのへんの女子生徒が三銃士とランチとなったら、常に目をハートに輝かせ、うれしさのあまり失神する人も出るかもしれない。
でもマリアはずっと表情をこわばらせ、食事もまともに取れていない。
あんな今にも泣き出しそうなマリア、見ていられない…!
「わたしが行かなくちゃ」
「行くって?」
ルイが尋ねるよりも先に、わたしは二階の手すりに足をかけると、そのまま高く飛び上がった。
「おっ…おい、なにしてる!ここは二階っ…」
そうしてルイの心配をよそに、わたしはマリアのテーブルの前へと着地した。
「…え、悪役令嬢が降ってきた!?」
「しかも、三銃士の目の前に…!」
「なんて無礼なやつだ!」
突然のわたしの登場に、周りは騒然とする。
だけど、マリアだけが目をうるませてほっとした表情を見せていた。
「リリアお姉さま…」
マリア、ごめんね。
あなたのためだと思って見ているだけだったけど、どうやらそれは間違いだったようね。
わたしは指先で長い髪を優雅にはらいながら、三銃士のもとへと向かう。
「妹のマリアに代わって、わたくしがごいっしょしてもよろしくて?」
「おそらく…」
親子ゲンカかな。
それにしても、みんなが通る学院のそばでやらなくたっていいのに。
「お父さまは、政界のトップと聞いたことがあります。だからヴィオラさんも、リュミエール学院では常にトップでいなければならないとか」
「へ〜、大変ね」
あんなに威張っていたヴィオラなのに、今は完全に萎縮してしまっている。
「お姉さま、ヴィオラさんが…」
マリアが心配そうにヴィオラを見つめる。
自分をいじめた張本人なのに、ほんとにマリアはやさしいんだから。
「トップでなければ意味がない!トップでない者は、人間ではない!反省するまで飯抜きだ!」
それにしても、ひどい父親だ。
こんな光景見せつけられて…、さすがに『ヴィオラざまあ』とは思えないよ。
「お前は我が家の恥だ!このっ、出来損ないが――」
「そこまでにしたらどうですか」
平手打ちしようと、大きく振りかぶったヴィオラのお父さんの右手を後ろからつかんだ。
「だれだ、貴様は…!」
「ごきげんよう。悪役令嬢です」
「悪役令嬢だと?」
ヴィオラのお父さんは、いら立った表情でわたしをにらみつける。
「言い過ぎだと思います。それ、パワハラとモラハラっていうんですよ」
「パワ…?モラ…?」
あ、そっか。
この世界の人にそんなこと言ってもわからないか。
「とにかく、娘に手を上げようとするなんてありえません。そんなにだれかを殴りたいなら、わたくしがお相手いたしますけど?」
そう言って、ヴィオラのお父さんの腕をメキメキと握った。
「く、くそ…!なんだ、この娘は!このワシが、下々に付き合っている暇などないわ!」
わたしに吐き捨てると、慌てて帰っていった。
尻尾を巻いて逃げるとは、このことだ。
「…どうして助けてくれたの」
振り返ると、ヴィオラが気まずそうにうつむいていた。
「べつに。マリアがそうしてほしそうにしてたから。わたしは、妹のお願いを聞いただけ」
「マリアが…?」
「ええ。でも言っておくけど、わたしはあんたを許したわけではないからね」
ビシッと立てた人差し指をヴィオラに突き立てる。
そのあと、意外な展開が起きた。
ヴィオラがこれまでの行いをマリアに謝ったのだ。
そんなことしたって、マリアが負った心の傷をなかったことにはできない。
ただ、マリアがうれしそうにしていたから、わたしはマリアがいいならそれでいい。
それから、数日後。
マリアの左の胸元には、キラリと輝く三つの銀ブローチ。
「あれが、セカンドレディのマリア・フォン・アルベール…!」
「あんなにかわいい子がこの学院にいたとは」
セカンドレディになった噂はまたたくまに学院に広まり、マリアはみんなのあこがれの的となった。
控えめで目立たないマリアだけど、ついにそのかわいさが知れ渡ってしまったわね。
変な虫がつかないように、さらにわたしが目を光らせなくちゃ!
「お姉さまはつけられないのですか?」
「え?」
「銀ブローチです。せっかく三銃士の方々からもらったのに」
「ああ、わたしはいいのよ」
だってあれは、ヴィオラのおこぼれみたいなものだし。
それにわたしもつけたら、隣にいるマリアの銀ブローチが引き立たてられないじゃない。
そんなことよりも――。
「ランチタイムよ〜!」
お昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ると、わたしは意気揚々と食堂へと急いだ。
銀ブローチなんかより、わたしはランチタイムのほうが大事!
