肩に流れる髪をはらって、男子生徒を見下ろす。
温室育ちのおぼっちゃまだから、全然手応えがなかったわ。
わたしはゆっくりとしゃがみ込むと、ふたりの胸ぐらをつかんだ。
「また同じことしてみなさい。今度は、かかと落としをお見舞いするわよ」
最後に、マリアの頭につけたイモムシをふたりのシャツの中に、それぞれ投げ入れてやった。
「マリア、安心しなさい。これにこりて、もうこのふたりもあなたをいじめたりなんかしないはずよ」
そう言って、自信満々に振り返ってみた。
だけど、なぜかマリアは困ったように眉尻を下げている。
「あの、リリアお姉さま…。せっかく助けていただき、大変うれしいのですが…」
「なに?どうかした?」
「…実は、その方たちではございませんの」
「え゙っ」
予想外のマリアの言葉に、わたしの口から変な声がもれた。
そういえば、マリアをいじめているのは同じクラスの女の子たちだった、と今になって思い出した。
「あー…、そういうことなら…。もしかして、わたしの勘違い、かしら?」
マリアは気まずそうにこくんとうなずく。
…しくじったわ。
登校初日から、人違いでふたりもの生徒に飛び蹴りを食らわせるだなんて。
で、でも!
わたしの愛しのマリアにイモムシをくっつけて喜んでいたんだから、当然の報いよね。
それに、だれにだって勘違いはあるわ。
だって、人間なんだから。
と、正当化しようと自分に言い聞かせてみる。
「ひとまず…。ごめんあそばせ〜」
一応、気絶しているふたりに謝ってみた。
しかし、もちろんそんなことで許されるはずもなく――。
「リリア・フォン・アルベール!」
突然、背後から大声で名前が呼ばれて驚いた。
振り返ると、お団子ヘアのつり上がった細長いメガネをかけた女の人が仁王立ちしていた。
「正門で暴れる野蛮な生徒がいると報告を受けてきてみれば。この状況は、一体全体なんなのですか!」
この先生、プリアカで見たことある。
でも、だれだっけな〜。
そのとき、マリアが耳打ちしてくれた。
そうだ、そうだ。
学院の生徒指導担当、シュタイン先生だ。
どうやら、他の生徒が呼びにいったようだ。
「あなた!久々に学校にきたかと思えば、登校早々にこんな騒ぎを起こして!」
シュタイン先生が金切り声を上げるも、わたしは冷静にコホンと咳払いをする。
「先生。お言葉ですが、訂正していただきたいことがふたつございます」
「ふたつ?なにかしら」
シュタイン先生は、指先でメガネをクイッと上げる。
「まずはじめに、妹のマリアにちょっかいをかけてきたのは、このふたりです。わたしはそれを制止したまでです」
わたしは伸びているふたりに視線を落とす。
「そして、もうひとつ。野蛮な生徒というのは聞き捨てなりませんわ」
前に、誘拐犯にも“野蛮”と言われたけども。
「こんなにも美しく可憐なわたしの、どこが野蛮に見えますの?そこは、撤回していただきたく――」
「お黙りなさい!」
シュタイン先生が噛みつくように言葉を被せてくる。
えー…、そこが一番訂正してほしいところなのに。
「とにかく、話は生徒指導室で聞きますから、わたくしについてきなさい!」
シュタイン先生にピシャリとしかられ、わたしは唇をとがらせた。
「ごめん、マリア。いっしょにいるつもりだったのに、なんか今から行かないといけないみたいで…」
めんどくさいけど。
「お気になさらないでください。私は本日日直当番で、朝の準備がありますので、先に教室に向かいますね」
「でも、それだとマリアをひとりにさせることになるじゃない」
それが不安だから、こうしてわたしがついてきたっていうのに。
「私なら大丈夫です。それよりも、シュタイン先生は生徒に大変厳しいお方なので、私はお姉さまのほうが心配です…」
自分のことよりも、わたしの心配をしてくれるなんて!
なんていい子なのっ!
