禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。

 明日はいよいよサイラスの叔父上がやってくる日だ。まぁ、僕の叔父上でもあるけどさ…。

 叔父上が隣国(アウソニア)に婿入りしたのは八年前。ということは、サイラスが叔父上と別れたのは七歳くらい…。うーーん。それくらいの年齢なら、普通の子供は叔父さんの顔くらい覚えているんじゃないか? ドイル家で毎日一緒に寝起きしていたんだぞ? 

「だけど、(サイラス)はまったく覚えていなかった。あんな顔……。(ゆうき)にそっくりの顔…」

 サイラスはソファに座って頬杖をつく。ノラが明日に備えて、応接のクッションに新しいカバーを掛け直している。きびきび働くノラの姿を横目に、サイラスは考え込む。

(サイラスの脳みそって、もしかしてポンコツなのか?)

 前世の自分と同じ顔をした叔父上の記憶が、サイラスの中には一切ない。どう考えてもおかしい。サイラスの記憶って、不自然じゃないか? ちゃんと記憶がダウンロードできていない部分があるんじゃないか…? 

「ねぇ、ノラ。僕って叔父上に似ているかな?」

 乾いた布で窓を拭き始めたノラが、驚いたようにこちらを見る。
「え? サイラス坊ちゃま?」

 質問の意図がわからなくて目を(みは)ったノラが、笑いながら答える。
「サイラス坊ちゃまは、亡くなられた奥様によく似ておいでですよ。髪の色も一緒です」

 なるほど。サイラスの記憶の中の母上も、美しい水色の髪をしていた。この部分は記憶の齟齬(そご)はなさそうだ…。 

 サイラスは新しい環境に順応するために、できるだけドイル家で過ごすようにしている。しかし正直なところ、アトス寺院の寮で過ごす方が圧倒的に気が楽だ。

 アトス寺院ではサイラスを知っている者がほとんどいないので、あまり気負わずにすむ。今の自分はなんだか、サイラスになりすましてる偽者みたいな気分になる。

 サイラスがしょぼくれた気分でソファに沈み込んでいると、何を思ったのか気のいいノラがお茶を入れて、そっとテーブルに置いてくれた。

「ありがとうね、ノラ」

 

 そして翌日…。

 シオドアは朝からそわそわしていたし、お料理係兼下働きのノラは雑巾を片手にまだ部屋を磨きあげていた。

 部屋の狭さや古さはどうしようもないが、「がんばってきれいに!」というノラの心意気がひしひしと感じられる。

「クリスティ家は立派なお屋敷でしょうから、ドイルのおうちもピカピカに磨きあげないといけません!」

 ……クリスティ公爵のお屋敷に対抗しようと、叔父上の訪問直前までがんばるノラは健気(けなげ)だと思う。たとえ無謀な努力でも…。


 馬の(いなな)きがして、馬車が門前に着いたのがわかった。貧乏なドイル家には馬車もないし、馬一頭すら飼っていないから馬車での来客があるとすぐにわかる。……便利だ。

「坊ちゃまたち、お待ちかねの叔父さまがご到着ですよ!」

 そろそろ昼食になるかという時分どき、ノラが大声で呼ばわった。いつの間にか、ノラはパリッとした新しいエプロンを身に()けている。

 オリバーが目を輝かせて、サイラスに声を掛ける。
「サイラス、叔父上の荷運びを手伝おう!」
「はい!」

 オリバーとサイラスはふたりでエントランスに移動する。叔父上の連れてきた小姓たちが、すでに馬車から降りて荷物を運びこんでいた。

 遠方からの長旅なので、二頭立ての大型馬車を二台も仕立てている。現代日本人は馬車なんか詳しくないだろうけれど、馬一頭よりも二頭の方が当然速く走ることができる。もちろん馬二頭の方が費用も掛かる。だって、餌代が倍も掛かるんだからね! 