「マリア!早く、早く!」
テーブルを確保して、マリアにせわしなく手招きをする。
「リリアお姉さまは、ランチタイムになるとさらに元気になられますわね」
「当たり前よ!この時間がわたしの生きがいなんだから――」
「リリア・フォン・アルベール!」
そのとき、食堂中にわたしの名前が響き渡った。
この声は…。
とたんに嫌な汗が流れ、おそるおそる顔を向ける。
食堂の出入り口のドアの前で、眉間にシワを寄せて仁王立ちしていたのは、シュタイン先生だった。
…すっかり忘れていた!!
ゴードンの件で、数日前からシュタイン先生に呼び出されていたんだった。
「今日という今日は逃がしませんよ!」
そうして、やってきたシュタイン先生に首根っこをつかまれる。
「せ…先生、ちょっと待ってください。せめてステーキを――」
「お黙りなさい!」
わたしは、シュタイン先生に生徒指導室へと連れ込まれた。
そこで、事情聴取と反省文を書かされた。
「も〜、すっかり遅くなっちゃったじゃない!」
お腹をグーグー鳴らしながら指導室を出たのは、三十分以上もあとのことだった。
マリアを食堂にひとり残してきてしまっている。
変な男子生徒に言い寄られてなかったらいいけど。
慌てて戻ってみると、なにやらすごい人混み。
「何事?」
ジャンプをして、人々の間から様子をうかがう。
するとそのとき、とんでもない光景が目に入った。
一瞬すぎて、もしかしたら見間違いかもしれない。
でも、見間違いじゃなかったら…。
人混みをかき分けるのをあきらめて、人だかりの中心がよく見えるように二階へと上がった。
あまり利用がない二階は、貸切状態だった。
「わたしがいない間に、なんであんなことになってるの」
ひとりごとをつぶやきながら、二階から見下ろす。
わたしが確保したテーブルに、マリアがいるのが見える。
人だかりは、そのテーブルを中心にして一定の距離を取って円を描いていた。
それもそのはず。
なんとマリアと同じテーブルには、アラン、リオ、カイヤの三銃士が座っていたのだ。
しかもバイキングではなくて、特別にコース料理をもてなされている。
三銃士とのランチをするマリアの姿を、周りは遠巻きから指をくわえて見ている。
「マリア姫、おいしい?」
「は、はい…、とっても…」
アランに尋ねられ、緊張で固まってしまっているマリアはぎこちなく答える。
どういう状況でこうなったの?
でも、銀ブローチを渡した相手と食事をしたいというのは、べつにおかしなことではないわね。
さっそくのビッグチャンス!
「マリア、がんばれ…!」
二階の物陰から、ひそかにマリアを応援していた。
「そうよ!そこで、リオにも話を振って――あ〜…ダメか。マリアには難しいようね」
「お前、なにブツブツ言ってるんだ?」
そのとき、わたししかいないと思っていた二階に低い声が響いて驚いた。
振り返ると、一番奥のソファ席にルイが脚を伸ばしてくつろいでいた。
「あら、ルイ」
今日はこんなところで昼寝かしら?
「で、なにしてたんだ?」
「妹のマリアが三銃士とランチ中なの。うまくやれるか気になって」
「…また妹か」
ルイはため息をつくと、おもむろに席を立った。
そして、わたしの隣へやってくる。
「あの金髪がお前の妹か」
「そうよ。天使のようにかわいく清らかな、わたしの自慢の妹よ!」
「でもその妹、三銃士との食事だっていうのに全然楽しくなさそうだな」
それは…そうね。
そのへんの女子生徒が三銃士とランチとなったら、常に目をハートに輝かせ、うれしさのあまり失神する人も出るかもしれない。
でもマリアはずっと表情をこわばらせ、食事もまともに取れていない。
あんな今にも泣き出しそうなマリア、見ていられない…!
「わたしが行かなくちゃ」
「行くって?」
ルイが尋ねるよりも先に、わたしは二階の手すりに足をかけると、そのまま高く飛び上がった。
「おっ…おい、なにしてる!ここは二階っ…」
そうしてルイの心配をよそに、わたしはマリアのテーブルの前へと着地した。
「…え、悪役令嬢が降ってきた!?」
「しかも、三銃士の目の前に…!」
「なんて無礼なやつだ!」
突然のわたしの登場に、周りは騒然とする。
だけど、マリアだけが目をうるませてほっとした表情を見せていた。
「リリアお姉さま…」
マリア、ごめんね。
あなたのためだと思って見ているだけだったけど、どうやらそれは間違いだったようね。
わたしは指先で長い髪を優雅にはらいながら、三銃士のもとへと向かう。
「妹のマリアに代わって、わたくしがごいっしょしてもよろしくて?」