わたしは、マリアのやさしさをひしひしと噛みしめる。
そうして、自分ワールドに浸って動かないわたしを、仕方なくシュタイン先生は引きずっていった。
「あなたという生徒は、登校拒否というだけでも我が校の名に傷がつくというのに、他の生徒を飛び蹴りするなんて学院の風紀が――」
生徒指導室で、わたしはこんこんと説教されていた。
このリュミエール学院は、将来王位に就く者や王妃となる可能性を秘めた王族・貴族階級のエリートたちが在籍する学び舎。
ここでは、その身分にふさわしい教育と教養が徹底して授けられている。
ただリリアは、そういうのには興味がない設定。
だってプリアカでは、マリアをいじめることを生きがいとしていたのだから。
そのため、卒業さえできれば他はテキトーでいいという考えで在籍だけしているリリアは、すでに学院の問題児のようだ。
さらには、登校早々に騒動も起こすものだから、シュタイン先生はカンカンに怒っている。
だけど、マリアのことで頭がいっぱいのわたしは、先生のお説教なんて一切耳に入ってこない。
「先生。その長いお話、まだ終わりませか?」
「なっ…!なんですか、その態度は!だから、こうして――」
マリアが教室でいじめっ子に会ってないかと心配。
こんなところで、油を売っている場合じゃないわ。
「はいはい、先生。よ〜くわかりました」
「よ〜くわかっているなら、そんな軽い返事はできないはずですよ、リリア・フォン・アルベール!」
「ひとまず、令嬢であるならば慎ましくあれということですよね?」
先生の話をざっくりとまとめたら。
そのとき、一時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「あっ、チャイム。授業がありますので、わたしはこれで」
「待ちなさい、まだ話は終わって――」
「ごめんあそばせ〜」
わたしはにこやかに微笑むと、シュタイン先生に背中を向けた。
「シュタイン先生に、あんな失礼な態度が取れるなんて…」
「さすが、噂通りの悪役令嬢」
生徒指導室にいた他の先生たちのささやく声が聞こえる。
でも、悪役令嬢という自覚があるわたしはまったく気にならない。
「それでは、失礼いたしました〜」
ペコッとお辞儀をしてドアを閉めた。
早くマリアのいるクラスへ行かなくちゃ…!
そう思って勢いよく駆け出したはいいものの、少ししてわたしは足を止めた。
「だから、わたしのクラスって…どこ?」
そういえば、あの男子生徒ふたりが乱入してきたせいで、マリアに教室の場所を聞くのを忘れていた。
もう一度生徒指導室に戻って聞こうとも思ったけど、広すぎる校舎のせいでどこからきたのかもわからない。
体験版ではごく一部の校舎しか解放されていなかったから、全体マップを把握できていない。
ふと窓から外を眺めると、ただっ広い学院の敷地内が一望できた。
円錐の屋根がついたお城のような造りの校舎が並ぶ。
その向こうには、先が見えないほどの芝生が広がっていた。
まるで、ひとつの国のようだ。
校舎なんて、行くところ行くところみんな同じ造りで、迷路に迷い込んだような感覚。
そして、ようやくマリアを見つけた。
教室の入口には『二年S組』と書かれたプレート。
たどり着いたときには、すでに一時間目終了の休み時間だった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
校舎内を駆け回ったせいで、息が上がった。
これだから、スタミナがない体は困る。
教室の前で息を整えていると、マリアが自分の席でなにかをしているのが見えた。
よく見ると、新調したスクールバッグから裁縫セットを出して、ハンカチに糸を縫いつけていた。
また新たに、わたしのために刺繍をしてくれているんだ。
その健気な姿に、わたしの胸がキュンとする。
ところが、そこへ――。
「あら〜?まだ、ハンカチの刺繍なんてしているの?」
「他のみんななんて、とっくに提出してるっていうのに」
「ほんと、あなたってやることなすこと、すべてトロいんだから〜」
巻き髪の赤髪ロングヘアの子を先頭にして、マリアの席を囲むように三人の女の子が立っていた。
「もしかして、また“オネーサマ”にあてた刺繍を?」
「この前、ボロ雑巾のようにしてやったっていうのに、こりない子ね〜」
三人は、マリアをさげすむようにクスクスと笑っている。
マリアの怯える様子からしても、この三人がいじめっ子たちだ。
…許せない。
すぐにでも怒鳴り込みに行きたいところだったけど、まだ呼吸が整わない。
「そういえば、不登校だった双子のオネーサマが今朝こられたと聞いたけれど、結局お帰りになられたのかしら〜?」
赤髪の子が、うつむくマリアの顔を楽しそうにのぞき込む。
「ヴィオラちゃん。噂によるとそのオネーサマは、きて早々に騒動を起こして、シュタイン先生に連れていかれたと聞きましたわ〜」
どうやら、赤髪の女の子はヴィオラという名前のようだ。
「あら〜。それだったら、今日はもう教室へはこられないんじゃないの?」
「そうね。あのシュタイン先生のお説教ですもの。放課後までこっ酷く――」
その瞬間、わたしは教室のドアを蹴飛ばすようにして開け放った。
「わたしがなんだって?」
温室育ちのおぼっちゃまだから、全然手応えがなかったわ。
わたしはゆっくりとしゃがみ込むと、ふたりの胸ぐらをつかんだ。
「また同じことしてみなさい。今度は、かかと落としをお見舞いするわよ」
最後に、マリアの頭につけたイモムシをふたりのシャツの中に、それぞれ投げ入れてやった。
「マリア、安心しなさい。これにこりて、もうこのふたりもあなたをいじめたりなんかしないはずよ」
そう言って、自信満々に振り返ってみた。
だけど、なぜかマリアは困ったように眉尻を下げている。
「あの、リリアお姉さま…。せっかく助けていただき、大変うれしいのですが…」
「なに?どうかした?」
「…実は、その方たちではございませんの」
「え゙っ」
予想外のマリアの言葉に、わたしの口から変な声がもれた。
そういえば、マリアをいじめているのは同じクラスの女の子たちだった、と今になって思い出した。
「あー…、そういうことなら…。もしかして、わたしの勘違い、かしら?」
マリアは気まずそうにこくんとうなずく。
…しくじったわ。
登校初日から、人違いでふたりもの生徒に飛び蹴りを食らわせるだなんて。
で、でも!
