禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。

 僕は死んだ。…らしい。

 もうじき成人式を迎えるほんの一歩手前で。もちろん、僕は特別優秀な人間じゃないし、将来有望というわけでもない。それでも精一杯生きて、人並みに努力もしてきたのになぁ…。

「大丈夫よ! すぐに救急車が来るからね」
「もうじき救急車が到着するから、がんばって!」

 僕を励ましながら、声を掛け続けてくれる人たちがいた。僕の魂は道路に転がっている僕の体を抜け出して見下ろしているのに、彼らは必死で僕を励まし続けている。

 ……優しいな。見知らぬ僕を安心させようと、気遣ってくれる人たち。もう目を開けることもできないから、僕はこのまま逝くんだろう。どこの誰だか知らないけれど、あなたたちの幸せを祈っている…。

 どこからか聴こえてくるジングルベルの音楽。もうじきクリスマスがやってくるんだ。イヤ、そうじゃない。やってくるのは救急車だよ…。

 そう思いながら母親や二つ違いの姉や、同じ大学の同級生の顔を数人思い浮かべていたら、僕の意識はだんだん(おぼろ)になって、やがてふんわり消えていった。



 周囲は深淵。どこまでも続く闇で、自分の手のひらさえ見えない。そもそも、今の僕に手のひらがあるのかもわからない。

 ……僕はたしかに死んだはずだ。酷い交通事故で……。そして…。

 次に目が覚めた瞬間に、僕の新しい人生が始まっていた。



「おめでとう、サイラス!」

 いきなりガバッと抱きしめられる。にこにこ微笑んでいる人懐っこい青年。アジア系ではないが、白人系かといわれると少し顔つきが違うような? 

「えっと………オリバー? オリバー…さん?」

 頭の中に浮かんだ彼の名前を呼んでみる。オリバーは僕の三つ年上の兄だ。うん、間違いない。

「サイラス、成人おめでとう!」

 短く切り揃えた金髪に、エメラルドグリーンの瞳を輝かせている僕の兄。…僕は頭でも打ったのか? 〈ゆうき〉である僕の中に、オリバーを兄だと思う〈サイラス〉がいる。

(…何コレ? 僕大丈夫か?) 

 僕はウエストに巻いた帯を確認するふりをして、鏡に映る自分の姿を見た。サラサラの水色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。〈ゆうき〉じゃない別人の僕がそこにいる。髪や目の色だけじゃない、顔も背格好も完全に別の誰かだ。

(み、水色の髪?) 

 アジア系ではないとしても、水色の髪はさすがに…なぁ? コスプレじゃないことを確認するために、自分の髪をグイグイ引っ張ってみる。うん、抜けない。
 
 鏡の中のサイラスは、僕を心底不思議そうに見返していた。サイラスは真新しい、白い衣装を(まと)っている。

 少し着物に似ているような、もしくはバスローブみたいなデザインだ。下には(はかま)より幅の狭いボトムスを履いて、簡易な帯で結んでいる。この袴もどきと帯は同じ紺色で、帯には金の刺繍が施されている。

「とっても似合うよ、サイラス!」
 オリバーが僕の晴着姿を褒めてそやしてくれる。オリバーは優しいお兄ちゃんらしい。
「あ、ありがとう。オリバー…」

 コレはつまり、「アレ」だよな? ……異世界転生。僕は死んで、おそらく異世界の扉を開けてしまったわけだ。うん、うん。

 しかし、生まれ変わりっていうのは、赤ん坊に転生してじっくりやり直すんじゃないのか? あちらで成人前に死んだから、その分をスキップしちゃったとか? 

「……イヤ、もしかしてこれは夢?」

 サイラスは首を傾げる。手術中に麻酔を掛けられて、僕は白昼夢を見ているのかもしれない…。あるいはこれは臨死体験かもしれない。何だってあり得るんだ。

「サイラス、夢なんかじゃないよ。今日からお前も立派な大人だ。貴族として、ドイル家の一員として恥じないようにがんばりなさい!」
 父親のシオドアから声を掛けられる。

 ……父親か。〈ゆうき〉だった頃、僕には父親がいなかった。母親はシングルマザーで、姉と僕と三人で都内に暮らしていた。

「お、父さん。今日はサイラス……僕の成人式?」
「今日はお前の元服の日だよ」

 茶色の髪の中年男性。いかにも優し気なこの男性が、サイラスの父シオドアだ。シオドアは元服という古い言い回しを使っている。まるで昔のサムライみたいだな…とサイラスは感心する。

 父も兄も美しいエメラルドグリーンの瞳をキラキラさせている。「サイラスの成人がうれしくてたまらない」というように。

 

「遅れたらまずいから、少し早めに出かけよう」
「父上、もう馬車は呼んだのですか?」
「ああ、今日はサイラスの成人式だからな!」
 シオドアとオリバーはふたりで馬車の手配の話をしている。

 これから成人式で、同時にサイラスの任官式でもある。貴族の成人は十五歳、これもサムライのしきたりと一緒だ。

 僕の第二の人生は、いきなり成人式の朝から始まった。…さすがにスキップしすぎだって! 僕は別に「タイパ! タイパ!」と騒ぐタイプの人間じゃないのになぁ。
 

 馬車の御者(ぎょしゃ)は物慣れた感じに、「本日はおめでとうございます」と挨拶する。馬車にはドイル男爵家の家紋が刺繍された旗が立てられていた。

 お抱えの馬車ではないが、こうして家紋入りの旗さえ掲げておけば面目が立つ。面目が大切なのは、この世界の貴族もサムライと一緒らしい。

 オリバーがにっこり笑いながら御者に「こころづけ」を渡す。心づけを渡すこと自体が、ドイル家では珍しい。サイラスの成人を、父と兄がいかに喜んでいるのかがわかる。

(我が家は貧乏男爵なのに、成人式だから馬車を呼んでくれたんだな)

 そんな知識がどこからもたらされるのかわからない。それでも「ありがとう、父上」と素直に喜ぶ自分と「いったい何なんだ、これは?」と異世界に戸惑う自分がいる。

 自分の中に前世の〈ゆうき〉と、異世界の〈サイラス〉が存在している。ふたりとも僕で、だけど僕じゃない感じ。しっくりこない座りの悪い感じがある。
 
 貴族としてはかなり控えめな邸宅の門を抜けて、馬車はゆっくりと走り出した。この世界の馬は僕(ゆうき)の知っている日本の馬よりも足が太い。全体的に太っている気がする。

 荷物を運ぶことが多いために、そうやって進化したのか。あるいはまったく別の種類の馬なのか。そんなことを考えているうちに、馬車は小高い丘に出た。

(……えっ、サクラ?)

 青い空の下で大きく枝を広げ、まるで雲のようにモコモコと咲く白い花。丘の上に一本だけ植えられた木が美しい花を咲かせている。

 ここは今、まさに春の盛りなのだ。その枝の広がりと大きな幹でかなりの古木だと思える。

(これ、ソメイヨシノ?)

 そんなはずがない。ソメイヨシノは江戸時代に日本で交配された品種なんだ。ソメイヨシノは自生などしていない。接ぎ木でしか増えない。だから、こんなところに咲いているはずがない。

(だけど、びっくりするくらいそっくりじゃないか?)

 異世界に転生して一日目、僕は懐かしいソメイヨシノに似た花を見つけたよ。