 さらに、叔父上の馬車は豪華にも四輪馬車だ。ちなみにサイラスたちが成人式で使ったのは、馬一頭が引く二輪馬車である。
 
「あっ、叔父上!」
 馬車から降りてきた大柄な男性に、オリバーが声を掛ける。
「オリバー、サイラス、久しぶりだな!」
「叔父上、お久しぶりです!」
 
 オリバーは喜びでいっぱいの返事を返したが、サイラスは声が出なかった。


 短髪に切り揃えた黒髪に黒い目、そして長身の体躯(たいく)。少し日焼けした浅黒い肌。叔父上はドイル家の誰にも似ていない容姿をしている。ドイル家特有のエメラルドグリーンの瞳さえしていない。

 ……誰にも似ていない? イヤ、ドイル家の人間には似ていないけど…。やっぱりそっくりだ、前世の(ゆうき)に生き写しだ! 「似ている」んじゃなくて、そのものだよ! 

「やぁ、サイラス。大きくなったな!」

 サイラスは思わず「ひっ!」と声をあげてしまった。その男はサイラスを見てニヤッと笑う。こちらは言葉を探してアワアワする。

「ユウキ、遅かったな!」
「兄上、お久しゅうございます!」
 奥から出てきたシオドアが叔父上に声を掛けている。ユウキと呼ばれた男はシオドアに対すると右足を引いてカーテシーに似た礼をする。

(嘘だろ、名前もユウキ? まるっきり僕じゃないか!)

 サイラスは心臓が飛びだしそうな気分になる。このドッペルゲンガーは何者なんだよ? 

「おい、やめないか。今ではお前の方が身分が上だろう?」
「ドイルの身内しかいませんから、今まで通りで大丈夫でしょう?」

 シオドアは苦笑するが、変わらぬ弟の態度に嬉しそうでもある。ユウキもシオドアと一緒に笑っている。

 叔父上(ユウキ)は前世の僕が、少しだけ年を重ねたような外見だった。ユウキはせいぜい二十台後半から三十代前半くらいだろう。

(何だか薄気味悪いな…)

「ユウキ、お前の部屋はそのままにしてある。滞在中は自由に使ってくれ」
「兄上、お心遣いありがとうございます。サイラス、申し訳ないが私の荷物をひとつだけ部屋まで運んでくれないか?」

 ユウキはニコニコ笑いながらサイラスに声を掛けてくる。サイラスはドッペルゲンガーに薄気味悪さを感じながら、少し距離をおいて応じる。

「…はい、叔父上」

 サイラスはユウキに手渡された細長い包みを抱えて、彼の後ろにつき従う。
オリバーがユウキたちに「叔父上、荷物を部屋に置いたら、みんなで昼食を頂きましょう!」と声を掛けてくる。

 ユウキは了解するように軽く手を上げた。

 少し照明の暗い廊下をふたりでセカセカ歩きながら、ユウキが話しかけてくる。

「サイラス…」
「は、はい」
「お前はこっちに来てどれくらいだ?」
「……こっちに来て?」

(えっ、どういう意味?) 

「だから。……お前は日本で死んでから、どれくらいだ?」

 ユウキはサイラスを振り返って、顔を寄せると小声で訊く。サイラスは前世の自分の顔を間近で見て、懐かしいような戸惑うような気分だ。

(……日本で死んでから? それを知っているということは…)

 サイラスはごくっと(つば)を飲み込む。ユウキはサイラスと一緒に自室に入ると、サッと内鍵を掛けた。誰も聞き耳など立てないだろうが、秘密厳守だ。

「ユウキ、もしかして君は…」
 サイラスを右手で(さえぎ)って、ユウキが話し始める。

「サイラス。手短に説明すると、私はお前だ。…にわかには信じられないかもしれないが、言っている意味はわかるだろう?」
「は? ユウキは…ゆうきってこと? いや、僕がゆうきなんだぞ? おかしいだろ」

 サイラスはユウキに食って掛かる。体格差があるからケンカになったら不利そうだが、言うべきことは言うからな! 

 ドッペルゲンガーが図々しくも、自分はゆうきだと言い始めた。何なんだ、こいつ。確かに外見は前世のゆうきに生き写しだけど、本物のゆうきは間違いなく僕だぞ! 
 
「おい、落ち着け! 別にお前を偽者扱いはしていないさ。私たちの魂は、どうやらふたつに分裂したらしい。……こっちの質問に答えろよ。お前はこっちの世界にいつ来た?」

 魂がふたつに分裂? 魂がショートケーキみたいに切り分けられるものなのか? 胡散臭いヤツ!