わたしの愛しのマリアにイモムシをくっつけて喜んでいたんだから、当然の報いよね。
それに、だれにだって勘違いはあるわ。
だって、人間なんだから。
と、正当化しようと自分に言い聞かせてみる。
「ひとまず…。ごめんあそばせ〜」
一応、気絶しているふたりに謝ってみた。
しかし、もちろんそんなことで許されるはずもなく――。
「リリア・フォン・アルベール!」
突然、背後から大声で名前が呼ばれて驚いた。
振り返ると、お団子ヘアのつり上がった細長いメガネをかけた女の人が仁王立ちしていた。
「正門で暴れる野蛮な生徒がいると報告を受けてきてみれば。この状況は、一体全体なんなのですか!」
この先生、プリアカで見たことある。
でも、だれだっけな〜。
そのとき、マリアが耳打ちしてくれた。
そうだ、そうだ。
学院の生徒指導担当、シュタイン先生だ。
どうやら、他の生徒が呼びにいったようだ。
「あなた!久々に学校にきたかと思えば、登校早々にこんな騒ぎを起こして!」
シュタイン先生が金切り声を上げるも、わたしは冷静にコホンと咳払いをする。
「先生。お言葉ですが、訂正していただきたいことがふたつございます」
「ふたつ?なにかしら」
シュタイン先生は、指先でメガネをクイッと上げる。
「まずはじめに、妹のマリアにちょっかいをかけてきたのは、このふたりです。わたしはそれを制止したまでです」
わたしは伸びているふたりに視線を落とす。
「そして、もうひとつ。野蛮な生徒というのは聞き捨てなりませんわ」
前に、誘拐犯にも“野蛮”と言われたけども。
「こんなにも美しく可憐なわたしの、どこが野蛮に見えますの?そこは、撤回していただきたく――」
「お黙りなさい!」
シュタイン先生が噛みつくように言葉を被せてくる。
えー…、そこが一番訂正してほしいところなのに。
「とにかく、話は生徒指導室で聞きますから、わたくしについてきなさい!」
シュタイン先生にピシャリとしかられ、わたしは唇をとがらせた。
「ごめん、マリア。いっしょにいるつもりだったのに、なんか今から行かないといけないみたいで…」
めんどくさいけど。
「お気になさらないでください。私は本日日直当番で、朝の準備がありますので、先に教室に向かいますね」
「でも、それだとマリアをひとりにさせることになるじゃない」
それが不安だから、こうしてわたしがついてきたっていうのに。
「私なら大丈夫です。それよりも、シュタイン先生は生徒に大変厳しいお方なので、私はお姉さまのほうが心配です…」
自分のことよりも、わたしの心配をしてくれるなんて!
なんていい子なのっ!
