「行ってはいけないって――」
「いいから、こい。時間がないと言ったのはお前だろう」
そうだった。
早く用事を済ませて、ステーキを食べないと。
「すぐに戻ってくるから」
わたしはマリアに、ヒラヒラと手を振った。
そんなわたしを、マリアは心配そうにずっと見つめていた。
大柄な男子生徒に連れてこられたのは、人気のない裏庭。
「で、あなたはだれなの?」
「おれの名前はゴードン。ヴィオラさまに仕えるナイトだ」
聞くと、ヴィオラの家に代々仕えているナイトの家系らしい。
リュミエール学院にはナイト志望のコースもあるから、そこの生徒だ。
ただナイトといっても、ゴードンの場合、馬を巧みに操り、剣や槍で攻撃するようなタイプとは違う。
恵まれた体格と自慢のパワーで、素手で戦うナイトのようだ。
たしかにこの体格に鎧を着て、体当たりでもされたら簡単に吹っ飛ばされそう。
ヴィオラが仕返しにと、ゴードンに頼んだのだろう。
『…覚えてなさい。あんたなんて、明日からまた学校にこられなくしてやるんだからっ』
あの言葉の意味はそういうことだったのかと、ここでようやく理解した。
「で、そのゴードンさんがなんの用?」
「ヴィオラさまにひどいことをしたお前を許すわけにはいかない。ヴィオラさまに代わり、おれが制裁を下す」
「制裁って?具体的にはなに?」
「おれとの一騎打ちだ。武器は禁止、素手での勝負だ」
ゆっくりとこぶしを構えるゴードン。
「まあ一騎打ちといっても、力の差は歴然。一方的におれの攻撃を受けるしかないだろうな。だから、これが制裁なのだ」
そう言って、ゴードンは地面に握りこぶしを振り下ろした。
その瞬間、こぶしを中心に放射線状に地面にヒビが入った。
さっき手を振りはらえなかったけど、やっぱりすごい力…。
マリアや周囲が怯えるのにも納得がいく。
「どうだ、おれの力は。これでもまだ半分しか出していない」
まだ、あれよりも力が出せるの?
威嚇としては十分すぎるくらい。
ゴードンはドヤ顔で腕を曲げ、力こぶを見せつけてくる。
「ただ、おれは誠実なナイト。お前がヴィオラさまに謝罪し、ヴィオラさまの下僕になるというのなら許してやっても――」
「は?謝る?わたしがヴィオラに?」
そう吐き捨てると、わたしは長い髪を頭を後ろでひとつに束ねた。
「謝るだなんて、天地がひっくり返っても絶対にありえませんわ。冗談もほどほどにしてくださるかしら?」
わたしの言葉が予想外だったのか、ゴードンは驚いたように目を見開く。
「一騎打ち?なにそれ?最高におもしろそうじゃない」
わたしは不敵に微笑み、こぶしを構えた。
「…なんだ?おれの真似事か?一騎打ちを受けるだと?」
「ええ。存分に楽しませてくださいな」
「…なっ。正気か、お前」
さっきまで余裕の笑みを浮かべていたゴードンが顔を引きつらせる。
「悪いことは言わない、やめておけ。軟弱そうな見た目のお前が、このおれに勝てるわけ――」
その瞬間、わたしはゴードンのみぞおちに、思い切りこぶしをめり込ませた。
「くっ…は…!」
苦痛の声をもらしたゴードンが地面に膝をつく。
「お言葉ですけど、見た目で判断しないほうがよろしくてよ?」
わたしは口元に手を添えてほくそ笑むと、ゴードンに向かって指先をクイクイと曲げた。
武道一家で、これまで空手、剣道、柔道などを教えこまれてきたけれど――。
実はわたし、個人的にはボクシングが大好きなの。
前世では、実はひそかにボクシング技を練習していた。
でも入院することになって、実践では試せていない。
病院のベッドの上でずっとイメトレしてたけど、ようやくその技を発揮できますわ〜!