わたしは、マリアのやさしさをひしひしと噛みしめる。
そうして、自分ワールドに浸って動かないわたしを、仕方なくシュタイン先生は引きずっていった。
「あなたという生徒は、登校拒否というだけでも我が校の名に傷がつくというのに、他の生徒を飛び蹴りするなんて学院の風紀が――」
生徒指導室で、わたしはこんこんと説教されていた。
このリュミエール学院は、将来王位に就く者や王妃となる可能性を秘めた王族・貴族階級のエリートたちが在籍する学び舎。
ここでは、その身分にふさわしい教育と教養が徹底して授けられている。
ただリリアは、そういうのには興味がない設定。
だってプリアカでは、マリアをいじめることを生きがいとしていたのだから。
そのため、卒業さえできれば他はテキトーでいいという考えで在籍だけしているリリアは、すでに学院の問題児のようだ。
さらには、登校早々に騒動も起こすものだから、シュタイン先生はカンカンに怒っている。
だけど、マリアのことで頭がいっぱいのわたしは、先生のお説教なんて一切耳に入ってこない。
「先生。その長いお話、まだ終わりませか?」
「なっ…!なんですか、その態度は!だから、こうして――」
マリアが教室でいじめっ子に会ってないかと心配。
こんなところで、油を売っている場合じゃないわ。
「はいはい、先生。よ〜くわかりました」
「よ〜くわかっているなら、そんな軽い返事はできないはずですよ、リリア・フォン・アルベール!」
「ひとまず、令嬢であるならば慎ましくあれということですよね?」
先生の話をざっくりとまとめたら。
そのとき、一時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「あっ、チャイム。授業がありますので、わたしはこれで」
「待ちなさい、まだ話は終わって――」
「ごめんあそばせ〜」
わたしはにこやかに微笑むと、シュタイン先生に背中を向けた。
「シュタイン先生に、あんな失礼な態度が取れるなんて…」
「さすが、噂通りの悪役令嬢」
生徒指導室にいた他の先生たちのささやく声が聞こえる。
でも、悪役令嬢という自覚があるわたしはまったく気にならない。
「それでは、失礼いたしました〜」
ペコッとお辞儀をしてドアを閉めた。
早くマリアのいるクラスへ行かなくちゃ…!
そう思って勢いよく駆け出したはいいものの、少ししてわたしは足を止めた。
「だから、わたしのクラスって…どこ?」
そういえば、あの男子生徒ふたりが乱入してきたせいで、マリアに教室の場所を聞くのを忘れていた。
もう一度生徒指導室に戻って聞こうとも思ったけど、広すぎる校舎のせいでどこからきたのかもわからない。
体験版ではごく一部の校舎しか解放されていなかったから、全体マップを把握できていない。
ふと窓から外を眺めると、ただっ広い学院の敷地内が一望できた。
円錐の屋根がついたお城のような造りの校舎が並ぶ。
その向こうには、先が見えないほどの芝生が広がっていた。
まるで、ひとつの国のようだ。
校舎なんて、行くところ行くところみんな同じ造りで、迷路に迷い込んだような感覚。
そして、ようやくマリアを見つけた。
教室の入口には『二年S組』と書かれたプレート。
たどり着いたときには、すでに一時間目終了の休み時間だった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
校舎内を駆け回ったせいで、息が上がった。
これだから、スタミナがない体は困る。
教室の前で息を整えていると、マリアが自分の席でなにかをしているのが見えた。
よく見ると、新調したスクールバッグから裁縫セットを出して、ハンカチに糸を縫いつけていた。
また新たに、わたしのために刺繍をしてくれているんだ。
その健気な姿に、わたしの胸がキュンとする。
ところが、そこへ――。
「あら〜?まだ、ハンカチの刺繍なんてしているの?」
「他のみんななんて、とっくに提出してるっていうのに」
「ほんと、あなたってやることなすこと、すべてトロいんだから〜」
巻き髪の赤髪ロングヘアの子を先頭にして、マリアの席を囲むように三人の女の子が立っていた。
「もしかして、また“オネーサマ”にあてた刺繍を?」
「この前、ボロ雑巾のようにしてやったっていうのに、こりない子ね〜」
三人は、マリアをさげすむようにクスクスと笑っている。
マリアの怯える様子からしても、この三人がいじめっ子たちだ。
…許せない。
すぐにでも怒鳴り込みに行きたいところだったけど、まだ呼吸が整わない。
「そういえば、不登校だった双子のオネーサマが今朝こられたと聞いたけれど、結局お帰りになられたのかしら〜?」
赤髪の子が、うつむくマリアの顔を楽しそうにのぞき込む。
「ヴィオラちゃん。噂によるとそのオネーサマは、きて早々に騒動を起こして、シュタイン先生に連れていかれたと聞きましたわ〜」
どうやら、赤髪の女の子はヴィオラという名前のようだ。
「あら〜。それだったら、今日はもう教室へはこられないんじゃないの?」
「そうね。あのシュタイン先生のお説教ですもの。放課後までこっ酷く――」
その瞬間、わたしは教室のドアを蹴飛ばすようにして開け放った。
「わたしがなんだって?」