素早いわたしの攻撃に、ゴードンは手も足も出ない。
動体視力にも自信があるわたしは、ゴードンのこぶしなんて、まるでスローモーション。
そして最後は、前世の兄から教わった柔道の背負い投げでトドメを刺した。
ゴードンの重さに地響きが鳴る。
わたしは気絶するゴードンを横目に、手をパンパンとはたいた。
「さ〜て、早くステーキを食べにいかなくちゃ。ランチタイムが終わっちゃう」
そう言って、食堂に方向転換してスキップしようとしたときだった。
突然めまいがして、足の力が抜けてしゃがみ込んでしまった。
心臓がドクドクと速く脈打ち、浅い呼吸になって息苦しい。
…しまった。
ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな。
リリアとして毎日を楽しんでいたからすっかり忘れていたけど、病弱気味な体はそのままだったんだ。
地面にうずくまっていると、ふと背後から物音がした。
「まだだ…。まだ…勝負はついていないぞぉ!!」
なんと、気絶しているはずのゴードンが立ち上がった。
そして、そばにあった太い木の枝を持って襲いかかってきた。
「ちょ…ちょっと待って!武器を持ち出すなんて反則――」
と言いかけたけれど、完全に意表を突かれた。
それにまだ呼吸が整わなくて、かわすことも、反撃することもできない。
しまった…。
心の中で呟いた――そのとき。
「素手のルールを破って武器使用。しかも背後を襲うなんて、それが誠実なナイトがすることかよ?」
わたしの目の前にだれかが割って入ってきたかと思ったら、ゴードンの攻撃を腕一本で受け止めた。
「お前の負けだ。敗者は失せろ」
低い声が静かに響く。
次の瞬間には、ゴードンの頭を地面に沈めていた。
わたしもそれが得意技だけど、さすがにこんな大柄な男は一発では沈められない。
この人、細身の長身なのに、どこにそんな力が?
「大丈夫か?」
風になびく前髪をかき上げ、切れ長の目がわたしを捉えた。
メガネのレンズの奥に映る闇を落とし込んだかのような黒の瞳に、思わず目を奪われた。
もしかして、わたしを助けてくれたの…?
彼はいったい――。
「いいから、こい。時間がないと言ったのはお前だろう」
そうだった。
早く用事を済ませて、ステーキを食べないと。
「すぐに戻ってくるから」
わたしはマリアに、ヒラヒラと手を振った。
そんなわたしを、マリアは心配そうにずっと見つめていた。
大柄な男子生徒に連れてこられたのは、人気のない裏庭。
「で、あなたはだれなの?」
「おれの名前はゴードン。ヴィオラさまに仕えるナイトだ」
聞くと、ヴィオラの家に代々仕えているナイトの家系らしい。
リュミエール学院にはナイト志望のコースもあるから、そこの生徒だ。
ただナイトといっても、ゴードンの場合、馬を巧みに操り、剣や槍で攻撃するようなタイプとは違う。
恵まれた体格と自慢のパワーで、素手で戦うナイトのようだ。
たしかにこの体格に鎧を着て、体当たりでもされたら簡単に吹っ飛ばされそう。
ヴィオラが仕返しにと、ゴードンに頼んだのだろう。
『…覚えてなさい。あんたなんて、明日からまた学校にこられなくしてやるんだからっ』
あの言葉の意味はそういうことだったのかと、ここでようやく理解した。
「で、そのゴードンさんがなんの用?」
「ヴィオラさまにひどいことをしたお前を許すわけにはいかない。ヴィオラさまに代わり、おれが制裁を下す」
「制裁って?具体的にはなに?」
「おれとの一騎打ちだ。武器は禁止、素手での勝負だ」
ゆっくりとこぶしを構えるゴードン。
「まあ一騎打ちといっても、力の差は歴然。一方的におれの攻撃を受けるしかないだろうな。だから、これが制裁なのだ」
そう言って、ゴードンは地面に握りこぶしを振り下ろした。
その瞬間、こぶしを中心に放射線状に地面にヒビが入った。
さっき手を振りはらえなかったけど、やっぱりすごい力…。
マリアや周囲が怯えるのにも納得がいく。
「どうだ、おれの力は。これでもまだ半分しか出していない」
まだ、あれよりも力が出せるの?
威嚇としては十分すぎるくらい。
ゴードンはドヤ顔で腕を曲げ、力こぶを見せつけてくる。
「ただ、おれは誠実なナイト。お前がヴィオラさまに謝罪し、ヴィオラさまの下僕になるというのなら許してやっても――」
「は?謝る?わたしがヴィオラに?」
そう吐き捨てると、わたしは長い髪を頭を後ろでひとつに束ねた。
「謝るだなんて、天地がひっくり返っても絶対にありえませんわ。冗談もほどほどにしてくださるかしら?」
わたしの言葉が予想外だったのか、ゴードンは驚いたように目を見開く。
「一騎打ち?なにそれ?最高におもしろそうじゃない」
わたしは不敵に微笑み、こぶしを構えた。
「…なんだ?おれの真似事か?一騎打ちを受けるだと?」
「ええ。存分に楽しませてくださいな」
「…なっ。正気か、お前」
さっきまで余裕の笑みを浮かべていたゴードンが顔を引きつらせる。
「悪いことは言わない、やめておけ。軟弱そうな見た目のお前が、このおれに勝てるわけ――」
その瞬間、わたしはゴードンのみぞおちに、思い切りこぶしをめり込ませた。
「くっ…は…!」
苦痛の声をもらしたゴードンが地面に膝をつく。
「お言葉ですけど、見た目で判断しないほうがよろしくてよ?」
わたしは口元に手を添えてほくそ笑むと、ゴードンに向かって指先をクイクイと曲げた。
武道一家で、これまで空手、剣道、柔道などを教えこまれてきたけれど――。
実はわたし、個人的にはボクシングが大好きなの。
前世では、実はひそかにボクシング技を練習していた。
でも入院することになって、実践では試せていない。
病院のベッドの上でずっとイメトレしてたけど、ようやくその技を発揮できますわ〜!
素早いわたしの攻撃に、ゴードンは手も足も出ない。
動体視力にも自信があるわたしは、ゴードンのこぶしなんて、まるでスローモーション。
そして最後は、前世の兄から教わった柔道の背負い投げでトドメを刺した。
ゴードンの重さに地響きが鳴る。
わたしは気絶するゴードンを横目に、手をパンパンとはたいた。
「さ〜て、早くステーキを食べにいかなくちゃ。ランチタイムが終わっちゃう」
そう言って、食堂に方向転換してスキップしようとしたときだった。
突然めまいがして、足の力が抜けてしゃがみ込んでしまった。
心臓がドクドクと速く脈打ち、浅い呼吸になって息苦しい。
…しまった。
ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな。
リリアとして毎日を楽しんでいたからすっかり忘れていたけど、病弱気味な体はそのままだったんだ。
地面にうずくまっていると、ふと背後から物音がした。
「まだだ…。まだ…勝負はついていないぞぉ!!」
なんと、気絶しているはずのゴードンが立ち上がった。
そして、そばにあった太い木の枝を持って襲いかかってきた。
「ちょ…ちょっと待って!武器を持ち出すなんて反則――」
と言いかけたけれど、完全に意表を突かれた。
それにまだ呼吸が整わなくて、かわすことも、反撃することもできない。
しまった…。
心の中で呟いた――そのとき。
「素手のルールを破って武器使用。しかも背後を襲うなんて、それが誠実なナイトがすることかよ?」
わたしの目の前にだれかが割って入ってきたかと思ったら、ゴードンの攻撃を腕一本で受け止めた。
「お前の負けだ。敗者は失せろ」
低い声が静かに響く。
次の瞬間には、ゴードンの頭を地面に沈めていた。
わたしもそれが得意技だけど、さすがにこんな大柄な男は一発では沈められない。
この人、細身の長身なのに、どこにそんな力が?
「大丈夫か?」
風になびく前髪をかき上げ、切れ長の目がわたしを捉えた。
メガネのレンズの奥に映る闇を落とし込んだかのような黒の瞳に、思わず目を奪われた。
もしかして、わたしを助けてくれたの…?
彼はいったい――。



